悪食と除霊
「え? こんな話でも聞きたいんですか? 匿名でお願いしますよ、くれぐれもお願いします。あとものすごくくだらない話なので怪異の欠片も無いですよ」
前置きはそんな後ろ向きなものだった。彼女の望み通り名前はXさんとしておく。
Xさんは憂鬱な日々が続いていた。始まりは墓地の前を通り過ぎたことだった。通りがかる時に何かしたのだろうかと思ったのだが、心当たりは一切無い。そのはずなのに歩みはだんだん重くなっていき、整体や整形外科まで行っても解決しなかった。
体調が悪いとやはり気持ちも落ち込むもので、仕事も不調を来し始めて来た。何故かその時寺や神社に頼ろうとは考えもしなかったそうだ。心霊的なものだったか、あるいはただ単に簡単には見つからない不調の原因があるのか分からなかったからかもしれない。
ただ、そうも延々と体調不良が続くせいで仕事でポカをやらかして僅かだが言及された。人事にもこれは査定に影響すると言われ、やけっぱちになったXさんは生活が荒れていった。
その日、彼女は仕事を適当にしていたため、体調不良を見抜かれて早退させられた。おかげで午後の大半が暇な時間になってしまった。
生活に嫌気がさしてきていたので、彼女はぶらっとニンニクともやしを大量に乗せた味のやたら濃いことで有名なラーメン屋に立ち寄った。そして全てを最大にして注文した。注文時に『コイツに食えるのか?』という疑惑の混じった視線が飛んできたが無視をして食券を渡した。
少し待つと大量のもやしが乗ったラーメンが届き、彼女はそれをがっついた。どこかで『おぅぇっぷ』という声が聞こえる。こんなラーメンを食べていればそんな感想も出るだろう。そもそもここはお上品な洋食屋でもないのだからゲップなんて一々気にするような場ではない。彼女は貪るように食べた後、あまつさえスープを全て飲んだ。高血圧の概念をそのまま表したような味がしたが、それが逆に彼女には心地良いものだった。
スープを完飲してラーメン屋を出たのだが、そこで自分の息がやたらニンニク臭いことに気がついた。彼女もあんな食べ方をしても女性だ、一応エチケットというものがあるだろうと、近所のドラッグストアによって湿布の匂いが強烈な洗口液を買った。臭いものを臭いもので中和しようと考えていたらしい。何故かついでに日本酒のパックも一本買って帰宅した。
それからパック酒にストローを刺して一気飲みした後、歯を磨いて洗口液でくちゅくちゅとうがいをした。その時、『もう無理、耐えられない……』という声がどこからか聞こえた。そしてペッと吐き出した洗口液には何か緑色の小さな塊が混じっていた。ネギの破片か何かだろうと思いそのまま洗面台に流して口をゆすぐと何故か突然体が軽くなって気分が良くなった。
お酒を一気飲みしたからかと思い、二日酔いをしないようにたっぷり水を飲んで寝ると翌日には気分よく目が覚めて、久しぶりのさわやかな朝日を拝むことになった。
結局、原因も何故怪現象が消えたのかも全く分からないが、とにかく幽霊に聞きそうなものをまとめて大量に摂取すれば除霊ができるのでは内かというのが彼女の主張だ。
その話を聞いてから、これは怪談なのだろうかと思ったが、彼女は一人暮らしであり、謎の声が聞こえたタイミングで急に体調が良くなったそうなので一応怪談として記録しておく。