バーコード
「幽霊がタクシーに乗り、気がついたら消えており、その幽霊が座っていた場所が濡れていた」
非常に古典的な怪談だが、最近の幽霊はコンプライアンスに厳しいのか、きちんとしているらしい。そんな話を梶さんから聞いた。
「バーコード決済がまだ珍しかった頃だったよ、まさかあんなことになるとはなあ……」
彼はあまり流行っていないレストランで働いている。レストランといってもファミレスに近いもので、高級なものではない。裏では普通にレンジ調理したものを客に出したりしている。
まあそんな店なわけで、客足というのはそれほど無い。それでもやっていけるのは業務用食品の安さと、金の無い中高生がたむろしに来るからだ。
「だから一応営業は順調です。幸い私もクビになることも無いですしね。ただ、あれはある雨の日のことなのですが……」
露のある日、外は雨であり客はそれほど来なかった。そもそも駐車場がないし、安いといってもアーケード街に有るわけでもないのでメインの客はアーケードのついた商店街のファストフード店に行くような時期だ。こういう日は仕方がないと諦めて店の掃除をしたりして時間を潰していた。
そんな時、ドアが開いた音がしたので接客に向かった。
「一人です……」
濡れているわけではないが、何故か不気味な妙齢の女性が立っていた。深く事情を聞くわけにもいかず、席に案内して注文を取った。ドリンクバーのみというあまりお金にならない客だったが、嫌な顔をするわけにもいかず淡々と笑顔を崩さず接客をした。
そして『ドリンクバーはセルフサービスになっております』と伝えて自分は奥に引っ込んだ。時折女性を眺めているとスマホを操作しながら烏龍茶を飲んでいる様子だった。何かあったのだろうとは察したが、多分デリケートな話だろうし聞く方が良くない。
だから彼はいつも通りに過ごしていた。オーナーもこういう日は表に出てこないので気楽なものだ。
ふと道路の方に目をやるとガラス越しに人通りが少ない道路が見えた。何故あの日がここに来たのか気になった。そしてあることに気がついた。ガラスなので店内が反射しているのだが、彼女が座っているはずの席には誰も映っていなかった。
『ドリンクバーだけを食い逃げ!?』と思い大急ぎで女性の座っていた席に向かうとそこには空になったコップと伝票だけが残されていた。
どう言い訳したものか考えながら伝票を手に取って、あの女性が確かに存在していたことを見ていたはずなのに、どうやって出て行ったのか見当も付かない。ただ、その伝票を裏返すとバーコードが刻まれていた。
彼はまさかと思いながらもレジでバーコードを読み取るモードにしてダメ元でそれをスキャンしてみた。
そうするとレジでしっかりと決済され、きちんとドリンクバー分が支払われた。
「最近の幽霊は随分と規則を守るんですねえ……」
そう言う梶さんの目はどこか優しげだった。彼はあの女性のことについて何か知っていそうな感じがしたが、それを深く問い詰めて関係を悪くすることもあるまいと思い、私は曖昧に頷いた。