幽霊もドン引き
Sさんは昔、ブラック企業に勤めており、サビ残も休出も賃金が出ないというのに働かされていた。
辞めてしまおうにも会社は退職して転職するだけの余裕のある賃金を出していなかった。
彼は所謂氷河期世代であり、なんとかその時滑り込んだ会社に必死にしがみついていたのだが、買い手市場だったため非常に条件の悪い就職となった。
彼は『今にして思えばさっさと逃げた方が良かったんでしょうけどね』と言う。
その日、帰宅して重い体を引きずってシャワーで体を流し、布団に飛び込んだ。その晩金縛りに遭い、天井に女の生首が浮かんでいるのを見た。その顔は憎しみに満ちた形相をしていたのだが、『こっちは眠いんだよボケ!』と心の中で毒づくとスッとその顔は消えてしまった。
翌日には今度は部屋の中が寒くなっていた、まだ夏の初めごろで寒くなるような季節ではないのだが、彼はエアコンを付ける手間が省けたとさっさと布団に飛び込んだ。ひんやりした空気が心地よい、なんだか部屋の中でお経のようなものを読んでいる声が聞こえたのだが、雑音なんて珍しくもないので気にせずに寝た。
暑かったり寒かったりで、部屋の中がおかしな事になりつつあるのは分かっていたが、彼は毎日のようにサビ残で遅くに帰ってきていて、そんなものを気にする余裕など無かった。その晩は夢の中に落ち武者が日本刀を持って襲いかかってきたが、腹を立てていたSさんは落ち武者の顔を力の限り殴った。少しスッキリしたそうだ。落ち武者はそれ以来現れなかった。
少しずつ貯金が増えて、そろそろ転職出来るのではないかという額になった頃に、部屋の中に血まみれの女が出てきた。こちらを憎しみのこもった目で見てくるのだが、彼は『夜くらい寝かせろ!』と怒鳴ると女は驚いた顔をしてかき消えた。
そんな怪異にたくさんあった彼だが、いよいよ退職届を出そうと思い、上司の顔色をうかがって、少し暇そうなタイミングで退職届を出した。疲れ切った顔の上司は『そうか』とだけ言って受け取った。
その後はなんと有休を消化して転職をする時間が出来た。あの会社が有休を認めるとは思わなかったので意外だったが、ありがたく転職活動が出来た。
おかげで無事それなりにまともな会社に転職したのだが、SNSで繋がっていた昔の同僚から退職したあとにメッセージが届いた。相変わらずそいつはその会社で働き続けているそうだが、彼が上司から何故あんなに条件の良い退職を認めたのか聞いてみたそうだ。するとその上司は『毎晩血まみれの女が出てくるんだよ。起きる度にアイツの写真がその場に残されてるんだ』とすごく嫌そうに語ったそうだ。
幽霊のおかげで退職出来たのかは不明だが、そのまま引っ越してしまったのでその血まみれの女がSさんの元に現れたものと同じなのかは不明だった。