人間対自然の闘い
伊藤さんが住んでいるのは昔から自然災害が多い地域だ。彼女は昔、それと関係があるのかどうかは分からないが心霊体験をしたと言うことだ。
「初めに言っておきますが、もしかしたら霊現象ではないかもしれません。ただ、不気味なものだったのは確かですし、今のところ合理的な説明が付かないのも確かです」
そう前置きをしてから彼女は話を始めてくれた。
「私の世代になると災害もかなり減ったんですよ。バブル期に大量に工事をしましたから、お金で地盤を固めて堤防を作ったんです。だから滅多なことでは洪水や地滑りなんて起きないんです」
今では彼女の住んでいる場所も、大量の税金を使い自然災害を抑え込んでいるそうだ。金の力で解決出来ることは多いということだろう。
「証拠が無いので噂半分で聞いてくださいね? その工事についての話なんです」
彼女の地元ではまことしやかに話されている噂だそうだ。
「公式に発表されたわけじゃないんですけど、地滑り防止のために地面を掘れば人骨が出てきて、川の堤防を作るために護岸工事をすれば人柱の名前が書かれた石碑が出土したりしたそうなんです。ただ、証拠は無いですし、噂によるとそんなものが出てくると町に観光に来る人が減るので埋め直したって話なんです。いくら何でも人骨を埋め直すのは無理がある気もするんですがね……」
遺跡のあとが出るとそれの調査に時間がかかるため埋め直すという話は聞いたことがあるが、人骨でそんなことが可能なのだろうか? どう考えても警察案件ではないか?
「なるほど、他に何か怪異が起きたりしているんですか?」
私がそう訊ねると、いくつかの異変について話してくれた。
「なんでも人魂を見たとか、遙か昔の人が着るような格好をした人がすすり泣いていたなどの話は聞きました。ただ、証拠は誰も持っていないですし、みんな話半分ですね。ただ、一つだけ私が体験したことがあるんです」
それは彼女が高校生だった頃、日が短くなってきた頃に薄暗闇のなか自宅への道を急いでいた時のことだそうだ。
当時、自転車通学をしていた彼女は川土手を走りながら、家に帰るとまた親が帰りが遅いことに嫌味を言うんだろうとうんざりしながら家路を急いでいた。
ポンと、目の前にボールが飛んできた。暗かったのでサッカーボールかバスケットボールかは分からないが、野球ボールよりは大きいサイズに見えた。河川敷を見ると子供が手を振っていたので、そちらに向けてボールを蹴り飛ばした。なんだか今まで触ったことのない感触が足に伝わった。不思議に思いながら人影の方を見ると、そこには人間がおらず、陰だけがボールを蹴っていた。なんだか遊び方に違和感があったものの、不気味だったので調べる気も起きずさっさと帰ったそうだ。
そうしてしばし後、その陰がやっていたのが蹴鞠というものであり、今にして思うとあのボールは鞠だったのだろうと気がついたらしい。
昔はこの辺にもそう言った雅な人が住んでいたのだろうかと思いながら、彼女はそれから川土手に上る時、その場所を過ぎてから乗るルートに通学路を変えたそうだ。