学習する幽霊
ある日、某所のボロアパートで田村さんは朝から酒に溺れていた。休みの日だとしても褒められた行為ではないが、伴侶も居ない彼にとって酒はかけがえのないパートナーになっていた。
その日は平日だが、彼の職業は土日に出るので基本的に休日は平日となる。幸い、彼が住んでいるところは自動車が必須と言うこともなく、昼間から飲んだくれて翌日に少し酒が残ろうと、出勤するのに使うのは公共交通機関になる。おかげでまわりの迷惑を考えなければこんなことをしても問題無かった。
彼がパック酒を飲んでいると、不意に部屋に音が響いた。後になってラップ音というものを知ったらしいが、なにしろ建物自体があまり立派ではないので、音がしてもなんら不思議はないなと思い、酒を飲んだ。
正午ごろにふと目が覚めると体がぐらぐらと揺れた。そこまで酩酊したのかと思い、ふらつく足で水を飲みにキッチンに行った。
数杯水を飲むと、意識はハッキリしたのだが、どうやら揺れているのは錯覚ではないようだ。地面の方が揺れているのではないかと思ったが、別に地震など珍しくはないので無視してさらに飲んだ。
夕方にもなってくると彼は甲類焼酎に手を出していた。もはやアルコールに依存していることを隠そうともしていない。取り繕う必要のある相手もいないし、半ば開き直って酒を追加した。
日が沈み始めたところで何か声が聞こえた。
『死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね……』
なんとなく言っていることは分かったのだが、彼にはそんなもの気にかけるような言葉でもない。
「うるせえ! こちとら人生捨ててんだ! そのうち死ぬから黙ってろ!」
そう声を上げるとその声はすっかり聞こえなくなった。その日以降怪異には遭っていないそうだ。話を聞いていると田村さんからアルコールの匂いがするのでどこまで本当なのかは怪しいなと思った。
ただ、幽霊も一日頑張ったんだなと思うと少しだけ微笑ましかった。
彼は私が謝礼に寸志を渡すと席を立った。会計を済ませてファミレスを出たところで向かいのコンビニでストロング缶をいくつも袋に入れて持っている田村さんを見た。
あの様子では幽霊に何かされる心配は無いなと思った。もっとも、アルコールが彼に及ぼす悪影響は知らないのだが……幽霊も頑張っているようだが相手が悪かったなと少しだけ同情した。