のっぺらぼうの幽霊
「幽霊って血まみれだったり四肢が欠損していたりすることもあるらしいですが、私が見たのは違うんですよね」
そう言ってTさんは話してくれた。彼女が見た幽霊はどちらかというと妖怪だったような気がしたのだが、彼女曰く幽霊に違いないそうだ。
「あれは七月の終わり頃でした。寝ている時に金縛りに遭ったんですよ」
体を動かせない彼女は何も起きないと良いなと思いながら、眠るなり体が起きるなりするようになるを待った。しかしなかなかどちらにもならない。意識はさえて、体だけが動かず止まったままだ。
「しばらく待っていると布のすれる音が聞こえたんですよ」
一応聴覚は残っているようだが、動けないのは相変わらずだ。その状態でその音の主が近づいてくる音がして、冷たい水を体に浴びたような感覚がした。
「それで少しすると幽霊が顔を覗き込んできたんです。いえ、アレが幽霊と確信していたわけではないですが、とにかく人型の何かが私の顔を覗き込んで……いるように見えたんです」
「見えたとは? 幽霊が見えたんですよね?」
「ええ、まあそうなんですけど、その幽霊の顔には何も無かったんです。つまりのっぺらぼうですね。だから覗き込んでいるような気はするんですが、目が無いのでハッキリそうだとは言い切れないんですよ」
困惑した顔をしてそう言う。のっぺらぼうとはまた古風な幽霊だなと思った。
そして彼女は数日おきにその現象に悩まされたそうだ。八月の中盤、お盆休みで実家に帰りゴロゴロしているところへ親から『墓参りくらい行きなさい』と言われ、渋々先祖が眠っているお墓に向かった。花や線香などは親が準備していた。ようは少しは家から出てこいと言うことだろう。仕方ないので墓へ向かった。彼女の先祖の墓はそれなりに歴史があるもので、古いものもある。
線香を供え、花を刺していく。もう既に枯れた花は片付けてあったので、親もその時に交換しても良いはずなのにわざわざ任せたのかと思うと厄介者扱いされているようで少しイラッとした。
一通り墓参りを終え、残りは寺の裏すぐにある家系の中でももっとも古い墓を残すばかりだ。さっさと終わらせてしまおうとそちらに向かった。
「あっ……」
その最古の墓には何も無かった。墓石はあるのだが、年月を経て風雨にさらされ書いてあったはずの戒名も俗名も全く読めなくなっていた。かろうじて○○という家名だけが読めた。その時になんとなく思ったそうだ。
『ああ、この墓に眠っている人が出てきたんだ』
のっぺらぼうだった理由は多分こうしてお墓が原形をとどめていないからだろう。彼女は残りの線香を全て供えて墓参りを終えた。家に帰ると『全部使ったの?』と線香を全部使ったことを訝しまれたものの、これといって追求はされなかった。
短い帰省も終わり、都市部に出てきた彼女は、あののっぺらぼうが出てくることはなくなったという。関係あるかは不明だが、翌日なんとなく寄った宝くじ売り場で買ったくじで少しばかりのお金が当たったそうだ。これが先祖の御利益になるのかは分からないが、そうだとしたら毎年しっかり墓参りをしようと思っているそうだ。