小学生のカルマ
Oさんが小学生だった頃、どうしようもない素行不良のKという男がいた。学校の中でも問題児であり、時折放送で呼び出しを受けたりしていたが、ソイツは平気な顔をして職員室に行っていた。
同級生の間ではアイツの心臓には毛が生えているじゃないかともっぱらの噂になる程度には度胸のあるやつだった。もっとも、その度胸はロクなことに使わず、盗みだの暴行だのといった、小学生にしても許されないだろうということを平気でする度胸だった。
ただし、そいつは地域でも名士の家の一人息子だったので、ほとんどの問題をもみ消した。死者こそ出なかったものの、周囲から煙たがられていたのは誰の目にも明らかだった。
あまり叱られることもないらしく、全く反省というものを見せないKにOさん含めた皆は出来るだけ関わらないようにしようとした。それが功を奏して彼らには迷惑がかかることはあまり無かったものの、Kはそれ以外の人たちに迷惑をかけ続けた。
とはいえ、小学生の話だ、中学以降学校が別れたOさんは、素行が悪いとは聞いていたが、自分に被害がおよばないので気にしないことにした。
話はそれから十年以上後のことになる。
小学校の同窓会の通知が届いたOさんは出席することにしていた。Kが来るとは思えないし、アイツが特別に酷かっただけで他の大勢の中には友人もいた。だから久しぶりに顔をあわせるのを楽しみにその日を待った。
有休を取って地元に帰り、居酒屋に小学校のクラスのほとんどが集まった。地方だったので学年全員が集まっても居酒屋一軒を貸し切るだけで十分スペースが足りる程度の人数だった。
彼は他愛のない話から、小学生時代に馬鹿をやった話などで盛り上がったのだが、やはりというべきか、その場にKはいなかった。今ではいい年だろうし、今さら小学校時代の話を蒸し返されたくないのだろうと思っていた。
しかし談笑している中で誰かが『Kのこと知ってるか?』と話を持ちだしてきた。そいつは小学校からずっと地元に住んでいる同級生だった。
「なんだよ、楽しい席なんだからアイツの話はいいだろ」
乗り気がしなかった、わざわざあんな倫理観の欠片もないやつの話なんてしたって楽しくもなんともない。だから彼はそう言ってテーブルのビールを飲み干した。
「いやいや、アイツがここに来てない理由だよ」
「もったいぶるなよ、どうせ大した話はないんだろ? それともアレか? 刑務所にでも入った話か」
アイツなら刑務所に入っていても違和感はないなと思っていた。高校以降話を聞かないので更生したのか居場所がなくなり引っ越したかくらいに思っていた。
「アイツは今引っ越したんだがな、その理由がおかしいんだよ」
「だからもったいぶるなって。アイツが引っ越す理由なんて山ほどあるだろ」
どうせ何かやらかしたのだろう。そう考えてさっさと話を促した。
「アイツさ、上京したらしいんだけどその理由が飲酒運転なんだよ」
「そうかい、アイツならいかにもやりそうだし、意外性は欠片も無いな」
多分その場の全員がそう思っただろう。もちろんかなり罰則は厳しくなっているが、アイツはそんなことを気にするとは思えなかった。
「ほら、この辺だと車が無いと不便だろ? だから免許取り消しを食らって自動車に乗れなくなったから電車やバスで生活出来る東京に引っ越したらしいんだけどさ、アイツ、警察にお世話になった時に酒なんて飲んでないって言い張ったらしいんだ」
「よくある言い訳じゃないか? アイツはそんな言い訳をいかにもしそうじゃないか」
飲酒運転をしていた奴がそう言うことはよくある。どうせ飲んでいたに決まっている。
「それがさ、Kの奴、寝起きだったそうなんだよ、二日酔いで酒も飲めない日を一日挟んでその翌日に飲酒検問に引っかかったらしいんだよ」
「本当だとしたら驚きだな、本当だとしたらだが」
大方その場でついた嘘だろうと思っていた。
「たしかにほとんどの人が信じてなんかいなかったんだけど、アイツ、その日の夢の中で酒を飲まされたって言ってたらしい」
「いよいよメンタルに支障をきたらしたか」
そんな奴だったし驚くようなことでもない。夢と現実の区別がつかなくなったと言われても違和感が少しもない。
「そうなんだけどな……アイツの家じゃ家族全員が酒癖の悪さを知ってたから酒は鍵付きの棚にしまっていたらしいんだ。じゃあアイツが酒をどこかで買ったかというとそんなことをした店が全く見つからなかったらしい」
「本当かよ? 適当に嘘をついたんじゃないか?」
「どこまで本当かは分からないけどな、Kは夢の中で怒りに燃えた人に体を押さえられて一升瓶を口に突っ込まれたと言ってたらしいぜ」
「また嘘くさいな……それで、アイツは今東京か?」
「ああ、噂じゃ随分素行が良くなったらしいがな。この町に帰るのが怖いんだそうだ」
それがKを巡る奇妙な話の全容だそうだ。奴に夢の中で酒を飲ませたのが誰かは分からないが、そのくらい恨みを買う相手が多かったので多分誰とも判別がつかないんだろうなとのことだ。