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会社を辞めよう

 工藤さんは残業が状態化していた企業に勤めていた。残業がある企業自体は珍しくないが、彼の会社では過労死ラインを超過するのが日常であり、彼もいい加減嫌気がさしてきていた。


 しかし人間、生活というものがあるので渋々ながらも毎日憂鬱な気分のまま出社していた。当然早朝からオフィスの掃除をするのが新人の役目で、離職率の高い彼の職場では未だに新人が彼になっていた。当然だが早出の手当など付かない、というかそもそも勤務時間に含まれていないのだが、それでも過労死ラインを超えるのが当たり前だった。


 とはいえ、残業代を計算する時だけ不思議な力が働いて過労死ラインを超えない分だけしか働いていないと記録上はなっていた。毎日、駅のプラットホームに立つと体が前に倒れそうになる、そんな彼を止めていたのは、生きる事への執着ではなく、電車を止めた時に多くの人に迷惑がかかるというただそれだけのものだった。


 毎日そんな生活をしているのに医者は健康だと結果を出す、もちろん会社の御用医師だ。保険証があるのでどこで受診してもいいはずだが、風邪をひこうと有休を取りたいと言えばそのクリニックで診断書をもらってこいといわれる有様だった。


 そんな時、彼はインフルエンザにかかった。夏のことであり、珍しいことなのだがあり得ることで、そのせいで会社には酷く仮病を疑われることになった。しかし向こうも最低限の感情はあるのか、あるいはインフルエンザをばらまかれてはかなわないと思ったのか診断書をもらって治って数日の待機を命じられた。


 スポーツドリンクを飲んではトイレとベッドの往復を繰り返して高熱にうなされながら意識がぼんやりとしてきた。すると、何故か酷く懐かしい思い出が蘇ってきた。彼がまだ小学生だった頃、はしかにかかった時に彼の祖母が面倒を見てくれた時のことを思い出しながらうつらうつらとしていた。


「あんたね……会社は命を捧げるようなものじゃないよ」


 どこかからそんな声が聞こえた気がした。そういえば祖母は祖父と結婚してから仕事人間の祖父になかなか苦労していたと愚痴を聞いたことがあった。結局祖父は健康診断の休みも取れず働き続けてぽっくり逝ってしまった。


 その事から工藤さんの母親はいい会社に入って必死に働けと口を酸っぱくして言っていたが、その事を何度も窘めていた。


「じゃあ、私はそろそろ帰るから、あんたは元気に生きなさい」


 その言葉で意識がハッキリとした。気がつくと熱は下がっていたが、先ほどの声が祖母のものなのだろうとなんとなく覚えていた。それから退職届を書いて実家に帰り、それなりに時間に余裕のある仕事に就いた。


 所得こそかなり減ったものの、時間と健康を取り戻した彼は、今では現職のそれなりのベテランになっているそうだ。彼は部下に何度も『体調が悪いなら休め、無理して出てこられる方が迷惑だ』と言って病院に行けと言って帰したことがあるそうだ。


 そして真夏の日、ふとカレンダーを見ると、忘れもしない前職の退職を決意した日、その日がちょうどお盆に入っていることに気がつき、『帰ってきたんだな』と思ったのだそうだ。

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