子供が釣りから帰ったら
仁村さんは子供の頃釣りに行ったことがあるそうだ。問題なのは本人にその記憶が無く、物心が付いてから母親に聞かされたことだ。
「あんたがあの時のことを知らないってのが怖いわね、きちんと覚えておきなさい」
そう言ってその日のことを話された。
仁村さんはその日の朝からぼんやりとした顔で近くの池に釣りに行くと言ったそうだ。まだブラックバスの放流が違法ではなく、キャッチアンドリリースが許されていた頃の話になる。
あの日のことはなにも覚えていないんですよ。ただ、なんとなく覚えているのは夢の中に釣り竿を持った仙人みたいな人が出てきて、その人が釣り竿を俺に渡して消えたって事くらいですかね。
仙人にもらった釣り竿などもちろん目が覚めれば持っていない、ただなんとなく釣りに行かなければと思ったそうだ。しかしその時から記憶は飛んで、両親にお説教をされているところまでいきなり変わる。その間に何があったかを気がついてから聞いた。
「どうもですね、その池にはバスがたくさんいたんですが、周囲で知られた釣り場なのでよくルアー釣りがあったそうなんです。ただ、俺が行った時はバスなんて入れ食いなのに何も釣ってこなかったそうです。ブラックバスなので釣ったあとリリースしたのかなと思ったそうですが、その日に変な話が流れたそうなんです」
なんでも、大量にブラックバスが釣られ、その身体を踏まれて息絶えていたらしい。当時はリリースも合法だったので釣ったから処分しなければならないということもない、無意味な殺生だった。
「全く覚えていないんですけど通りがかった人が俺が釣りをしているのを見たらしいんですよね。まだ早朝だったので朝からやってるなと思っただけだそうですが、夕方になって池の周囲に大量のバスの死骸が転がっているのを見て驚いたそうです」
問題はバスが死んでいるのだが、どれも憎しみを込めたように念入りに頭が潰されていたらしい。それにしてもバスだってそんなにたくさん釣れるはずもないのにあの数は異常だったそうだ。誰がやったのかはハッキリ分からなかったが、状況から見ておそらく仁村さんだろうと話が家に行ったらしい。
そうして月曜日に校長が命の大切さを朝礼で説くことになったそうだ。仁村さんには何の記憶も無いのに犯人扱いされて心外だったそうだが、その晩、夢の中にまたあの仙人が出てきたそうだ。
「なんか申し訳なさそうな顔をして俺に頭を下げて消えていったんです。そこでなんとなく感じたんですが、あの池の神様なんじゃないかなと思ったんです。ブラックバスに在来魚は減らされていましたからね。それを見かねて俺にやらせたんじゃないかと思ってます」
あの日の真相は闇の中だそうだが、彼はそれ以来困ったことがあると不思議と都合よく誰かが助けてくれたり幸運があったりしてなんとかなるという不思議なことが何度もあったらしい。彼曰く『池の神様の御利益じゃないっすかね』と言うことだそうだ。