思い出の駄菓子屋
まだ話してくれたWさんが小学生だった頃の話。その頃にはもう数を減らしつつあったが、まだ数件は学校の近くに駄菓子屋があった。
十円二十円の駄菓子を売ってどれだけ利益があるのかなど昔は考えていなかったそうだ。当たり前のようにまだその頃はその町にも子供が大勢居たし、スマホも無い時代なので、友達と駄菓子屋で数百円買って公園で食べたりしていた。
だが、市場と言うのは残酷なもので、子供は育っていくし、少子化もこれに絡んで子供の数は減っていった。しかも育ってしまった子供は町を出ていくし、出て行かないにしても駄菓子屋で何かを買ったりはしない。
そうして一軒、また一軒と駄菓子屋は数を減らしていき。最後の駄菓子屋も少子化の波に呑まれて消え、Wさんの故郷から駄菓子屋という文化は消えた。
久しぶりの帰省で町をぶらぶらしたのだが、衰退は隠せず、商店街はシャッターを閉め、それなりの大きさのスーパーに皆が集まっていた。
時代の流れを感じながら散歩をしてからまた都市部に戻った。いつも通りの生活を三日も続けると実家の人口問題など考えに上らなくなった。
そうしていつも通りの生活を送って一週間ほどした頃だろうか、ある夢を見た。
「いらっしゃい」
懐かしい声が聞こえた。アレは誰の声だっただろうか? どうしても思い出せない。ただその声のする方に行くと駄菓子屋がそこにあった。彼は導かれるようにそこに入ると、小さなガムや、粉ジュース、アイスに炭酸飲料など様々なものが置いてあった。
ふとポケットに感触があるのに気がついたので手を入れると、中から昔使っていたアニメのマジックテープ財布が出てきた。あの頃と違うのは一万円札が入っていることだろう、あの頃にその金額はお年玉の時くらいしか見たことがない。
彼はそのまま駄菓子をいくつか買って、一万円札で支払った。たかだか数百円なのだから明らかに適切ではない支払い方なのだが、万札以外財布に入っていなかったのでそれで払うしかなかった。
そうして支払いをすませ、ガムを噛みながら家路についた。その途中で目が覚めて、まだ空の隅が多少明るい程度の時刻だった。
帰省したせいであんな夢を見たのかと思い水でも飲もうとキッチンに向かった。そこでテーブルの上にいくつかの駄菓子が転がっていることに気がついた。夢だったはずだ、今ここにこんなものがあるはずはない。
気にしないことにして水を飲み、冷蔵庫を開けたところでジュースとアイスを見つけた。あり得ないことだが、よく冷えたジュースとアイスがあって、それは賞味期限がまだ来ていない、信じがたいものだった。
試しにジュースを一本空けて飲んでみると、とても懐かしい味がした。無果汁で香料で味を付けたいかにも昔のジュースといった味だった。
それを飲んで夜が明けるまでベッドで横になることにして、少し微睡むと気がついたら空が青くなっていた。
キッチンには確かに機能のままの駄菓子がたくさんあり、それから目を逸らすことも出来ずそっとテーブルの隅に寄せて出社の準備をした。財布を持つと何故か妙に重かった。
何か入っているのかと中を見てみると、千円札が沢山と、小銭も結構な量が入っていた。アレは夢だったはずだ、そのはずなのに明らかに買い物をした結果だ。
なんとなく懐かしくなり、駄菓子を全部胃に入れてから出社した。彼は駄菓子屋が故郷になくなったが、夢の中でまだ店をやっているのではないかと思っているそうだ。