嫌な客
Eさんはカフェで働いている。最近ではコンカフェなども増えているが、彼女の働いているカフェはいたって普通の昔ながらのカフェだ。
「職場の環境は良いんです。実際オーナーの道楽でやっているようなものですから、経営の心配は無いんですけど……」
そこで一区切り置いて彼女は最近起きている面倒なことについて話した。
始まりはカフェに来た客の一人だった。その男はOといい、注文があれば荒っぽい声で呼びつけ、乱暴な言葉で注文をする。嫌な客だなとは思ったが、別のバイト先があるわけでもないので最低限の接客だけして、さっさとコーヒーを飲んで帰ってくれないかと思うだけだった。
しかしオーナー夫妻はその男が来る度に露骨に嫌な顔をして、一切話そうとしない。『あの態度じゃ無理も無いか』、そう思って給料分の接客はしていた。
しかしOはEさんが反抗しないのをいいことにドンドンと乱暴になり、書くのも憚られるような暴言や、店の設備にたいしての乱暴な扱いを始めた。彼女が窘めようとしたところ、オーナー夫妻が『アレは放っておけ』と言われ、自分の所有物でもないものなので乱暴な扱いもオーナーが許しているのだからと見逃すことになった。
なぜあんな客を出禁にしないのかと疑問に思ったが、客を選ばないということだろうと勝手に納得をして、ぞんざいではあるものの、一応は客として扱うことを続けた。
しかし、新年を迎え、初出勤するとカフェの入り口に何かが結んであるのに気がついた。その小袋をよく見ると有名な神社のお守りだった。洋風のカフェに純和風のお守りがあるのは奇妙だったが、取り外すわけにもいかず、その日の勤務を始めた。
元々客が多くはなかったのだが、その日は平和だった。なにしろOがいないのだ。アイツがいると客が離れると思っていたEさんには平和なバイトになって一安心だった。
それからもしばらく勤務を続けたのだが、何故かOは急に来なくなった。アレだけしつこく嫌がらせをしてきた男があっさり諦めたのを不思議に思ったEさんは、その事をオーナーに尋ねてみた。
「ああ、あの男ならもう来ないよ。アイツ、俺が保証人にならなかったのをいつまで恨んでやがったんだ」
いつものオーナーらしからぬ乱暴な物言いに驚きつつ話を聞いた。それによると、Oは不動産投資にハマっており、オーナーの『素人が手を出すもんじゃない』という言葉にも耳を貸さず、いくらもうけただのといった自慢話をしていっていた。
実は彼はオーナーの親族であり、遠縁には当たるものの一応話くらいは聞いていたらしい。それからしばらくしてOが高級マンションを投資に買うから頭金を貸して欲しいと頼み込んできた。やめろといくら言っても聞かないので『もう知らん』と言い放り出したのだそうだ。
後日、Oが頭金をグレーな方法で借りてマンションの一室を賃貸用に買ったと聞いた。そしてその後、Oは路頭に迷って実家に帰ったのだそうだ。悪質業者に酷い物件を押しつけられて、後はローンだけを払う生活になってしまったとOの親が言っていた。彼は親の助言にも耳を貸さなかったのか、ズブズブと沼にハマって借金を作り自死してしまったと後日聞いた。
葬儀は近しいものだけで行われ、オーナーは参列しなかった。それからしばらくしてOがカフェに現れるようになったそうだ。
「まともなもんじゃないのは分かってたからな、任せて悪かったよ。初詣でお守りをもらってきたんだが、本当に効くもんだな」
それ以降、Oはカフェに現れなかった。Eさんは普通に就職して働いているが、彼女はOは成仏するとは思えず、お守りに弾かれてさまよい続けているのではないかと思っているそうだ。