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日本怪奇譚集  作者: にとろ


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猫の縄張り

 Iさんは猫を飼っていた。名前はチロと名付け、大切に育てていたのだが、Iさんが大学進学で実家をは慣れることになり、高齢になったチロを家族に任せて一人暮らしをすることになった。


 彼女は一人暮らしでペット禁止のアパートであり、長期休暇にようやくチロに会えたのだが、その時点でもう随分と老いたチロは、小さく唸りながらヨタヨタとIさんに体をこすりつけていた。


 いくらなんでも『猫が気になるので大学を休学します』と言うこともできず、心配しながらもアパートに帰ることになった。それから一人暮らしに戻り、普段の暮らしが始まった。しかしその頃からしばらくおかしな事が起きた。


 家に帰ると短い毛が少し散らばっており、人間のものではなく、一目でチロのものだと分かった。心配にはなったものの、ここで電話をすれば本当にいてもたってもいられなくなりそうで電話をすることが出来なかった。


 数日後、帰宅するとアパートの入り口に『ペット禁止を無視してペットを飼わないでください』と貼ってあった。名指しで言われたりしているわけではないが、どこから後ろめたいものを感じてしまう。


 それでも実際今は飼っていないのだからどうしようもない。無視することしか出来ずそのまま部屋に帰る。


 その晩、猫の鳴き声を聞いた。力の入っていない声でなんとかささやくように鳴いていた。その声はチロのものだとすぐ分かったが、ここに居るわけが無い以上なんとなくどうなったか察してしまい、布団を被って泣き続けた。


 そのまま寝てしまい、目が覚めるといつもの部屋で何も変わったところはない。しかしその日電話が実家からかかってきて、チロが死んでしまったと母親が悲しそうな声で伝えてきた。『知ってる』ともいえず『そうなんだ……残念だね』とだけ言い、その日は寝たのだが、夜になると目が覚め、お腹のあたりに何か軽いものがのっているのが分かった。その正体が何であるかは見なくとも分かったので動けないからといって怖いこともなく、再び眠った。


 それからも何度も夜中に起こされるのでIさんも睡眠不足になり、少し体調を崩した。毎晩お腹の上に乗られるのは困ると思ったIさんは、スーパーで買ってきた猫缶を部屋の隅に折りたたんだ毛布の上に置いて寝た。


 久しぶりにぐっすり寝たIさんだが部屋の隅に目をやると、猫缶はすっかり空になっており、それからはいろいろと猫が食べられるものを部屋の隅に置いているそうだ。


 そして最後に彼女は『食費が少し増えましたけど、悪いことばかりでもないですよ。アパート自体はかなりボロいんですけどね、私の部屋だけ不思議と害虫やネズミなんかが全く出ないんです。多分あの子が部屋を縄張りだと思っているんでしょうね』と語った。彼女は現在大学を卒業して、企業に就職してマンション住まいだが、未だに部屋の一角はチロの縄張りとして毎日何か食べ物を置いているという。

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