橋二つ
「実家の近くの川のことなんですが、橋が二本架けてあるんですよ……もちろん歩行者用とか分離していたり、片方が壊れているわけでもないです。ただ、古い方に悪い噂が立ったからともう一本立てたそうなんです、随分とお金をかけてるなと思いました」
そう語ってくれたのは桜井さん。彼の昔住んでいた地域では、橋の隣に橋があるという奇妙な川があるらしい。彼はまだ大学生だが、物心ついた頃には存在していたので、いつ出来たものなのかは分からない。ただ古い方の橋はほとんど誰も使っていないそうだ。
「あれだけマスコミが税金の無駄遣いだとうるさいのに良く予算が通ったななんて思いました。でもそれなりの理由はあるんだろうなとなんとなくは思っていたんです。ただ、具体的に何かあったのか聞こうとすると、両親ともにものすごく嫌な顔をしますし、父親に詮索して頭にげんこつを食らったこともあります」
そこまでして隠しておかないとならない何かがその橋にはあるのだろうか? 彼もそれを不思議に思い、図書館で町の歴史を調べたことがあるそうだ。
その結果は散々なものであり、橋に何かあったという記述はまったく見当たらなかった。もちろん橋がかなり古いことを考えれば、相当昔のことで、情報が綺麗に残っているかは不安だったが、それでも多少の収穫はあるだろうと思っていたので肩を落とす羽目になる。
「結局何も分からなかったことを悪友に話したんです。そうしたらトントン拍子にその橋で肝試しをすることになったんです。私も古い方の橋を渡ったことはあるんですが、別に何もなかったんです。その事をソイツにいっても『そりゃ真っ昼間から出てくる幽霊なんていねーよ』と一笑に付したんですよ。で、そのまま勢いに押し切られて夜にその橋を調べることになりました」
確かに昼間から分かりやすく怪異が出るなら隠すことなど不可能だし、お祓いなりなんなりするだろう。どうしても祓えないにしても、わざわざ橋を長期間残している意味はない。その橋は維持費を使ってまで残っているのだから意味があるのだろう。
夜、悪友は数人の友人を連れて橋の前に現れた。人を連れてくるとは聞いていなかったが、連れてこられた二人は手を繋いでいたので、おそらくカップルであり肝試しで距離を縮めようとでもしているのだろう。この橋のことを考えるとそんな簡単に来ていいものか考えるが、来てしまったものは仕方ない。四人で日が落ちている中を懐中電灯で照らしながら橋を渡ることになった。
代表の悪友は何もたじろぐことなくずんずんと橋を進んでいく。他三人はそれをおっかなびっくりついて行ったのだが、桜井さんの後に付いてきているカップルは嬌声を上げていたので危機感の欠片も無いなと、その度胸には感心すらした。
橋の中央くらいに行ったところで途端に懐中電灯の光りが横へ向いた。そして怒鳴り声が聞こえる。
「おい! あんた! 何をやってるんだ! やめろって!」
悪友は橋の欄干に向かって叫び走り出した。桜井さん含め三人はポカンとしたまま何も無いところに急いでいるソイツを見て、すぐにやつはこちらに来た。
「なあ! どうすればいい!? 赤ちゃんが落ちたんだ! お前らなんでそんなに冷静なんだよ!」
そんなことを言われても何も見ていないので、何の事を言っているのかさっぱり分からない。
「どうしたんだ? 何も無かったろ?」
そう言うと悪友も少し落ち着いて再び欄干の方に光りをやって見た。何も無いのを確認してから騒ぎ出した。
「あそこに女がいたんだよ! ソイツが赤ん坊を抱いててさ、何をしてるのかと思えば赤ちゃんを川に捨てたんだ! なあ……本当にお前らなにも見なかったのか?」
他の皆が見ていないことを告げると、ソイツはガックリして元来たとおりに帰っていった。それについて行き、橋から道路にもどると、結局一番やる気のあったヤツがあの調子なので自然と解散となった。彼が高校生時代の話はそれで終わる。
問題はそれからしばし経ってのことだ。悪友も結婚し、奥さんは子供を授かった。しかし流産という悲劇に見舞われたのだが、その後ソイツから悲痛な声が届いたそうだ。
「なあ……俺ってあの時お化けを見たじゃん?」
悪友からの電話はいきなりそんな言葉から始まった。
「そうだな、俺たちは何も見えなかったけど見たって言ってたな」
「もしかしてなんだけどさ……流産の原因ってあの女のせいなんじゃないかって思うんだ。あの時は自分の子供を捨てるお化けなんだと思ってたんだけどさ、もしかしたらあの時川に捨てられたのは将来生まれてくる俺の子だったんじゃ無いかって気がするんだ」
桜井さんは適当に慰めて、それ以来疎遠になったそうだ。結局、あの橋で何があったのか、もしくは何が居たのかはまったく不明のままだそうだ。