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奇跡だと思う

「大概の信じられないことは起こらないと思っていたんですが……奇跡って起こることがあるんでしょうか?」


 佳奈子さんはなんともいえないくらい表情でそう切り出した。彼女は一年前に末期ガンを告知されたらしい。


「奇跡ですか、何か体験したんでしょうか?」


「私がガンの診断を受けたのはメールに書いてましたよね?」


 触れづらい話題なのかと思ったが、案外軽く彼女は私に言う。


「ええ、拝読させていただきました。なんと言いますか……」


 私が言葉に詰まっていると、彼女は手を振って『気にしないでください』と言う。


「実は……病気自体はもう治ったんですよ。血液検査からCTスキャンやMRIまでいろんなものを受けましたよ。それで内臓にガンが散っていると告知されたんですが……何故か治っちゃったんですよね」


「では、もう病院には行ってないんですか?」


「ええ、初めは誤診だったんじゃないかと思ったんですが、アレだけ検査をして全て誤診することは絶対無いと言い切られましたよ。不満なら医療訴訟を起こしても病院側が負けることは無いとハッキリ言われました。そして治ったのは奇跡としか言いようがないと言われたんです」


 彼女は何一つ不自由しているようには見えない。至って健康に見える、ではただ珍しいことが起きただけではないのだろうか?


「ええと……良かったじゃないですか、治療の甲斐があったんでしょう?」


「いえ、治療は無駄だし延命にしかならないと言われたので私は断ったんです」


 そこまで言われるということはよほど悪い状態だったのだろう。しかし今の彼女には病気の面影は全く無い。


「では奇跡が起きたと言うことで良いのでは? 私にメールを出したのは怪談だとおっしゃりたいのですか?」


「ええ、そうですよ。私はこの一連の出来事を奇跡だとは思っていませんから」


 佳奈子さんは静かに、しかし確信を持って断言した。怪談にもいい話はあるが、彼女の雰囲気からしてあまり明るい話題ではないことを察せられた。


「では……一体なんだと思われているんですか?」


「まず私がガンの診断を受けたときなんですが、その少し前に昇進したんですよ。みんな祝福してくれたんですが一人不満げにしている人がいたんです。私の先輩でずっと昇進していない人でした」


 話の筋がよく見えないのだが、どういうことなのだろう?


「私は彼女が私を妬んで呪ったのではないかと睨んでいるんですよ。私が気に食わないというのは態度に出していましたからね。その直後にガンが見つかるなんて出来すぎですし、なにより……」


 そこで彼女は押し黙った。何か言いにくいことでもあるのだろうか?


「私がガンになって親族みんながお見舞いに来てくれたんですが……私の祖母がまだ存命でして、足もおぼつかないのに私の前に立つなり『お前はなんてものを連れてるんだい』と言ったんです。そして『ばあちゃんがなんとかしてあげるからゆっくりしんさい』と穏やかな口調で言ったんです。その時は何の事か分からなかったんですが、それから一週間もするとさっき言ったとおりガンが綺麗に消えていたんです」


「それで、おばあさまは何かされたのですか?」


「ハッキリ見たわけでもないのですが、『自分の業を人に押しつけるなんて大層なやつがいるもんやね』と退院したときに私に言ってきました。その意味はその時点では分からなかったのですが、病欠から復職したときに、その私を妬んでいた社員が病気で退職したと聞いたんです。おばあちゃんの言ったことから考えると……何か呪い返しのようなものをしたってことなのでしょうか?」


 そして最後に彼女は言った。


「私は完治したのは奇跡だと思っています。もしも呪いの類いだとすれば、別に退職した社員には何の思い入れもないですが……おばあちゃんが手を汚してしまったことになりますからね。だからこれはきっと奇跡ということにしておこうと思ったんです」


 彼女の力ない笑みには負の感情は一切無かった。

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