安い買い物
Tさんはフリマアプリでキーボードを買ったことがるそうだ。音楽を奏でるものではなく、文字を入力する方だ。安易に安いものに飛びついて酷い目にあったそうなので話を聞いた。
「信じられないくらい安値で売っているキーボードがあったんですよ。定価なら二万円くらいするものが動作保証付きで三千円だったんです。中古というのを考慮しても破格だったので出品者にメッセージを送ることもせずに大急ぎで買ったんです」
今思えばそれが間違いだったとTさんは言う。
「そのキーボードはすぐに配送されたんですよ。匿名配送でしたが待たされることも無くあっという間に届きました。それで、早速パソコンに繋いで使ってたんですよ。初めは打鍵感も良いし、掘り出し物だったなと思いながらタイプをしていたんです」
その日は満足いくまで使って満足して寝たのだが、その日に悪夢を見たという。
「よく分かんないんですが、その夢では天井が低い部屋に閉じ込められて、ガンガンうるさい音が聞こえ続ける夢でした。結局寝覚めは悪かったですね。でもそんな日もあるかと思っていたんです」
しかし悪夢は止まることはなく、毎回真っ暗で天井の低い部屋に閉じ込められる夢を見たという。毎日ともなると精神的に堪えて、徐々に寝不足になったという。
そしてそれがしばらく続いた後、彼の部屋に匿名の手紙が投函されていた。
「真っ黒な封筒に入っていたんです。差出人どころか切手も貼っていないので直接ドアポストに突っ込んだんでしょうね。それを開封すると苦情が書かれていました。『毎日夜中にドンドン音が響くのでやめてくれ』という内容でした。こっちは毎日寝不足で困っているのに夜中に床や壁を叩くような元気はありません。間違いかとも思ったんですが……不気味だったのでよく考えてみるとキーボードが届いてからずっと悪夢を見ていたのに気付いたんです。少々もったいないですが、保証がなくなるのは覚悟の上でキーボードを分解してみたんです」
そのキーボードにはシールの裏にネジ穴があり、間違いなく未開封のシールが貼られていたのだが、それを剥がしてネジを外して裏蓋を外した。間違いなく未開封だったはずなのに、裏蓋を開けると鉄の錆びたような匂いがしたそうだ。
「アレが血の匂いってやつなんですかね? 実際に血の匂いなんて嗅いだことがないので分かりませんが、錆の匂いとはまた違いましたよ、基板に錆なんて浮いてませんでしたしね。ただ、蓋を開けてみて、一見何の問題もないと思ったんですがね、おかしいところはないと思って蓋を閉め直そうと思って蓋の裏を見てビックリしました。お札が貼ってあるんですよ、白い紙に赤黒いインク……インクだと思いたいですね、それで梵字のようなものが書かれていて、意味はさっぱり分からないのですが、そのお札を剥がして捨てました。そうしたら今までの悪夢なんかがさっぱり無くなったんです」
そうして一段落ついたのだが……めでたしめでたしと呼べるのだろうか? どうやってお札を仕込んだのかなど不明な点は多いが、一番怖いのはその出品者がまだキーボードを破格の値段で売り続けていることらしい。