物件幽霊
加藤さんは昔、心霊スポットを巡るのが趣味だった。そんな彼がなんとも奇妙な体験をして、それが心霊スポットの巡礼をやめた理由になった出来事だそうだ。
「体験しているときは怖い目にあっている自覚が無かったんですけどね、後になって実は怖い目にあっていたっていうことがあるんですよ」
彼はそんな不思議な体験を話してくれた。
田舎ってみんな車を持っているじゃないですか? だから郊外から都市の中心までまんべんなくアパートやマンションがあるんですよ。その一軒に心霊物件というものがあると知り合いから聞いたんです。
その知り合いは加藤さんに『なあ、この前聞いたんだが、山の麓にあるアパートに幽霊が出るらしいぜ。何でも心中した一家だとか、孤独死した老人だとか、水子の幽霊だとか、ハッキリとはしてないらしいがとにかく何かが出るらしいんだ。
そんな話を聞いて出向かないなどという選択肢は無かった当時の加藤さんだが、そんなに有名なスポットがあったとは知らなかった。思わぬ場所が身近にあると言うことで『これはいかない手はないな』と、早速実行に移した。
「で、夜になってそのアパートに行ったんですよ。場所は聞いていましたが、あまり有名なところでもないようですし、それほど期待はしていませんでした。とはいえ、『知る人ぞ知る』場所なのかもしれないと少しだけ期待をしたんですがね」
それから夜、車を走らせて聞いた場所に向かった。都市部こそ駐車違反に色々とうるさいのだが、そこは田舎でさらに町の端だ。警察もあまりこだわって取り締まりはしていない。だからアパートの前に堂々と駐車して問題無いのだった。
そして目的地に着いたのだが、その古びたアパートにはカーテンがほとんどの部屋に掛けられており、その隙間から光が漏れている。これは人が住んでいるな、なにが幽霊アパートだ、こんなもの心霊スポットでもなんでもないだろうと知り合いに多少腹が立ったが、彼も噂で聞いただけの場所だ。伝聞の話を聞かされただけなのに怒るのも心が狭いと思い、そのアパートを徒歩で一周してみたが、どこも一般家庭が入っているようにしか見えず、どう考えても話はただのガセネタとしか思えなかった。
ハズレだなと思い、少し残念だが心霊スポットなんて基本的に噂が立っているだけだと思いあきらめた。ただ、自分たちの住んでいる物件が心霊スポット扱いされている住人たちは少し気の毒だなとは思った。
なんの成果も無く帰宅し、つまらない場所だったなとあきらめて寝た。翌日、気怠かったものの、疲れが残っているのかと思いながら仕事に向かった。その話をした同僚に顛末を話してやろうと思っていた。幽霊の正体なんてそんなものだと言ってやるつもりだった。
会社に着くと同僚はもう出社していたので『なあ、あのアパート見たけど普通のアパートだったぞ。家族か個人か知らないけどほとんどの部屋が埋まってたぜ。アレのどの辺が心霊スポットなんだよ』そう愚痴ったところ、その知人は怪訝な顔をして聞いてきた。
「あのアパートは廃墟だろ? どこかに間違えて行ったのか? 人が済んでるわけないだろ、ガスも水道も電気もとっくに通っていないんだぞ、どうやってそんな部屋に済むんだよ。つーか売物件の看板がついてる部屋に住めるわけ無いじゃん」
そんな返答に自分が見たのは別の場所だったのかと思い、そのアパートへの行き方を確かめた。たしかにそこまでの道は一致していて、着いた場所も同じだ。違うのはそのアパートに人が住んでいるかどうかだけだった。その友人も嘘をついている様子は全く無く、至って真面目に言っているので混乱しながら次の休日に同じ場所へ昼間に行くことにした。
そしてたどりついた物件では文字通りの廃墟があり、誰かが住んでいる様子は全く無い。いや、そもそも夜に確認した時はボロいことはボロかったが、それでも一応建物の体はなしていた。それなのに今目の前にある物件は屋根が歪み、壁は変色して、通路に敷かれたコンクリにはひびが入っている。とても人が住めた場所ではない。
「あの時私が見たのはなんだったんでしょうね、きっと心霊スポットなのではなく、あのアパートその者が幽霊なんだと思っているんですが、付喪神というものがありますけど、物件まるごと幽霊になるなんて事があるんでしょうかね?」
結局、私は加藤さんの問いにハッキリと答えることはできなかった。今でもその物件は売られているが、買い手は一向につかないらしい。