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あの日のコーヒー

 田中さんは少し前、親友を亡くしたのだが、その時に奇妙な体験をしたそうだ。


「私はコーヒーが好きなんですよ。と言ってもインスタントコーヒーで満足していますがね。コーヒーミルからこだわると味がバラつくんですよ、なんだかんだ言っても同じ量を入れて同じお湯を注げば味が安定するインスタントは偉大ですよ。おっと、話が逸れましたね」


 彼には高校時代にであった親友と呼べる友人がいた。彼は化学用のビーカーと濾紙で紅茶やコーヒーをビーカーにドリップするような破天荒なやつだった。部活でそれらが自由に使えたので時々やっては怒られていることを繰り返していた。


 そんな彼を見て『お前な、重金属が入ってたかもしれないようなものでよく飲めるな』と聞いたところ、『たかだか高校の化学でそんなヤバいものを扱うわけ無いだろ、きっちり洗ってるからそれだけで十分だよ』と度胸のあるところを見せていた。わけてもらったこともあるそうだが、美味しいものだったらしい。


「そんなわけで教室の試薬を使って遊んだりする悪友だったんですよ。感心は出来ない生徒だったんでしょう、それでも楽しいんですよ。悪友の見本みたいなやつでしたよ」


 そう言って笑う田中さん。悲しい話なのだろうがそれなりにいい思い出をたくさん思いだしているようだ。


「そこでコーヒーと紅茶が好きになったんですけどね、私はアイツほど凝ったことはしなかったんです、粉の紅茶とコーヒーで済ませていました。なんかね、茶葉や豆から淹れたこともあるんですけど、どうやってもアイツの入れたものの味は出せませんでした。銘柄も聞いていたので味に違いは出ないはずなんですけどね、何が悪かったんでしょうか、結局それを聞けないままアイツは逝ってしまいました」


「そうですか、ところで一応怪談を聞きたいのですが、その親友の幽霊が出てきたということでしょうか?」


 私がそう聞くと彼は軽く笑った。


「生憎幽霊なんて見たことはありませんよ、ただアイツが何かしたんだろうなとは思っているだけです」


 社会人になっても二人の交流は続いていたが、やはり会社員として少しずつであう頻度は減っていった。飲むものもアルコールが増えてお茶のようなソフトドリンクは減っていったそうだ。


「それで、アレは連休の初日でした。朝目が覚めたのですが、勤務日と同じ生活リズムが身についていたので早めに目が覚めたんです。そこでコーヒーを淹れることにしたんですよ。なんの気まぐれだったんでしょうね? 不思議なものです」


 そして田中さんはいつも通り開封済みのインスタントコーヒーの瓶を開け、スプーンですくい、マグカップに入れとお湯を注ぐ。いつも通りのコーヒーのはずだった。


「その日、何故かお湯を注いだときから香りが違ったんです。昨日も飲んだものと同じ製品です、そんなに一日で大幅に味や香りが変わるようなことなんて無いはずなんです。不思議でしたがなんだか心が落ち着く香りでした」


 そして一口飲んだときに記憶が蘇ったという。


「その日のコーヒーはあの日教室で淹れたものと同じ味がしたんです。何一ついつもと変わっているところは無いはずなんですがね。なんだか昔に思いを馳せながら一杯飲みきったところで電話が鳴りました」


 それはコーヒーを淹れていた親友の訃報だったという。


「アイツ、結婚してないからって死ぬ間際に俺のところに来たんですかね? もう少し自分のことを思ってくれている人のところに出ろって思いましたよ」


 口は悪いが田中さんの顔はどこか優しげだった。

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