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香りと記憶

忘れてしまっていたことを、何かの拍子に突然思い出すことがある。左藤さんもそんな体験をした一人だ。


「物好きだねえ……面白い話じゃないよ?」


 それを承知の上で聞かせてもらった。


「思いだしたのは小学生の頃のことなんだよ。きっかけは海で遊んでいるときだったな。昔の友人のことを思いだしたんだ」


 それをまとめるとなんとも奇妙な話になるという。


 当時、左藤さんには友人が少なかったらしい。しかし彼は友達と遊ばなくても、海沿いの町なので浜辺を歩くだけでも十分な暇つぶしになった。友達は欲しかったが、一人の時間も好きだった。当然海に入りはしないし、浜辺を歩くだけでも大人はいい顔をしなかった。しかし彼に友人がいないため、他の保護者に責められるようなこともなければ、親も海辺で歩くだけで満足してくれるならと放置状態だった。


 そんな時、男の子と出会ったという。友達らしい友達もいなかった彼は、年下なのだろうが笑顔で話しかけてきたその少年と浜辺で遊ぶことが多くなった。


 相変わらず両親も祖父母も他の大人も何も言わなかったし、自分でも言い出す気にはならなかった。なんとなく言ってはいけないような気がしたからだ。


 そうして浜辺で磯遊びをしたりしながらその町での思い出を作っていった。そして彼が中学生になる頃には自然と海から足が遠のき、その彼と出会うことはなくなった。しかしどうしても彼の顔が思い出せない。何かをして遊んでいたことは確かなのだが、彼がどういった人でどんな姿をしていたかがどうしても思い出せないのだった。


 無事高校を卒業し、大学に行くものや、家業を継ぐものなど様々な進路にクラスメイトが別れていくなか、左藤さんは東京に出ることにした。少しくらい寂しがられるかと思ったが、クラスで空気だった彼は当然のように東京に出て行った。


 それからしばらくしてのことだ。左藤さんにも付き合う女性が出来て、彼女が手料理を作ってくれることになった。その日作ってもらったのはホヤの刺身だった。久しくそんなものは食べていなかったので期待をしながら待った。そして運ばれてきた料理を見て、その香りから彼が小学生の頃に遊んでいた彼の顔を思い出した。強い磯の香り……いや、それはきつい匂いだったのだが、何故今まで忘れていたのだろう。あの時の彼はいつも磯臭かった。その理由は彼の顔がふやけていた、いや、顔以外もふやけていたからだ。


 まるで水死体のようにぶよぶよした彼は自分に声をかけて共に遊んでいた。何故当時はおかしいと思わなかったのか、それがどうしても理解出来ないのだが、とにかく当時はおかしいとさえ微塵も思わなかったのだ。


 彼女の料理を見てそれが一気に記憶の底から蘇ってきた。彼女に謝ってその日は帰ってもらい、彼はトイレで胃の中のものを吐き出した。なぜだ、何故自分は案内状なものを忘れていたんだ。


 それを思いだしてから、彼は二度と海産物を食べられなくなった。日本が島国であり、そこかしこで海産物を売っているが、出来るだけそれらに近づかない生活を心がけているという。彼の地元で何があったのかは知りたくもないそうだ。


 結局、お付き合いしていた相手とは破局してしまい、今は独り身だそうだ。


「付き合ってくれる人がいたら、海のものを食べない人が良いですね」


 そう言っている左藤さんだが、今の日本で海のものと一切関わらない人と付き合うのは難しいのではないだろうかと思うのだが、それは言わなかった。

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