32話【リモデル視点】反転
リュゼルスに入れられた部屋……ここは特に何か目立った特徴があるわけでもない一般人の家の部屋……と言った感じになっていた。落ち着けていい。
ベッドもあるが、そんなに大きくないし、色々な物が入ってる(とリュゼルスが言っていた)中身が全く見えないキャビネットも二つだけある。
だから、部屋には文句はないが、リュゼルスには文句がある。『遊び』に関する話をすると言ったのに、入ってすぐ俺を置いてどこかに行ったからだ。
「はぁ……えっと……」
部屋から出る時に食事がそのキャビネット(?)の中にあると言っていた。
……生物を入れていたら困るな。
さすがにありえない……と思いたいところだが、あの女は常識を知らなそうな人形……しかも王女だ。普通の人間や人形の常識で考えない方がいい……
「うーん……」
……まあ、取り敢えずお腹が空いたし探してみるとしようかな。生物ではないことを祈ろう。
菓子ならいいが……あまりパサパサしていないものの方がいいね。ただでさえ水分が足りてないこの体にパサパサしたものは不要だ。気持ち悪くなる。
俺はそう思いながら、キャビネットを開けた。
「おっ……ってただのモッチ……じゃないか」
しかも、まだ硬い状態で焼いてないからこれじゃ食べられないし……はぁ……最悪だ。
物を知らないということがよくわかる。あの女はこれをそのままガジガジ食べる物だとでも思っているのだろう。ちゃんと知らないのに入れるなよ。
こんな硬い物をなんでそのまま食べると思うのか。
噛み切れないし、そのまま食べようとしたら喉に詰まって窒息死してしまうよ。ったく。
……一部の国でしか食べられてないし、歴史も浅いから知識が浅いのは仕方ないけど。
「……いいよ」
……仕方ないが、我慢して……あっ、もう一つのキャビネットを開けていなかったな……
俺はもう一つのキャビネットを開けてみる。そこにはただの水が入った容器と……なんだこれ。
ボタン……? があった。設置型っぽいので、きっと取り外すことは出来ないと思っていい。
押してみてもいいが、段々と俺は疲れてきていたので水が入った容器だけを手にしてベッドに座る。
そして、その蓋を自分の体から離してから開けて、何も起きないことがわかると、そこに自身の光属性の魔力を満たされるまで流し込んでいく。
光属性の魔力は浄化の力があるが故に毒が入っていたとしてもこれで飲めるようになる。
実際入っていたのかは知らないが、安心して水が飲めるようになったと思えれば無駄には感じない。
俺は軽く中身を見た後に、同じく軽く舌にそれを垂らして見る。やはり、少し怖いんだ。
まあ、知らない館の知らない人形が置いていった飲み物を怖がらない方がおかしい気がするが。
「ん……んん!!」
たった三滴垂らしてみた時に、少しだけだというのに、何故か美味く感じられてしまった。
俺はそれでもう五滴ほど垂らし、完全に毒のようなものはないと判断すると、持ち上げて一気にそれを口内に流し込んでいった。喉が潤いに潤う。
……本当に美味しいな、この水。
なんで五滴なのか? そこに意味はない。
「あ、しくじった。ここにずっといることになるかもしれないと思うと……水は残すべきだった……」
ああー……もうないよ。
俺は空になった容器を悲しい目で見ながら、キャビネットの上に置かせてもらった。
あーあ……もう疲れたし、取り敢えず眠らせてもらうとしようかな。それがいいよな……
取り敢えずベッドに体を預け、背伸びをする。
寝ながらでの背伸びなのでシーツが手と擦れていく。上質なシーツだとわかったよ。
素材がいいのか手触りがかなりよく……触感を楽しむためにやったわけではなかった背伸びを俺はもう一度してしまったぐらいだ。何製なんだろうな。
「ふあーあ……」
そうして、俺は目を閉じていった。
……といっても、変わらず危険であるこの状況下でぐっすり睡眠を取るわけにはいかない。
だから、結界は張っているし完全に意識を落としてしまわないよう、気をつけている。
睡眠ほどじゃないとは思うが、こうして横になるだけでも休息にはなるからさ。
……実際に回復した自身の体を知ってるから、間違いない。俺の家にも欲しい機能だよ。
「……うっうーん……よし」
数えてはいなかったのでわからないが、きっと三十分は目を閉じてベッドに横になっていたはず。
よく、完全に意識を飛ばさなかったな、俺。途中で意識を飛ばしてしまうことも考えたが……
一分すら、意識を離してないな。ない……はず!
俺はそれを喜び、段々とドルイディを守れるような存在になれてるんじゃないかと思った。
手をグッと強く握り、気合いを入れる。
「えーっと、でーは……」
……あと、数分目を閉じてベッドに横たわっていたらきっと眠ってしまうと俺は思ってる。
だから、ちょっと別のことをしてみたい。
部屋の中を見渡しても仕方ないし……
ここは取り敢えずはさっきキャビネットの中にあったボタンを押すことにする。
ただ、あんな見るからに怪しいボタンをそのまま素手で押し、自分の身を危険に追い込みたくはない。
もちろん、糸……糸を使わないと、な。
俺は右の手のひらに硬糸を生み出すと、それを真っ直ぐにボタンへと向けて射出する。
柔い糸なら無理だが、硬糸ならボタンを押すことぐらい容易であると考えたのだ。
射出した糸は狙い通りにボタンに当たっていた。手応えがあった。音もしたし、押されてるな。
「……どうなるか……」
どうにもならない、ということは多分ないと思う。
これで何が起こっても対処できるように結界はまた張り直しているよ。
さすがに張り直しすぎだから、普通なら魔力がとてつもなく少なくなっているはずだが……
ここは魔力も体力も時間経過により、回復するようになっているので、それのおかげでここまで何度も張り直しても魔力欠乏症にならないでいられる。
助かるな。ベッドもシーツも中々に良いし、これで食べ物の蓄えがあるのなら、普通に生活できそう。
「あれ? どうなっ……えっ!?」
何故か唐突に天井と床が入れ替わり、俺は天井の方に足を着く羽目になってしまった。
不思議な光景だ。
元の天井に吊るされていた灯火草が床にあり、床にあったキャビネットやベッドが天井にある。
重力がおかしい……
「さすが不思議の館……まさか、こんなことが起こるとは……予想外だったな」
戻すにはもう一回ボタンを押せばいいんだろうが……折角だし少し歩いて何か変化がないか探そう。
何か特殊な物が今のボタン押下により出てきた可能性もあるからな。何かに使えるかも。
といっても、探せる場所なんて目に入る範囲だとあの灯火草ぐらいしかないし……
まあ、灯火草の隙間に糸を通して変化してるか確認するのが最初にやること、かな。
そう思うと、俺はボタン押下に使ったものと同じ糸を、今度は灯火草に伸ばすのだった。
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