8話【ファルナーメ視点〜ドルイディ視点】彼とは意外と相性いいのかも?
一目見た瞬間から、この自律人形の女の子は素晴らしいと確信していた。
ドルイディだったっけ。いい名前だ。
名前もよく、見た目もいい。自律人形であることは僕だからわかったが、普通ならわからないほどに精巧に作られているんだよ。
人形師なら見惚れるんじゃないかな?
……僕は人形師と同居しているだけで、人形師ではないけどさ。
「リモデルがまた僕のもとに連れてきてくれるだろうから、すぐに会えるよね」
僕は虚空を見ながらそうこぼす。
お茶を美味しそうに飲んでくれる女性が好きだというのは本当だよ。
僕はお茶を淹れること、お茶会、あと魔力やそれを含有する植物や土が心の底から大好きだからさ。
さっき、彼女が魔力放出を見せてくれた時は震えたよ。本当に震えた。体じゃないよ? 心が震えた。
「……ふぅ、ゆっくりと落としていくしかないよねぇ。ちょっと面倒くさいけどー……頑張ろ」
僕は自身のために用意したお茶を一人寂しく口へ運ぶ。
蔦に囲まれてはいるが、彼らは人ではないから、人数には含んでいない。土塊人形も同様。
このお茶は先程、彼女が褒めてくれた果実茶と同じもの。確かに美味しいんだけど、あそこまで褒めてくれると、本当に嬉しいよね。
「……」
彼女が使っていたカップの縁を僕は人差し指で撫でる。
彼女が使ったカップに少し触れてみたいという考えがあったのだ。もちろん、口をつけたりはしない。
仄かな彼女の残り香が茶の残り香と混ざり、独特な良い香りを生み出している。
それらを数秒、堪能した後に僕は手を後ろに組んで椅子にもたれかかった。
「……暇」
楽しい時間はすぐに過ぎていくよね。
この暇な時間と彼女とお茶会していた時の時間では、後者の方が長かったはずなのにあっという間に感じた。
楽しさも当たり前だが、段違い。
蔦や土塊人形を見ながら、僕は言った。
「ここで席に座っているのも退屈だしさ。さっきのドルイディって子のことを探して、その動向をこちらに報告してほしいんだよね。リモデルもいたら、ついでに彼の動向の報告もお願い。見つけられなかったらいいよ」
見つけられない可能性なんてないとは思うが、リモデルがこの家から連れ出す、もしくは彼女が自分の意思でこの家から出る可能性も充分あるからだ。
土塊人形は恭しく頭を下げると、部屋を壊さないようにゆっくり音を出さずに……かつ迅速に部屋を出ていったのだった。
その巨体からかけ離れた礼儀正しさを僕は何度見ても好ましく思うよ。そこらの土塊人形とは違う。
「……さて、見つかるかな」
僕は再び蔦に茶を入れさせながら、呟いた。
*****
「ドル、本当にあったんだな?」
リモデルの視線がいつになく鋭い。
だが、凛々しくもあり、恐怖はあまり感じない。
それよりもかっこいいという感情が先行される。この男の美形には何度も惹かれる。
「……いや、言い間違いだ」
「……嘘をつくんじゃない」
「何故そう思う?」
「いや、思いっきり顔を背けているじゃないかか。視線も下を向いてるし。それで嘘を言ってないと思う人間の方がむしろ少ないと思わないか?」
ぐっ……まぁ、そうだな。
私は自身が人形であることを思い出し、表情を全力で無表情へと戻す。人間と違い、そのようなこと容易い。
私は軽く咳払いすると……
「なんのこ……」
「やめろ。あいつに会ったことはわかってる。別に怒る気はないんだから、これ以上変に嘘を重ねてくれるな」
言い訳をしようとした私の唇を、最初に会った時に私がしたように彼が自身の人差し指で塞ぐ。
その動作にさすがに私は頬を赤くすることはなかった。意識すれば、耐えられないことはないのだ。
「……会った。それならば、どうする?」
「別に。ちょっとイラッとくるから、あいつを紹介するのはやめた。あいつが行かなさそうな部屋を紹介するから早くこっちに来てくれないか?」
イラッと……? なるほど。嫉妬……
……これが、嫉妬……か!!
嫉妬の感情というものは知っていた。だが、ここまでわかりやすく嫉妬する姿を見せてくれる人間は貴重だ。
私は上機嫌になる。
「なあ、聞いてる? こっちに来てくれよ」
「ああ、すまない。ふふ」
嬉しいものだね。自身のために異性が嫉妬してくれるというものは。中々に良い。
リモデルが手を差し出してきたので、私はそれに応えるため自身も手を伸ばす。
そして、いつも以上に手を密着させてみた。
彼の男性らしく大きな指の間に自身の細指を絡める。それは私を作ったあの人が望んでいて、私に何度も「いつかはやりたい」と言っていた……手の繋ぎ方だった。
彼女が(少し)したいと思っていたことの一つをやることができて、私は少し喜びを感じた。
「……それで、次はどこへ?」
「考え中だ。何か興味があるものがあるのなら、それを教えてくれないか?」
なるほど。私に委ねるか。
こうすることにより、私に関する情報を一方的に増やすことが可能だね。良いと思うよ。
もちろん、断る理由などない。答えよう。
「……」
「……どうした?」
「いざ、答えようとしても出てこないな」
おかしい。浮かばない。うーむ。
人間化が進みすぎているが故、かな、よくないこともそれなりにあるな。一長一短だ。
まあ、私が人間らしくなることを選んでそうしたのだが、どうかと思うな……
「……」
書斎に行く前だったら、本に興味があると答えていた。調香室に行く前だったら、香りに興味があると答えていたはず。魔力にも興味はあるが、それはファルが連れてきたあの部屋で満足だ。あそこは魔力が満ちていたし。
……リモデル、貴方は私のことをまだあんまり知らないんだよね?
それを疑ってしまうほどの奇跡。二つも私が満足できる部屋に連れてきてくれていたのだから。
これは恋人として相性がいいということなのか?
「じゃあ、外に行くか?」
「えっ」
「外だよ。折角、恋人になったんだ。一緒に街を回ろうぜ。二人きりでさ。夜の街も悪くないぞ」
……そういえば、今は夜だね。失念していた。
夜の街を恋人と二人……それも中々に良きものだ。
私が首肯しようとしたところで、背中に何かが当たる。これは人の手か? ゴツゴツとしている?
殴ってくるかと思ったが、そんなことはなかった。
ちょんちょんとくすぐったく感じるようにつついてくる。
何なんだ、ウザがられたいのか。
ファルの手では、ないよな? こんなにゴツゴツしてはいなかったように思う。
……まあ、いい。誰であれ、腹は立つから。
私が少し苛立ちを覚えながら振り返ると、そこにあったのは……なんと先程の土塊人形だった。
「……はぁ、これってファルの土塊人形じゃないか。あいつ、これに探させたのか?」
そう言ったのはリモデル。ため息をつきながら、土塊人形を見てそう言っていた。
私も同じ気持ちだ。
……まあ、あのファルの土塊人形なら、難しいことでもなかったってことだな。
「……それで、ファルは近くにいるのか?」
「……」
「……あー、まだ喋れないのか」
リモデルは項垂れた後、私と一緒に周りを見渡す。
しかし、ファルはどこにもいないようだった。取り敢えず、土塊人形に探させただけのようだ。
動きはリモデルの方が早いだろうし……
私はリモデルに目配せをする。
「……よいしょ」
すると、意図を瞬時に理解したらしいリモデルが私のことを姫を抱く騎士のように抱えた。
私は……一応、人形国の姫であるわけだし、まあ……相応しい抱えられ方であると言えるさ。
……これで逃げよう。
一応心の中で言っておくが、ここはもう書斎ではないので、走って全然OKだ。
たくましさを感じる彼の手に体を預けながら、私はただ前……リモデルに教えてもらったもう一つの外に繋がるドアがある方向を見るのだった。
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