21話【リモデル視点】遊びたい女リュゼルスハイム
別の部屋に移動しようということになった。
リュゼルスに理由を聞くと、『単純にたくさん部屋があるのに一つの部屋に留まるのも退屈ですし』という答えが返ってきたよ。本当かはわからない。
凶暴男のことも放っておくべきじゃないと判断して連れていこうとしたのだが……
罠に嵌ったようで、床に埋まっていたので出来なかった。床なのにあいつのいる部分だけぬかるんでいて気持ち悪く、思わず「うわっ」と言ってしまった。
音もなく、ヌーっと沈んでいくところを見て……『君はそんな力も持っているのか……』と思ったけど、その直後にリュゼルスが館によるものと説明してわかった。
俺も同じことをやられてしまいたくはないな……
……と強く思わされたよ。嫌すぎる。
完全に沈む寸前に少し可哀想になって近寄ったが、その時に音もなく近寄り、俺の関節を捻るリュゼルスにも驚かされた。君も沈む床と同等の怖さ……
これは絶対に怒らせない方がいいな。
あの感じ、意外に凶暴男より強いかもしれない。速さではまだあいつの方が速い気がするが。
「そんなに早く上がらないでほしいんだが」
「あら、先程街で拝見した時の貴方はわたくしに追いつけるほどの速さはあったように思いますけど」
「あれは何も抱えてなかったからな……しかも、今の俺は疲労困憊だし……」
「ああ、なるほど。しかし、わたくしは細腕で……」
「わかってるって。別にいいよ」
階段の終わりはもう見えてきてるしね。
魔力による筋力上昇はしていないが、それはここから出る時のために温存しておきたい。
「あ、ここですわ」
……階段上がってすぐの部屋なんだな。
物凄く助かった。なんでこの部屋なんだろうか。
……わざわざ他の部屋に入らなかったってことはここが特別な部屋……なんだよな?
少しだけそれによって警戒を強めていたのだが、開けてみると……
さっきの部屋と……違いを探す方が難しいほどに内装が同じような灰色の何もない部屋がある。
同じに見えるだけで実は違うのかも……そう感じて、質問をしてみたら、実は違うとわかった。
まず、今までの部屋と違って拡張が出来る。その上、この部屋は体力回復機能もあるらしい。
……それは、助かるな。
「ありがとう」
「いえいえ、気にしないでいいですわ。それより、自己紹介させてくださいまし。改めて……」
「え、自己紹介……?」
「はい!」
この状況でか。予想外だな。
構わないが、少しだけ驚いたっちゃ驚いたよ。
「わたくしの名前はリュゼルスハイム・アミュ・ルィスティヒ。ご存知のことかと思いますが、こことは別のルィスティヒ人形国という国の第四王女ですわ」
「……そうか」
これは……はあ。
……もしかして……いや、もしかしなくても、俺も自己紹介しないといけなくなって……?
正直、こんなところで名前を明かしたくはない。
あ、住所なども言えないな……
「……うーむ」
初対面の相手との自己紹介に……名前を出すのは必須。名前を言わないで済ますというのは……きっと、いや……ほぼ確実に無理だと思っていいだろう。
……どうしよう。住所は聞かれない可能性はあるが、名前は普通に答えなきゃいけなさそうだ。
何か、名前を言わなくても済むようなそんなやり方ないか……ちょっと考えるか。
……注意を逸らして自己紹介のことを忘れさせる……のはこの何もない部屋では出来ないな。
先に好きな食べ物とかの紹介をして、その後に他の話題に繋げていく……?
成功確率はゼロじゃないと思うが……それでも、途中で『何故、名前を言わなかったのですか?』と言及されてしまうかもしれない。
そこを言及されたら、言い逃れは多分出来ない。
というか、出来たとしてもきっとすべきじゃない。この女の機嫌を損ねたら、きっとこの屋敷からの脱出は更に……更に遠のいていくだろうから。
「……」
「……なんか、考えている様子ですわね」
本当にどうしよう……
……っていいこと思いついた。なんでこのことを俺はすぐに思いつかなかったんだ。
やはり、疲労で頭が回っていないんだろうな。
偽名だ。偽名を使えば……
「……もしかして、名前を言うか迷ってらして?」
「……っ」
「……ふふっ」
「いや、そうだな。まあ、君は知らない人形だし、少し迷っていたんだよ。はは」
嘘をここで言っても見透かされそうだから、本当のことを言っておいた。逃れられるか?
「そんなに考える必要はございませんわ」
「え?」
「だって、わたくしは貴方の名前を知っていますもの。リモデル・スキィアクロウさん……ですわよね?」
なっ……この女……なんで……?
間違いなく俺の名前だが……俺は絶対にこの女には名乗っていないし、自分の名前を出していない。
それはもちろん、凶暴男と戦った時もだ。
「……っ」
もしかして、凶暴男が洩らしたのかもしれない。
そう思って凶暴男が沈んだ方向を見たところ、俺の顔をリュゼルスが掴んで……
自身の顔と無理やりに向き合わせてきた。
「違いますわ。勘違いされてますわね? あの野蛮そうな方がバラしたわけではなくってよ」
野蛮そうな方って……凄い呼び方だな。
まあ、俺も『凶暴男』とか本人にとってはきっと不名誉であろう呼び名を脳内とはいえ、勝手に付けているわけだから人のことは言えないんだがな。
「さっきの方の名前も知っております。アサシィーノというので、貴方も覚えておくといいかと……」
「ほ、本当か……?」
思わず、そう言ってしまった。そんなことを聞いても、本当のことを言うとは限らないのに。
「もちろんです。それより、今からちょっとやりたいことがありまして……」
「やりたいこと……?」
「はい!! なので、それに関する説明をさせてくださいまし。なるべく簡潔に済ませますので」
簡潔……だと言っていたので、取り敢えずはそれに頷いておいた。
聞きたくはないが、ここで聞かないというのは先程の力や館の異常性を見せられた後では無理。
俺もさっきの凶暴男……アサシィーノだっけ? アイツみたいに沈められたくないしな。
あいつ……あのまま死んでしまうのかな。あんな死に方は気の毒だから多少は同情する。
「わたくしがやりたいのはとある『遊び』……『遊戯』と呼んでもいいですが……」
「どちらでもいいさ。で、どんなことをやると?」
俺がそう尋ねると、リュゼルスは俺の唇に自身の人差し指を乗せ、なぞると……
「せっかちですわね。この後、連れていく部屋にて、ゆーっくりお話いたしますわ」
「待て、というわけだな……」
「そういうことです!」
妖艶な笑みを見せながらも、純新無垢な幼子のような高く楽しげな声で話している。
そして、何をするかと少し見ていたら、突然に俺の手を引っ張ってきた。強っ……
力の強さはアサシィーノには劣るとしてもそこらの戦士に劣らないと思われる。
個性が暴走してるな……
……俺はそう思いながら、リュゼルスに連れられて階段を上がっていくのだった。
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