7話【ドルイディ視点】喜ばせてみせよう
喜ばせる、と言ってもそんなに時間をかけるつもりはない。
短時間……その上、ファルならば、ほぼほぼ確実に喜んでくれそうだと思うことをする。
この部屋の蔦は恐らくだが……ヘヴッラという森住人が攻撃手段にも移動手段にも用いる万能なものだ。
だが、それらは何故だか闇の魔力に弱いと聞いたことがある。
私はこういう時のためではないが、全属性の魔力を体内にある貯蔵庫に溜め込んでいるので……
その内の闇属性魔力を幾分か放出することで、ファルから逃げる時間を作りたいと考えているのだ。
といっても、ただ放出するだけではつまらないし、喜ばせることもできないため、工夫していきたい。
「喜ばせる? それはいいね。何をしてくれるの?」
「それを話すとお思いかな?」
「……なんでもいいけど、最終的には茶会の席についてもらうからね?」
そこまでか。本当に外面と内面との乖離が激しいように思う。
興味深くはある。感謝の思いもある。
だけど、今はどうしてもリモデルのもとに行きたいからね。今は魔力放出だけで勘弁してもらいたい。
魔力というものは人によって感じ方が違うと思うが、私にとって体内貯蔵時点では雲のように感じるんだよね。
雲のようにふわふわとしているのだ。練っている時はまさに雲が体の中で動いているかのようで、中々に心地よい。
枯渇寸前になると、そうでもないがね。
「……じゃあ、やるよ」
私はそう言いながら、視線は壁に向けていた。
とあることが気になったからだ。
壁の蔦が指示もないのに揺れている。こちらを挑発しているかのようにも感じられるが、きっとそうではない。
指示が欲しくてウキウキしているように、私には感じられた。
……あくまで私がそう感じたというだけだが。
そんな蔦から視線を戻すと、私はきちんと彼のことを見て、自身の右手を突き出してみた。
魔力放出は手で行うものだ。左手でも可能なのだが、彼のことを喜ばせるのなら、利き手である右手の方を使うべきだと私は考えたのだ。
「……魔力放出かな?」
……さすが、あれだけ凄い土塊人形を創造し、蔦を自在に操れるだけある。すぐ見抜かれてしまったな。
だが、それでも構わない。見抜かれたところで逃げることは可能だ。その美しさに見とれるからね。
見とれなかったら恥ずかしいから、見とれてくれると嬉しい。
突き出した手に集まった魔力が段々と泡立つのを私は感じる。体内貯蔵時点では雲という表現が適切だと思われたが、現在の魔力は表現に適切と思われる物や生物などは思い浮かばない。
放出時点で可視化されるため、今はどれほど美しいかはわからないが、そうであることを強く祈っているよ。
「……ふむ!」
手のひらにブクブクと音を立てながら、生み出された魔力は闇の魔力なので紫色でありながら黒が混じった奇妙な魔力だった。
普段はこのようなことになることはなく、今だって意識的にこの色を混ぜようとはしていなかった。
それ故に何故こうなったのかもこれが何であるのかもわからなかった。
なんであったとしてもそれが美しさを更に高める要因になっているのであれば、文句ではなく賛辞を述べたい。そう私は思った。
私はそれをファルに向けると、射出していく。
黒と紫の魔力が上手く絡み合い、龍のようにうねりながら、ファルの喉元を狙って飛んでいった。
彼に向けたのは故意だ。守られたら困るから。
ファルとの距離はそんな離れていなかったが、それでも彼ほどの人間なら私の魔力放出など受け止められると思う。
黒い色が迫るごとに増しているが、割合で言えば六対五。まだまだ美しさの変化はない。
「……すごい、綺麗だな」
飛んでいった魔力は遂にファルの眼前に。
ファルは私の射出した魔力に見惚れながらもそれを手で受け止めようとしてきた。
だがしかし、私は彼に当てる気など毛頭ない。
彼が手を突き出して止めようとした瞬間、人差し指を上に向けて軌道を上に逸らし、彼が驚く顔を尻目に十条ほどに分裂させて特に太いと感じた十の蔦へと激突させた。
分裂させたこともあるが、元々威力がそれほど強くないということもあって数秒静止させることしかできないだろうな。
でも、それでいい。逃げるためにやったのだから。
「おお……!!」
激突した瞬間に全ての蔦が綺麗にピタリと静止。
驚いてくれているが、これは私の技術が高かったから驚いたということでいいのかな。そうであると嬉しい。
私はその後、リモデルのことを真似してウインクをすると手を振りながらその場を去っていった。
何か言うつもりはない。そう思っていたが……
「負けたよ!! リモデルのもとに行っていい!! また後で会おうね!!」
「ああ、また会おう。お茶、美味しかった」
とだけ言った。感謝はやはり何度も伝えたいので。
彼が完全に止まったことを確認するまで視線は向ける。十秒ほどだった。
それぐらいで十分に距離を取れたので、もう安心だろうと私は前だけを見据えて前を歩いていった。
走れたらいいけど、ここは書斎だからね。歩かないと。
折角追う気がなかったのに走ってしまったことで怒って走ってくる可能性もファルならありえるよ。
「……ふっ」
それから、軽く本棚とそこに陳列された本を見ながら、リモデルを捜そうと思ったのだが……
「……」
「……リモデル」
なんと、そう思った瞬間に見つけたのだった。
距離はそれなりに離れていたが、リモデルもここは走ってはいけないと理解しているようで早歩きでこちらに来ると……
「どこに行ってたんだよ。捜してたんだが」
と声をかけられた。
こちらの台詞、と何度も言いたいところだが、自制しよう。
実際に勝手にいなくなってはいたしね。
「悪かった」
「……いや、まあ俺もちゃんと言葉で伝えなかったのが悪かったんだよな。ごめん」
「なんだ。その考えはあったのか」
心の中での言葉のつもりだったが、気づいたら出てしまっていた。故障だろうか?
「え?」
こんなこと今まで起きたことはない。
視線を少し自身の首飾りに向けるが、『ERROR』の文字などなく、私は首を傾げるのだった。
「……まあ、なんでもいい。それより、ファルナーメっていう奴に会わなかったか?」
「……」
これは会ったと言わない方がいいパターンなのだろう。
だがしかし、恋人であるリモデルに対して、なるべくならこれ以上嘘はつきたくないという思いもあれば、単純にファルのことを隠したくないという思いもある。
普段の私ならここで黙っていたところだが、錯乱状態であったことが原因なのか……
「会ったよ」
と正直に言ってしまうのだった。
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