6話【ドルイディ視点】至福のひととき
今のところはリモデルはいないようだった。大丈夫だ。
「……それじゃ、飲むよ」
私はティーカップを静かに口の方に持っていき……個人的には優雅だと思う傾け方で中の茶を口へと運ぶ。
何をしたいんだとこの場面を見た者は思うかもしれない。それは色気というものを出すためだ。
リモデルの照れる姿は物凄く見てみたいからね。色気を出す練習というのはここでしておいて損はないはずだ
「……ふぅ」
喉を駆け抜ける茶に身を震わせる。
何度飲んでも、聖水のようだ。本当に幸福感で身体が包まれていっているかと思わされるよ。
「何度も同じ反応ありがとうね」
「それぐらい美味しいということだ。飲んでいて非常に幸福感を覚えさせられる。至福のひとときだよ」
「至福のひとときかぁ。その言葉をもらえると、こちらもお茶会を開いた甲斐があるよ。次に開く機会があるとしたら、もう少しだけでも人とか森住人とかを呼んでみようかな」
「それなら、リモデルから逃げずに彼も茶会に連れてくれば、よかったのではないか?」
「……あー、僕はアイツのことが実はあんまり好きではなくてね。それに……こいがた……に……りそうでもあるし」
「こいがた……?」
何を言いたいのかわからなかった。聞き取れなかったためである。
「こいがた、というのは何かわからないが、彼がそれになることの何がいけないのだろうか?」
「は?」
「……? 何かおかしいか?」
「……なんか……うん、ごめん。声小さすぎたね」
やはり、聞き間違いだったということか?
なんと言ったのだろう。あまりに聞こえなくて、推測すら難しいように思うのだが……
「……?」
「……わかった。わかった。言う。恥ずかしいけどね。僕は正直言ってアンタ……じゃなくて、アナタのことが好きなんだよ。僕ってお茶を美味しそうに飲んでくれる人が好きなんだ」
「……ほう、そうだったのか」
「さっきはリモデルは僕の恋敵になりそうって言ったんだよ」
それなら、もっと早く言ってほしかった。
好かれるのは嬉しいからね。恋人がいる以上、浮気はできないが、それでも好いてくれているのなら、対応は柔らかくしたい。
……今までも柔らかくしていたつもりだが、更に。
「最初に拘束したりして悪かったね。あの時はアナタに対してまだよくない印象を抱いていたから」
「別に構わないさ。それより、リモデルが私に好意を抱いていることを何故に知っている?」
監視でもしていたというのか?
でも、監視できるような何かが先程通ったまでの部屋にはなかったように思う。視認できなかっただけかもしれないが。
「……さっき、リモデルが追いかけている時にアナタが恋人だということを言っていたんだよ。アナタはどう思ってるか知らないけど、アイツはアナタのことよく思ってるんじゃない?」
「……ふーん、そうか。それは嬉しいものだ。早く会いに……」
「おっとっと。待ってよ。アイツのもとに行くつもり?」
「ああ、そのつもりだとも。恋人なのでね」
わかりきっているだろう。わざわざ言わせないでくれ。
嫉妬心をこの男が感じていることはわかるが、ここで言う通りに留まっているのは恋人であるリモデルに悪すぎる。
早く合流する。待っていてほしい……!
「……簡単に行かせない。でも、なるべくなら痛い目には合わせたくない。大人しく、茶会の席についていてくれないかな?」
「……お茶を振る舞ってくれたことは感謝している」
「ん?」
「でも、それとこれとは別だ。もうお茶会は終わりなんだよ。私はもう彼……交際相手のもとに行かせてもらう」
私はティーカップを持つと、その取っ手を指に引っ掛けて回した後、大きめの蔦に向けて投擲した。
絶対に受け取ると判断してのことだ。
蔦は案の定、飛ばされてきたティーカップを攻撃と判断して受け止める。傷一つなし。
さすがだ。あんなにも太い蔦であるのにも関わらず、ちゃんと受け止めることができているのだからね。
「ティーカップは返却した。どうする? 返す気かな?」
返してくるだろうな。まあ、受け取る気はないが。
私は自身の手を後頭部の方に回しながらそう思った。
「返すのもいいけど、折角なら綺麗な方がいいと思うし、新しく用意させてもらうとするよ」
「どうやって?」
「見てて。『土塊人形創造』」
土塊人形というのはそのまま土塊の人形のことだ。
周囲の土塊を集めて創るのが一般的と言うが、土の魔力を持ってさえいれば、土が一切ない環境でも創造が可能だ。
ただ、森住人はそんな魔力を持たないし、人間の中でもあの魔力を持っている人間というのは非常に稀有である。
……何かを使ったのか? 魔道具とか。
この男はやはり、侮れないな。
「……いいね。驚いてくれると創った甲斐がある」
「それはよかった」
蔦の攻撃に土塊人形の攻撃。一つ一つでも回避は難しいのだ。挟撃などされたら、どうなってしまうか。
助けを求めたい気分だよ。まあ、求めないけどね。
無様すぎるから。あと、散々迷惑をかけているのだから、これ以上かけてしまいたくないという思いもあるよ。
「ほうらっ!」
何をするかと思ったら、土塊人形はその巨大な手のひらを蔦に近づけてそこからティーカップを取ると……
潰してしまわないようにするためか、非常にゆっくりと机の上へと運んでいくのだった。
その様は非常にシュールなもので、私はそれを黙ってただただ見ることしかできなかった。
「……」
「……退屈だったかな。ごめん」
「……ああ」
「それなら、退屈しのぎにとっておきのことを教えるよ」
とっておきのこと……いいね。
どんな情報かはわからないが、聞いておくとしようか。
「僕の種族は人間でもない。森住人でもなく……山住人なんだよね」
「……はりか」
「……どうした? 何を言った?」
山住人である可能性は想像していた。
……でも、本当にそうだったとは思わず、私の頬は自然と緩んでしまっていた。
表情の唐突な変化に逆にファルの方が惑っている。彼からすれば、想定外だったろう。
私はその言葉は想定内だったよ。土塊人形を出す前だったら、もう少し驚けたと思うけど。
「……嬉しい」
土塊人形というのは私の大好きな人形だ。それをこんなに上手く創った者が……同じく大好きな山住人であることに興奮と喜びを覚えているが故の表情だ。これは。
これだけ喜ばせてもらえたんだ。私も逃げる前に彼を喜ばせられるよう、全力で行動していくとしようか。
「……あなたを喜ばせられるよう、頑張らせていただく」
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