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52話【ドルイディ視点】『カヴェ・ドーン』

「っと……避っ!?」



 突進は出来たけど、さっきのマオルヴルフのように軽くあしらわれて地面に投げ出される。



「とっとっとっ……」



 トムファンは突進の際に軽く汚れた自身の服の汚れを払いつつ、一本足で後退していった。


 余裕が見えるその様に苛立ちが募る。



「……くっ」



 諦めない。


 再び立ち上がろうと思ったのだが、そんな時に小さくも驚きの出来事が起こってしまう。



「あっ……うわぁ……」



 外套が立ち上がろうとした時に破れたんだよ。じきにこうなるとは思っていたけどね……


 もう、被らなくていいかな。


 仕方ない。ここまでボロボロになったなら、後で処分することにするよ。残念だが……


 私は外套を脱ぎ、それを一旦床に放る。



「破けちゃったぁ……? ごめんね」



 貴女がやったんだろうが。


 舌打ちしたい……という思いを抱くが、変に調子に乗らせるのを避けるため、残っている理性で抑える。



「……破けたにしても、捨てていいのぉ? その外套」


「いい」


「ポイ捨てはダメだよぉ……?」


「ポイ捨て……に見えるかもしれないが、きちんと持って帰るさ。一時的に置いているだけ……」


「まあ、何でもいいけどさぁ……」



 確かに忘れやすいのは認めるが、そのままにするつもりはなかったよ。



「あ、あと……言い忘れてたけど鼻血が出てるよぉ」


「え!? そちらを早く言え!!」



 私としたことが気づかなかった。今にも垂れて床に汗と共に落ちそうな鼻血を見て、私はアタフタと慌てる。


 そんな私を見て、トムファンは手布を取り出してくるが、私はそれを見向きもしない。


 単純にこいつの好意を受け取りたくないというのもあるが、それ以上に罠の可能性がある物を不用意に受け取りたくないんだよ。当たり前だ。


 「むーん」などと言って頬を膨らませている。そんなことをしても何も……



「!!」



 こちらに走って迫ってくる。速い。もう策など考えず、ただ特攻する気になったか。


 いいだろう。それでいい。私も正面から同じようにぶつかって倒すまで。


 脳味噌が筋肉だとでも言われそうな思考だから、リモデルには知られたくないね。絶対。


 そうして結界を張り替えつつ、私も魔力を溜めながら突進しようとするんだが……



「はい、手布」


「……なっ」


「受け取ってもらいたいんだぁ……」



 トムファンは手布を近距離で放り投げてきた。


 ヒラヒラと風の少ない地下空間を小さな手布が舞っていく。


 地面にそれが落ちるのもゴミが増えるし、どうかとは思う。ただ、ここでこんな物を渡してくるなんて……どう考えても罠としか思えないからさ。


 やめようと思った。思ったんだけど……


 次の瞬間……私はそれを拾っていたのだった。



「……あー……やっちゃった」



 私の中のもったいない精神がその行動を誘発したのか……それとも、鼻血を一刻も早く拭き取りたいという心がその動きを誘引したのか……


 ……どちらでもいいが、敵の物をこうして受け取るなんて愚かだよね。


 どうしよう。何が起こる……?



「って鼻血が……」



 疑問に思ったあたりで鼻血が一滴……地面に垂れそうになったので私はそれを手布で拭う。


 だが、特に何も起こらない。鼻をさすろうとも、手布を擦ろうとも……特に……


 ……? 本当に、ただの好意だった……?


 手布をもう一度見て、頭に疑問符を浮かべたところで接近してきたトムファンは……


 私の体をその手で強引に押して、壁の方に追いやる。


 ……しまった。手布に意識を向けることで接近していることに気づかせず、そのまま壁に追いやり絶体絶命の状況にする……という算段だったわけか。



「はい。また『カヴェ・ドーン』」



 『カヴェ・ドーン』か……


 ……壁に手をつけて、『ドンッ』という音を出して人や人形を精神的に追い込むものだっけ。


 好きな相手にやられると、ドキリとすることもあるとは言うが、元は追い込むものだ。


 この女のことだから、私をドキリとさせる目論見でやったものなんだろうな。


 一度目の反応が望ましいものでなくて二回目をやったんだろうが、反応は変わらんよ。


 一部の地域では『カヴェ・ドーン』と呼ぶこともあるらしい。ふざけた名前だ。


 ただの壁叩きじゃないか……



「はっ……そんなことで今更……」


「……はぁー……どーう……かなぁー……」



 吐息がかかった。なるほど。セットでやられると、軽いドキリとした感覚はあるな。


 今度、リモデルに対してやってみようかな。やられるのも悪くないかもしれない。


 私は顔を背けず、吐息をかけてくるトムファンに対して思いっ切り頭突きをかましてやる。



「……っ!?」



 本当に頭が割れたっていい。その覚悟でやった。


 替えはきくんだ。人形の私は壊れた時に備えて脳の複製ぐらい用意しているからね。


 私はさっき私室で複製人形に記憶を移動させたが、あの複製人形の脳のことを言ってるわけじゃない。多分、こいつやマリネッタが利用していたのだとしたら、その記憶はもう残っていないかもしれないし。


 私が考えているのは、それとは別の脳のストック。これらに記憶の移動はしてないから、リモデルとの思い出もないが、また積み上げればいいと思う。


 一日でこれだけリモデルとの思い出が出来たんだ。またすぐに色々と出来るよ。


 トムファンはさすがにその表情が崩れた。出血をした頭を抑えながら、私の肩を掴んでくる。



「同じように頭突きする気か? 望むところだ」



 やればいい。やればいいのさ。


 貴女の頭など、私の石頭で……!!


 頭に意識と魔力を集中させ、強度を高めながら、その時を待つのだが……


 ……それは中断される。


 安心したと思ったところで震動。


 ……なるほど。これによって動きを止めたか。誰だかわからないが、よくやってくれた。



「……っうおぉ……? もしかしてぇ、来ちゃったー?」



 完全な真顔なのだが、声はカラスの如く高くなっている。その差異が気持ち悪い。


 『ボコッ』という音が聞こえたかと思うと、そこからマオルヴルフが登場。


 ……すぐにわかった。騎士マオルヴルフだ。さっきのあれは逃げたわけじゃなかったんだな。


 こちらの視線が向いたことがわかると、騎士マオルヴルフは地面から飛び出した。


 その時にもう一人同時に飛び出した人影がある。それもまさかの知っている人物だ。



「ペルチェ!?」


「ほう、きみの方かぁ。意外だね」


「……助けに来ましたよ、姫様」



 ペルチェは騎士マオルヴルフの後ろに着くと、何故か扉がある方向に向かって走り出した。


 私もトムファンもその様を目で追う。扉からそのまま出るとは思っていないが、なんで扉の方に……?


 扉の方は案の定通らず、そのまま壁の方に。そして、ペルチェがこちらを向いたあたりで……



「……んおっ!?」



 ……トムファンはどこからか飛んできた糸に巻かれ、簀巻き状態で地面に倒れる。


 私はその糸を放った者の方にも視線を移した。



「……あ」



 次の瞬間、私の表情は歓喜の色で満ちる。


 そこにいた人物は……現在私が最も会いたいと熱望していた人物……その人だから。



「……リモデル、会いたかった」


「俺の方も心より会いたいと思っていたよ。ドルイディ」



 リモデルのその顔に怒りはない。


 ……悲しみも……出た直前にはあったものの、隠そうとしたようで、今は別にない。


 私のためだろう。悲しんだ顔を見せたら、私にまでそれが伝播する……そう考えてくれたんだと思う。


 優しい人だ。その笑顔は初対面の時に見たものと非常に似ているように思えた。


 あの時は別に笑顔ではなかった。でも、そこに昔から聞かされてきた王子様のような優しさはあった。今も……あの時のような優しさが感じられる。


 溢れそうなほどの……優しさのこもった笑顔。それが向けられたことで、つられて私の笑みも深まる。



「ペルチェたちの動きはトムファンの視線を穴から逸らすための囮だったってわけね。さすがだ。感服する」


「……それを瞬時に見抜くドルの慧眼に、俺も感服しているよ。さすがなのは君もだ」



 リモデル……彼の手にはまだ糸が残っていた。


 彼はその糸を使ってトムファンのことを自分のもとに引き寄せると、一言……



「……君は何がしたい?」


「それは……一体……?」


「とぼけるなら、君が先程ドルイディにしたように『カヴェ・ドーン』とやらをしてもいいんだが?」



 リモデルの瞳は本気だ。嘘はついてない。


 きっと、本当にそうするんだろう……そう思わせる気迫を感じることが出来た。



「本当かなぁ……愛しのお姫様の前でそんな……」


「……舐めすぎだろう。その程度、できるさ」



 信じてないのか。それとも、その程度されたところで死なないとタカを括っているのか。


 リモデルはそれから、数秒の沈黙の後にトムファンに巻きつけた糸を振り回した。


 怖がらせるためか、それとも、一回叩きつけて自分にそれをやる覚悟があるということを示す気か。


 ……正解は、多分前者だと思うが、どうだろう。


 放り投げられた簀巻き状態のトムファンは空中を舞ったが、壁には叩きつけられない。



「……意外か?」


「うん。叩きつけられると思ったよぉ」



 壁の方にペルチェが用意してくれたと思われる土属性で作られた椅子にトムファンは座らされる。


 リモデルは自分の分の椅子を自分の魔力で生成すると、そこに近寄っていって同じように座る。



「……話をするなら、腰を据えてやりたいだろう?」


「いいねぇ。話す気なかったけど、少しぐらいは話してやろうかな……という気になってきたよぉ」



 未だに余裕そうに笑うトムファンを見て、リモデルも同様に笑うと……私に手招きする。


 どうやら、私の席も用意してくれるようだ。


 まさか、こうなるとはね……



「……実はそこのマオルヴルフから少し話を聞いていてね」


「なるほど。お姫様に対しておれがやってきたことはある程度知っていると」


「ああ。だが、君の目的までは知らない。だから、話してもらうぞ。わざわざ席を用意してやったんだから、それぐらい話してくれるよな? トムファン」


「ふむふむ、わかりやすい説明ありがとうねぇ。よーく、わかったよ。よーく、ねぇ」



 リモデルは目の前のトムファンと同じく笑顔。


 だが、そこには微かだけど、確実に怒りの気持ちがこもっていると……私は思った。


 笑顔の二人を見て、軽くゾッとしながら……



「……失礼するよ」



 ……私は私のためにリモデルが用意してくれたと思われるフカフカの席に腰掛ける。


 装飾品がついていて、豪華だ。姫として扱ってくれているようで嬉しいが、少し恥ずかしいな。



「どうぞ」



 座った私は二人に向かって、『自由に話していいよ』という意味を込めてそう言っておいた。


 ……さあ、傾聴するとしようか。

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