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5話【ドルイディ視点】オチャシテクレナイカナ

 オチャシテクレナイカナ……?


 オチャ……シテクレナイカナ……オチャ……お茶?


 お茶会、ということだろうか。その名前は聞いたことだけならあるが、こうして誘われたのは初めてだよ。



「お茶会に誘っているということなのか? 私を」


「そうだよ。それ以外にある?」



 なるほど。やはり、お茶会への誘いだったか。


 それ以外にあるか、と聞くぐらいなのだからこれが誘い方としては常識なのだろう。一つ勉強になったな。


 うんうん、と頷く私に男は……



「……それじゃ、行くよ」



 と言って、その手を掴んでどこかに向かっていく。早歩きで。


 走らないのはここが書斎だからだろう。


 ……リモデルに見つかりたくないなら早く行きたいのもわかるが、あまりに強引すぎる。


 強引なのは嫌いではないが、もう少し優しくするべきではないかな。痛覚もそこら辺の人形より人間寄りなのだから。



「……ようこそ、僕の私室へ」



 私室だったか。


 連れてこられたのは蔦が辺りを埋め尽くす不思議な部屋だった。


 家具の代わりに本があるが、どれも蔦によって守られており、視認どころか取り出すことすら難しくなっている。



「あれはどうやって取り出すんだい?」


「僕が蔦に本を取るように命令する。あの子たちはみんな題名(タイトル)を覚えているから、問題なく取ってもらえる」



 あの子たちって……やはり、森住人(エルフ)なのか? 森住人(エルフ)は植物などを自身の意のままに操作することが可能だと本で学んだからな。耳が長くなくても森住人(エルフ)なのかも。


 耳だけ何かの実験で人間と同じ状態にされたのか? いや、幻術を使っている可能性や使われている可能性もあるか。



 蔦と男の横顔を交互に見ながら、私は頷いた。



「……ちょっと、お茶会に来たのならちゃんと椅子に座って。そして、僕のことを見てよね」



 男は蔦によって渡されたティーカップを私の頬に押しつけながら、そう言った。


 そんなにグリグリとティーカップを押しつけたら、割れるぞ。


 比較的柔らかい肌とは言っても人形と人間では違うからね。押しつけすぎたら、きっと割れてしまうんだよ。きっとね。


 陶器のような肌って言うだろう? 私の肌は正にそれだ。陶器のように割れる姿は美しかろうが、こんな場でそうなったとしても誰も見てないから損である。


 どうせなら、もっと別……



「すまなかった。座るから、押しつけるのをやめてくれ」


「あ、ああ。押しつけすぎだったね」



 男はティーカップを私の頬から離して近くの机に置くと、対面の椅子を引いて私をそこに手招きした。


 ここは座っておかないと面倒だね。


 私は気づかれない程度に小さく嘆息すると、蔦を怖がりながらもその椅子に座った。


 座り心地に関してだが、それなりに悪くない。


 蔦が敷かれているのだが、クッションの役割を果たしてくれているため、非常に快適なのだ。


 ふわり、とした感触のクッションとは違うが、これもまた良いものだ。受け入れよう。



「遅れたね。僕の名前はファルナーメ・デッラ・ドメニカ。ファルって読んでくれると嬉しいよ」


「……」


「何も言われないのは悲しいね」


「私はドルイディ。ドルでいい。よろしく」


「よ、よろしく」



 ……無愛想、とでも思っているか?


 この男の表情からその考え方が出ているような気がする。



「……まず、お茶に手をつけてくれないかな? お茶会ってそういうものだからさ。味も聞きたいし」


「そうなのか。無知ですまない」



 私は笑みを浮かべながら、ティーカップに手を伸ばす。


 何の葉を使った茶なのか気になるが、どうなのだろう。茶葉には色々な物があるというからな。


 どこ産なのかも気になるしね。


 凝視することで確かめようとしていたら、ファルは「やった」と言った後にぱあっと太陽のように表情を明るくし、私に対して解説を始めようとしてきた。


 ……お茶が大好きなのか。



「それは南方にある果実茶なんだ。いい果実の香りがするだろう。お気に入りなんだよね」



 ……すんすん。


 私は顔を近づけて、漂ってくる香りを鼻腔へ届けてみる。


 確かに素晴らしい果実の香りだ。果実というのは一種類ではないようで様々な果実の香りが感じられた。


 私の大好物である皮が赤く、実が白いアップラという果実の香りも感じられる。



 これは素晴らしい茶と言え……いや、まだだ。


 味はどうだろうか。いくら香りは素晴らしくても、味が悪ければ印象は下がってしまうよ。



「……!?」



 舌に茶が触れた瞬間、全身に幸せが伝播する。


 ……正直言って、飲み物でこれほどまでの幸福感を得られたことなど、生まれてこのかた一度もなかった。


 素晴らしい。これは問答無用で素晴らしいと言える。


 ティーカップを傾ける動作すら心地よく感じられる。飲み終わりたくない。


 そう思えるほどの多幸感に私は打ち震えた。



「……感動してもらえているようで嬉しいよ。このお茶は僕も大好きな物でね。喜んでくれなかったら泣いてたよ」


「本当かい?」


「……まあ、嘘だよ?」


「……うん」



 私はさすがにこのままずっとティーカップを傾けてちびちびと茶を飲むわけにはいかないと感じ、渋々と飲み干す。


 もちろん、音は立てずにね。上品に。



「ファル、素晴らしい茶をありがとう。感謝する。これほどまで美味しい茶を振る舞ってもらえるとは思っていなかった。非礼を詫びよう。私に何か要求してくれれば、できる限りで……」


「そ、そんなことしなくていいって。このお茶ならまだいくらでもあるし。それより、ちょっと話しようよ。その話が終わったら、またお茶を入れてあげるからさ」


「いいとも。そのようなことでいいのならね」



 リモデルのことはきちんと覚えているさ。もちろん、探す気はあるが、別れる前に特段焦りを感じてない様子だったことを思うと、合流が遅れても軽く怒られる程度で済むと思われる。


 恋人の考えとしては失格かもしれないが、あのお茶の味を知ってしまった以上、あなたを優先することはできない。


 ……できない。できな……いや、さすがに酷い行為だし、ここまでやったら嫌われてしまうのでは……



「……う」


「どうしたの?」


「……いや、気にしないでいい」



 少し飲んだら、戻らないとな。恋人を裏切って男とお茶をするなど、よくよく考えれば最低の行為なのだ。


 迅速に、バレないように戻らないとだ。バレないように……



 私は周りに意識を集中させていった。

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