45話【ドルイディ視点】特別に、貴方とお茶会を
相変わらず、喋ることなく黙々と穴を進むマオルヴルフ。思考を読むのが難しすぎる魔物だ。
引きずられ方も不快感も先程と本当に同じだが……
……違うところもあるにはあるんだよ。
一つ挙げるとするなら、行き来したことがあるのか、既に道が出来ていたということ。
既にある道を進んでいるだけだから、先程のようにマオルヴルフが手を一生懸命に動かしていなかった。進む時に土もほとんど散っていなかったね。
……どちらにしろ、引きずられているわけなので、私の外套に土は付着するのだけどね。
「ぷっ」
口の中に入った土を少量吐き出せた。
それは穴が終わり、地下空間のとある一室にたどり着けたということだ。
周りを見れば、マオルヴルフばかり。ここは、マオルヴルフの巣といっていいだろうね。
まあ、こいつらはマリネッタやトムファンとやらが連れてきたモグラだろうから、ここも元々はただの地下空間のただの一室でしかなかったと思うが。
……現マオルヴルフの巣と呼称しようかな。
「……それで、貴方たちは私に何がしたいのかな?」
「……」
「……何が目的なのかな?」
……無口なわけじゃないと思う。モグラだからね。自分の言葉を伝えることができないんだろう。
なんか喋れるようになる能力とかがあればいいんだけどね。生憎そのような能力は持ち合わせていない。
それ故にどうすべきかと考えあぐねていると、マオルヴルフの一匹が私の外套の裾を引いてきた。
「なんだ……」と言いながら、そのマオルヴルフの方向を見ると、ぺこりと頭を下げてきた。
「……えっ……えっ」
すると、そのマオルヴルフに倣うように他のマオルヴルフも私に対して頭を下げるじゃないか。
体躯の小さく、頭と体の境界線がないマオルヴルフだから、頭を下げるというよりは人間なら本来首があると思われる部分を曲げてるって感じなんだが。
「いやぁ……すごいね」
正直……少し失礼だが、モグラだから人間の礼儀など微塵も知らないと思っていた。
いやね、モグラなんだし人間の礼儀なんて知らなくてもいいんだ。むしろ、それが普通。
モグラとして生きる上でそんなものが必要になる場面など、来ないだろうしね。
……本当にあまりの礼儀正しさにビックリしたよ。もしかして、マリネッタやトムファンに仕込んでもらったのかな。それなら、彼らはいいことをしたな。
こうなったら、私も頭を下げることで彼らに対する挨拶とするしかない。
「わっ……なんかありがとね」
これに関しては全てのマオルヴルフだったってわけじゃないんだけど、一部のマオルヴルフが私が頭を下げた後にパチパチと拍手をしてくれたよ。
ただ、頭を下げただけなのにね。なんか恥ずかしいな。そんなすごいことじゃないよ、本当。
「……それじゃ、文字で伝えることは出来るかな?」
私が床に文字を書いて、それを少しでいいから覚えてもらおうとしたら……
何故か、それはガン無視された。
文字を覚えなくても、彼らは多分今まで会話に困っていなかっただろうしね。ま、やらないよね……
悲しいと思っていたら、突如マオルヴルフたちがゾロゾロと移動して道を空けてきた。
この現マオルヴルフの巣は多分、三十匹くらいはモグラがいる。そのうち、十匹ほどはそれまでそっぽを向いていたのだが、この時にはその子たちもきちんと他のマオルヴルフと同様に道を空けていたよ。
何かを見せたい……ようだが、なんだ?
「……?」
何だろうと思いつつ、従って空けられた道を通っていくと……その先に待っていたのは……
「マリネッタ……なるほど。そういうわけね」
マリネッタの死体……なのかな。
横たわる姿がそこにあった。顔は本で見た幽霊のように青白く、生気も感じない。心拍を確かめずとも、もう彼に息はないんじゃないかと思える。
「道は空けられているから、もっと顔が見えるところまで近づいていいんだよね?」
マオルヴルフたちに問いかけると、彼らは地面に丸の文字を描いた。
なんだ。さっきの無視してたわけじゃないんだ。話を聞いているのか聞いていないのかわかりにくいな。さっきも聞いてたのなら、字で教えてよ。
まあ、今更文字での会話はいい気もするけど。もう、彼の生死の確認とか……色々、済ませたら戻るし。
「……うん」
……彼に、触れるほどの距離まで寄った。
気持ちが悪いと感じてしまっていて触ることに忌避感を覚えていたから、触る気なんてなかったけど……
「……あ、やっぱり……死んでるんだ」
……触って、みたよ。
手から伝わる頬を触った時の冷たい体温……それが彼の死を私に確信させた。
念の為、ということで彼の胸にも軽く触り……心拍の方の確認もしておいたが……
……やはり、そうだった。死んでいた。
私は彼の顔を正面からマトモに見る。
最後だし、まあね。危害を加えられることだって、死んだ以上ないわけだから、大丈夫。
「ねえ、さっき最後の一言……みたいな感じのことを私は言った気がするんだけどさ……」
マオルヴルフたちに彼が連れ去られる前のことを私は言っている。
「……あれさ。取り消すよ。もう少しだけ言っておきたいことが貴方の顔を見ていたら出てきた」
私は死体に傷がつかないよう、優しくデコピンをした。やり返しだよ。
デコピンにより、軽く顔が後ろに倒れたマリネッタを私は『ヤバい』と思い、直しながら……
「マリネッタ、貴方は女性のことも人形師のことも人形自体も軽視した。だから、それは許せない」
だけども……
「……もう死んでいる今、その責任を私が問うことはもうしない。冥土には冥土王という者がいると、書物で読んだことがあってね。その者に任せるよ」
私はそう言うと、彼の体を部屋の壁からこちらに向かって引き寄せてみた。
彼の死体は壁にだらしなくもたれかかっていたからね。
ただ背中の後ろに手を回して引き寄せるのは難しそうだから、脇に手を挟んで持ち上げ、移動させた。
当たり前だけど、死体ってやっぱり軽いんだね。
……生前に持ったことがあるわけじゃないから、彼が元から軽かった可能性もあるけどさ。
「……キスを捧げる相手はもう決めている。だけど、まあここで朽ちていくのが可哀想だから、何かしたいと少し考えていたんだ。ほんの少しだよ?」
私はそれで彼の死体を魔力で用意した椅子に座らせる。
「……ハグ……も少しは考えたけどね。リモデルへの裏切り行為になるからやらない。やれない」
故にどうしようかと思った末に……マオルヴルフの中の一匹がとある物をくれたからそれを使ったことをやることに決めた。貴方が望んでるか知らないが。
「茶葉と、ティーカップだよ……」
……やけに準備がいいよね。この状況になることを想定でもしていたのかと思わされる。
このマオルヴルフたちの知能を数値として出したいな。意外にそこらの人間並みなのかも。
「あっ、さすがに水は私が用意するよ」
私が茶葉に手をつけるとマオルヴルフの一匹が水の魔力の生成を始めていたので、私は制止した。
まだ魔力はあるしね。
それにしても、モグラにも魔力を持ってる個体っているんだね。ほんの少し驚いた。
「トクトク、と……」
私は自身の水属性魔力と茶葉にて、数分かけてお茶を作る。もちろん、死体である以上は飲めないよ。
……だから、彼に飲ませる気はない。お茶会を、ここでもう一度するだけだよ。
私は彼の前でお茶を飲むと、その残りを魔力に変換し……口を通して彼の肉体に届ける。
「魔力に変換すれば、体に入れることは可能だからね」
味わってくれるかな。冥土があるなら、そこで。
ちなみにこの魔力に変換されたお茶が胃に行き着くことはないよ。魔力だから。
「……特別だったんだから、ちゃんと味わってね」
私は最後にそれだけ言うと、マオルヴルフたちに向かって「そろそろ戻らせて」と言った。
意外に親切そうだし、大丈夫だよね?
その答えに、マオルヴルフたちは先程のような一礼で答えてくれた。
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