4話【ドルイディ視点】書斎&緑の少年
「次に行くのは『書斎』だ」
「書斎?」
書斎か……別にいいが、何か紹介したい書物でもあるのだろうか。
黙っていても何にもならない。答えるかどうかはわからないが、気になるから尋ねてみるとしようか。
私は周りを見渡しながら、尋ねる。
「何故だい?」
「本を紹介したいってのもあるけど、本目的はそれじゃない。会わせたい奴がそこにいるからなんだよ」
会わせたい奴……か。会わせたい方と言わない辺り、目上ではないんだろうが……人形?
いや、人形のことをそんな言い方するだろうか。
違うな。一人とは言ってなかった。実は助手とかがいてそこにはその者が住んでいるのかも。
こちらに危害を加えることはないだろうが、どんな者かというのは事前に知っておきたいものだ。
「……あ」
と思ったが、もう着いたようだ。
他との違いが明らかにわかる鉄製の大きな扉だった。
そこからこの先が異質な空間であることは何となく予想できたが、開けたことでそれは予想以上だったとわかる。
「……良い」
開けたすぐ傍には茸が生えているが、何故か赤く光っていた。普通の茸ではないようだ。
まあ、こんなところに茸が生えることは通常ありえないからね。その時点でわかるべきだね。
この茸は家の主が近づいた時に音を鳴らす機能があるようだが、書斎だからということで現在は鳴らないようにしているらしい。
ちょっと聞きたかったな。
茸の形をしているのは書斎の近くの部屋で暮らす人物であり、この書斎の管理者でもある人物が茸の形にしたいと提案してきたからとのことだ。
「……それで、どこだろうか?」
書斎は思ったより広く、その上に背の高い本棚がたくさんあるため、探すとなったら骨が折れそうだ。
天井が高いので、飛び上がれば格段に探しやすくなるだろうが。
私の問いに対し、リモデルはすぐに答えず、軽くウインクした後にどこかへスタスタと行ってしまった。
貴方の家だから何をしても構わないが……せめて所要時間に関しては事前に説明してもらいたかった。
私は読心術など有していないのだ。ウインクでその意図が掴めるわけなどなかろう。予想は可能だがな。
彼は格好つける際にウインクするように思える。
……何かこちらが「良い」と思えるようなことをする、もしくは思える物か人か人形を見せようと考えているんじゃないかな。
「……」
何もすることがないので、スンスンと香りを嗅いでみると、甘い物の香りがする。
彼が歩いていった先から。
菓子などの香りではなく、花の香りだ。
とすると、花畑が広がっている……と思いそうだが、そんなことはないと私は感じた。
これは嗅いだことがある。前に街で見かけて嗅いだことがある香水……その香りだ。
もちろん、本当に花畑が広がっている可能性もあるが、書斎に花畑などはあっても邪魔すぎる。
さすがにないと思うのだ。
手招きをしなかった以上、こちらには動かないでもらいたいのだろう。私は帰ってくるのをじっと待つ。
「本を読むことぐらいはいいだろうか」
危険な本が置かれているか? それはどうだろうね。
リモデルはともかく、ここを管理している者は私を快く思っていないかもしれないからな。本に細工をしているかも……
「……書斎を管理するぐらいなんだ。本が好きな者だろう。自分が好きな物に罠を仕掛けたりはしないか」
そう思い直した私は気軽に近くの本を手に取った。
興味のない本は取らない。近くにある物の中で最も興味深い物を瞬時に選定し、取らせてもらったのだ。
題名のほとんどが消えているが、残っていた『愛に生きた』という文字により、恋愛関係の本だと判断した。
最初と中間と最後の数頁を読み、恋愛観の変化、または恋愛の知識増加が見込めそうであれば、本格的に読んでいく。
「……ふむ、古びすぎていて所々が破けているのが難点だが……読めないことはないな」
それはとある人物の手記のようで、生涯で会った数々の男性との恋愛の記録について事細かに記載されていた。
破けていて読めなくなっているのは著者の名前と思しき部分や消えていても文脈的には問題のない固有名詞らしき文字など。
正直、数頁読んだだけでもわかる内容の良さ。これは本格的に読んでみても損はなさそうだね。
「まだリモデルは戻ってこないのか?」
呼んでくるだけなのにあまりに遅い気がしている。
何をしているのだろうか。探していた人物と口論でもしている? それとも、探していた人物を見失ってしまったとか?
どちらであれ、遅いな。
「……」
見に行くことにより、何か危険が生じる可能性もあるし、入れ違いになる可能性もある。私は黙って読書に勤しむことに決めた。
私は本……いや、手記を手に取ると、最初の頁を開いた。
パラパラと読んだだけだからね。最初からきちんと最後まで読みたいんだよ。既に読んだ部分を飛ばしたりはしない。
時と場合によっては飛ばすこともあるけれどね。
「文字が上手いな……」
こんなに上手い文字の雑記は初めて読んだかもしれない、と私は感嘆の息を洩らしながら言う。
スラスラと内容が入ってくる丁寧な筆跡だ。読んでいて苦痛がない。物凄く、読みやすいと言える。
ペラペラと捲っていて、三十頁……その辺りで背中の方から音がしたので、私は本を置いて振り返った。
すると……
「……おや、気づいたんだね。そのまま読んでいてよかったのに」
「普通の人間なら、もっと早く気づけていた。何者だろうか?」
緑色の髪と瞳を持った年齢としては十五歳ほどに見える人間の男……いや、少年がいた。
草食系、という言葉が相応でリモデルとは違う印象のイケメンだ。リモデルほどじゃないが、この少年も好みではある。
森住人かとも思ったが、耳が長くないから多分違うな。普通の人間だと思われる。
「……」
それにしても、凄いな。
本に夢中になっていたとしても、私ほどの自律人形なら人間の気配を察知することなど造作もない。
疲労が溜まっているわけでもなければ、身体に異常もない。
首飾りを見たが、ERROR表示はないからね。
……興味深いな。
「……リモデルに聞いてないのか」
!? やはり、リモデルの知り合いだったか。
「教えるのは別にいい。でも、もうすぐリモデルが来るだろうからそれより前に言っておきたいことがあるんだ」
「……ほう。言ってみてくれ」
「『木製人形創造』」
自身に対する言葉だと思っていたので、私は驚いてしまった。
木製の床がメリメリと音を立てて、軋んでいる。そして、そこから木製の人形と思われる者が現れて私のことを拘束していく。
その数はおよそ、十五。
逃れられないことはないが、やめておいた。何か、針のような物を持っているから。
……身体に異常が訪れたら嫌だし。
男はその瞬間に元より艶やかな唇をそのしなやかな舌で更に湿らせる。獲物を早く胃に収めたくて堪らない肉食獣の如く。
それにより、生まれた色気に私は一瞬だけ瞳を惹き付けられた。
「……じゃあ、次はアンタに対して言いたいこと」
私を指さして言った。私のことだろうな。背後には誰もいないだろうからね。
ここで拒否をする気はない。私はただただ静かに首肯して、彼が発言するのを静かに待った。
この男は私を痛みつけたいわけじゃなさそうだし、大人しく言うことを聞いておけば悪い目には遭わないだろう。
「一緒にお茶してくれないかな?」
はぁ?
私はその唐突な予想外の発言に思わず、口を開けて驚いてしまうのだった。
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