38話【ドルイディ視点】謝りたい
茶が注がれる時の『トクトク……』という水滴の音……
目を閉じると想起されるファル……彼の顔と、ティーカップとあの部屋と……そして茶の味。
美味しかったな……あれは。
「これも……美味しいが」
別の味。ファルのお茶とも一つ前のお茶とも違うこれまた美味しい茶ではある。
……ただ、冷めているんだよね。
配慮が足りないとか傲慢なことを言うつもりはないさ。
でも、なんか……冷たいお茶を飲んでいると……私の心も益々冷たくなっていくようで嫌だな……
火属性の魔力を使って少しは熱くしようと思っていると、目の前のマリネッタがこちらを見ていることに気づいた。私は不機嫌になって目を背ける。
「……なんだ?」
「見ているんだ……」
「気分が悪いんだよ。ちゃんとした意図があるんだろう。話せよ。マリネッタ」
こうして、回りくどい話し方をしているのは時間稼ぎ……その意図もあるんじゃないかと考えた。
なるべくなら、そうはさせない。
「いやー……効いててよかったって思って」
「は? 何が……?」
何か、能力を使ったってことか……
でも、何も……
だって、今の私は体も自由に動かせるから。じゃなきゃ、お茶を飲むことなんてできない。
訝しみながら、視線を胸に向けたところで私はハッと声をあげた……なる、ほど。
「……そういうこと、ね」
「……わかったようだね」
『ERROR』の表示が光る首飾り……その首飾りは絶対に辺りを見渡している段階では絶対にその表示が出てくることはなかった。覚えている。
だから、この表示が出たのはそんなに前ではない。この感じだと茶を飲んだことにより、そうなったものだと推測できるが……一体どちらだ……?
最初の茶を飲んだ時から……それとも、今の茶を飲んだ後に出たものか……?
もっと、首飾りにも視線を向けるべきだった。『ERROR』が起きる際は脳にもその言葉が届く場合がほとんどだし、表示の光ももっと強い。
光の強さが控えめなのと、脳内に声が届かないのは、こいつの能力……ということなのか?
……と思ったら、突然脳に声は聞こえてきた。
「……この茶は精神干渉の技と同じく精神を侵す。キミの首飾りは有能だから、先程の『ERROR』経験で学習し早めに『ERROR』の表示を出したんだろうけど……キミが気づいてないから意味なかったねー……」
「……かっ……くっ……」
「技と最初の茶だけでも十分精神掌握は可能だったと思うんだが……万が一、ということはあるからダメ押しとして二杯目を飲ませた、ってわけ……」
「……この……っ……許さない……っ」
精神が……今にも切れそうな細い糸のようで……
きちんと強く意識を保とうとしないと……今にも切れてしまいそうであった。
歯を食いしばり……意識を保とうと必死で立ちながら、マリネッタへと怒りの意思をぶつける。
そんな私を見て、マリネッタは無表情で「ふっ」と笑った後に……近くに寄ってきて、私の額を思い切り、弾いてきた。『デコピン』とかいう……技。
それにより、私は後ろに倒れ……自身がそれまで座っていた椅子の背もたれに衝突した。
その瞬間にマリネッタによるものか、椅子が消滅。私は思い切り、地面に叩きつけられた。
「……がっ」
「……予定通り。何もかもが上手くいく。この調子だと……キミはオレの物だー……キミは今から、精神をオレによって改変されていくんだからね」
なるほど。今までの精神干渉は最終的に私を自分たちの手駒にするためだったというわけか。
リモデルに対する精神干渉に関してはよくわからないがな。有能だからついでに洗脳しようと思っていたとか? まあ、ありえる話だな。
「……改変前の今の人格としての最期の言葉。聞いてあげるからさー……言いなよ?」
言えない……ってーの……
この状態にしたのは……お前だろ……っ!!
「言えない……と思っているのか。そりゃ、そうか」
「……っ」
「だが……そんなことはない」
マリネッタがそう言って指を鳴らすと、途端に体が軽くなり、麻痺状態になっていたかのように硬直していた体が解放されたように、軽くなった。
「……これで、喋れる。茶の副次的効果により、効果が強まっていた精神干渉の技の方を解いたからね。茶の効果までは消えてないが、少しは楽になるだろう」
「……っはぁ……」
そうか。その前に使った技の効果がまだ私には……
それを解いただけだから、茶の効果は続行中。多少楽になっても、選べる行動選択肢は少ない。
体は動かないこともないが、部屋の端に行くぐらいでも危険と思われる状態なんだろう。
『ERROR』表示の点滅と……頭の中に響く今までで一番大きな『ERROR』の声……
……そこからの、推測だ。
「……最期の言葉……かっ」
「……そうだよー」
……下卑たニヤケ面……それが私は嫌いだ。
そして、これで今の私を終わらせたくない……という思いもある。
終わるのはせめて……彼との再会を済ませ……彼に対して謝罪の言葉を届けてから……
だから、この残った体力は言葉を発するためなんかに使わない。もっと別のことに……っ!!
「……はっ!?」
「……ぁぁあっ!!」
私の渾身の握り拳は……目の前の下卑た男……マリネッタの鼻に見事当てることができた。
調子に乗って、そのまま木の枝のように長く伸びそうなその鼻……へし折りたかったんだ。
「……くぅ……オレの……鼻に……」
「ふっ……」
「何を……何をーっ!!」
「はは……」
鼻が曲がるマリネッタを見て、『ざまぁみろ』という考えが浮かんだ途端に糸が切れるかのように、私の体は制御を失い……マリネッタがよろけた三秒後……
……音を立てて、糸を切られた糸繰り人形のようにバタりと倒れてしまうのだった。
「……おっ」
その様は……人間を目指す私にとってあんまり良い倒れ方とは言えなかったけど、別にいい。
奴を調子に乗らせたまま、無様に倒れるより、全然いい。やることやれて、よかったよ。
……リモデル。
「……調子に乗るなよー……ゴミ女が」
怒りをこちらに露わにしていると思われるマリネッタの声を聞いて軽く心で笑った後……
……私は目をつぶって、意識が飛ぶのを待つ。
私の人格が……何らかの奇跡によって依然として変わっていないことを祈ったり……しながら。
……謝罪をしないといけないから、ね。
「……?」
なんか遠くでわからないが、回復でもされたような気がした。少しだけ体が軽い。
まあ、少しだけだけど。
喋るのも……一言くらいならいけるかな。
それを幸運に思い……私は使わないと思っていた喉から、ゆっくりと……声をひねり出す。
「……リモデル。貴方に……謝るために……頑張って人格を保つつもりだけどさ……もしもさ、無理だったらごめんね。その時にも……貴方は私を……」
……愛して、くれるかな……?
意識は……それから、苦痛なく徐々に……落ちた。
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