37話【ドルイディ視点】反吐が出そう
「お茶会……と言ったね?」
私は目の前の男……マリネッタに対して、そう言った。
マリネッタという名前はお茶会の提案をした後に「失敬。名前を言い忘れていた。オレはマリネッタという」と勝手に自己紹介してきて、知った。
知りたくなどなかったがね。
「ああ、間違いはないよー……キミとゆっくりお茶会をしたいと……そう言ったさ」
いや、ゆっくりとは言ってなくなかったか?
何であれ、こんなことでいいなら助かる。茶会自体は嫌いじゃないというのもあるし……
ファルが開く茶会とどのような相違点があるのかにも非常に興味がある。
……問題なのは、茶会には必須と思われる机も椅子もないということ。そして、お茶が品質の良いものであるという保証がないこと。あ、味の保証もないか。
とにかく、心配要素はあるが、恐れていた条件よりは遥かに良い。普通に応じてみるよ。
「……いいよ、やろう」
「よかったー……それじゃ、机と椅子を用意するよ」
あ、机と椅子は今からちゃんと用意するのね。
『立ったままやろう』とか『地べたに座ってやろう』とか言い出したらどうしようと思ったよ。
そこは安心だな。どんな椅子なのか……今度はそこが気になってきているけど。
どうやって用意するのかと思っていたが、やはり魔力を使っての生成だった。土属性魔力だ。
生み出された物はそれなりに良く、土製なのにも関わらず、木の香りが漂ってきそうな……薄い茶色と濃い茶色の混在した木目のある長机と椅子だった。
このマリネッタという男は机や椅子は木製のもの、というイメージがあるのかもしれないな。
「どうぞー……?」
「椅子を引いてくれてどうもありがとう。だが、座る前に聞いておきたい。出されるお茶はどんな物だ?」
「それは……どこ産のものか、ということ?」
「いや、私は今のところそういう点に詳しくない。故に単純な茶の種類だ。果実茶、とかそういう」
果実茶を例に出したのはファルが飲んだあれを飲んで心底果実茶が好きになっているから。
同じものとは言わないが、飲めるなら果実茶がいい。
「それなら、果実茶だよ。どこ産なのか、どういう果実茶なのか……そういう点はー……お、楽、し、み」
「なっ……!?」
「意外ー……?」
「いや、別に……」
「ふふ……」
なんだ……? 偶然か?
え、いや……偶然だよね。うん。
茶会と突然言い出したのもファルっぽかったからさ。出す茶まで同じだとやはり驚くよ。
ファルのことを何か知っている? それとも、彼に何かをしたのだろうか。そのことを考えた私は……彼に対して、言うか迷っていたこの質問をする。
「……なんで……お茶会がしたいんだ?」
「……何でもよくない?」
「いや、よくない。こんな薄暗い地下空間で茶会をやりたいなどと言い出すのはおかしいだろう」
「それは、『常識外れ』ということー……? 褒め?」
良いように解釈する天才だな。
いや、『天才』なとという褒め言葉をこいつに対して使いたくないな。ただの『奇人』だ。
「本当に何でもいいでしょー……」
「貴方、誰かと最近、茶会をしたんだろ。それで茶会に対して興味が湧いたんじゃないのか?」
単なるカマかけだ。
ないとは思うが、これでファルに何かしら悪影響が及ぼされることがあったら申し訳ないから、抵抗があって今まで言わなかったんだけど……
意を決して、言わせてもらった。
後でこれでファルに悪影響があったりしたら、謝る。完璧に私が悪いからね。
「え……ああ、ファルナーメという人物の影響かなー……キミ、茶会好きなんだろ?」
やけにあっさり……ファルのことを……
……いや、隠しても面倒だから大して困らないし、明かそうといった感じに見えるな。
どういうことなんだろう。こいつはファルも監禁しているのか? ファルを監禁して情報を聞き出した?
でも、ファルがそんな簡単に情報を洩らすのか?
「……!!」
そう言えば、私が何度も食らったあの精神干渉攻撃。あれをファルも食らって洗脳されていたとしたら?
有り得るよ、十分に有り得る。私も先程、それによって意識を失っていると思われるから。
……ファル……貴方も絶対に助けるよ。
「それでー……どうかな、味の方は」
マオルヴルフがどうやら、裏でコソコソとお茶を用意したようでね。
もう出来上がっていたから仕方なく飲んだんだ。そんな時にこの男は質問をしてきた。
「……美味しいよ」
美味しい物を敢えて、不味いと偽るようなことはなるべくならしたくない。
こいつを調子に乗らせる要因になるだろうが、まあ、いいさ。乗ってもらって構わない。
「よかったー……」
案外、調子に乗ってる様子はなかった。
軽くニコリと笑っただけで茶の解説を始める様子も特になかった。
なんだ、会話がしたいのではないのか……?
「……それで、お互い気分も落ち着いたところだしー……本当に話したいことを、話していくよ?」
マリネッタは自分の茶をゆっくり飲み干し、それをトッ……と静かに置くと、そう言った。
茶を飲む時もズズっと汚く啜っていなかったし、置く時だって音があまり立たないように丁寧に置いていた。
そういう点だけ見ていると、こいつの印象も悪くない。惑わされる者もいそうに思え……
……ないこともない。
まあ、もちろん……そういう点だけ、見ていればの話ね。ちなみに私は惑わされないと思う。
「……いいよ」
私は気怠いが、取り敢えず頷きながら、そう返した。
「……よし、それでは……まず」
「……?」
「キミの恋人、リモデルについて……話そう」
……! リモデルについて……
ここで、か。リモデルがここに来ていることを彼が知っていることはわかっているけど、茶会の話題として持ってくるとは思っていなかったよ。
「……まず、リモデルはちゃんと生きている」
「……」
「本当なのか疑ってるー……? 大丈夫だよ、本当だ。まあ、信じないとは思うけどさー……」
「……」
「彼は今、キミのことを一生懸命探している。よかったね。愛されているってことじゃないか」
私が「当たり前だ」と即答しようとした時に目の前の彼の表情が変わった。
出そうと思った私の言葉は喉元でそれにより留まる。
「妬ましいよ、本当に」
「……嫉妬心が強いことだね。あんなにたくさんの女に好かれて、まだ足りないというのか?」
「……あんな有象無象どうでもいい。オレはキミのような美しい……女性を虜にしたい」
薄っぺらい……反吐が出る言葉だ。
反吐が出るというのは当然に比喩としてのものだったが、本当に吐きたいほどに不快感があるよ。
「私の中では貴方も有象無象の一人でしかない。貴方に靡くことはないし、茶会が終わってここを出ることが叶ったなら、もう二度と会わないし会いたいとも思わん」
「出られるとでも?」
「出るさ」
「……彼が来ると思っているってことかなー……? それはないと思うんだけどー……あくまでオレはね」
「……彼に頼るわけないだろう。私自身の力でここを確実に出てやる。絶対に」
確証はないけど、この言葉は引っ込めない。
こいつへの嫌悪感が実際として薄まっても、それが目の前の男に勘づかれることが嫌なんだ。
「……ふーん」
「……」
「まだ話題は終わってないよ。リモデルはね。ペルチェとかいう執事と一緒に現在は行動しているんだ」
「……そうか。意外性はないな」
「本当?」
「……ああ」
「……つまらないなー……これに関しては割と驚いてくれるものと思っていたから……かなり……」
私は……最初はこの男のことはただの醜い男としか思っていなかった。でも、今は違う。
有象無象だなどと咄嗟に口走ったが、ある意味でそうじゃないんだ。こいつは憎い存在……
……だって、私の精神に干渉するような攻撃を行って……リモデルと分断させたのだから。
ファルに何かやった可能性があるということも、怒りと嫌悪感を加速させている。
とにかく、私はこいつを許せない。
「……嫌悪感を剥き出し。傷つくが、取り敢えず茶会である以上、暗い雰囲気は維持したくないんだー……わかるよね。次の話題に行こう。何かある?」
「……話題ってことかい?」
「ああ」
「……ない」
私の返事に……マリネッタは無言になると……
その数秒後にため息を吐きながら、指をパチンと鳴らした。
何を……と思っていると、その三秒後に彼の足元の地面からモゾっと何かが這い出た。
それはモグラ……マオルヴルフ。
そのマオルヴルフは飛び出して机に乗ると、彼の手元にあるカップと新しく持ってきたカップを取り替える。
新しく持ってきたカップは少し汚れが付着していたので、それをマリネッタは洗浄していた。
汚れているんなら、前のカップ使うべきなんじゃ……と思うが、言わないでおく。
「……新しいお茶を飲むつもりか」
「話が弾まないからさー……せめて、茶会だし、お茶でも飲もうかと思ってね」
「時間かかるだろ。別にいいが」
「ありがとー……」
洗浄が終わり、マオルヴルフが事前に抽出を済ませていたと思われる茶葉を水と共にカップに投入する。
その際の格好つけた仕草に……私は再び反吐が出そう……そんな思いを抱いた後に……
「……はぁ」
私はこいつのお茶をこいつと一緒に黙々とつまらなさそうに飲むよりも……ファルの淹れたお茶を……
ファルとリモデルと私の三人で、ゆっくりと談笑しながら飲みたい……そう、思った。
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