3話【リモデル視点】調香室とドルイディへの贈り物
俺、リモデル・スキィアクロウは少し前にドルイディという女の自律人形と付き合うことになった。
俺は数年前……子供の頃だったかな。一度だけ人形と付き合ってみたいと思うことがあった。
だが、まさか本当に付き合うことになるとはその時には思っていなかった。本当に驚かされる。
もちろん、会ったばかりの人形だ。恋人に抱くほどの好意はない。ゼロではないがね。
興味深いところも多いし、顔も好みだ。
研究をしたい、という思いで俺は恋人になることを決めたが……折角恋人になるのなら……性格は見た感じ、キツそうではあるが、きちんと好きになっていきたい。
どうすればいいのか、交際経験がゼロの俺にはわからないが、これから一緒に暮らすのなら大丈夫……じゃないな。
何かが引っかかるんだよ。
本当に……何かが引っかかる。
うーむ……えっと……出てきそうだが、何故か忘れてしまった。えー……
あー……っと、姓だったな。それが頭の中で引っかかっているよ。えっと、どんな姓だったっけか。
「確か……」
……ペンデンス・オトノマースだったっけか。
俺はその姓に聞き覚えがあった。
この国に住む者なら、知っていて当然の姓だ。それなのにすぐに思い出せなかった自身を恥じる。
本当に王族だろうか。
まあ、嘘をつくような人形にも見えないし、そんなことをするメリットもわからない。
恋人になるなら、信じてあげたいところだが、本当に王族なら今日出会ったばかりの素性もよく知れない怪しげな男に告白するとは思えないんだよな。
何かしらの意図があるのか、それとも言ってることは本当で後先のことをあまり考えない馬……
……いや、お茶目な王族なのか。
どちらだとしても一度付き合うと言ったなら、簡単に付き合うことをやめるつもりはないよ。
俺は隣にいる彼女の横顔を見つめる。
陶器のような白く儚い今にも割れてしまいそうな肌の持ち主……
だが、簡単に割れてやらないと言いたげな強さを感じる表情に目だけでなく、心まで惹きつけられる。
「……なんだい?」
「いや、単純に顔を見てただけだ。嫌だったなら、やめるよ」
「大丈夫だよ。そういうことだったのか。それより、部屋を教えてくれないか? 紹介したいという部屋を」
俺は彼女を家に招待した。そして、部屋の紹介をすると言って、廊下を共に歩いている。
連れていく部屋のことを言わなかったのは少し驚かせたいという気持ちがあったからだが、ドルがどうしても聞きたいと言いたげな視線を寄越してきたから、俺は少し考えた後に答えることを決めたのだった。
「いくつか行きたいところはあるが、先に向かうのは調香室というところだよ」
「調香室?」
「俺の昔の知り合いが勝手に作った部屋なんだ。とても良い香りが漂う部屋なんだ。一度……」
「連れていきたいと思っていたと?」
「そういうことだ」
ドルはただ首肯をすると、俺の手を繋いだ。
これは納得したと判断していいだろうな。よかった。
嫌だと言ってくる可能性も一応少しは考えていたのだが、無事に杞憂に済んだようだな。
……ドルにはああ言ったが、実は香りを堪能してもらうために連れていこうとしているわけではない。それもいいが、二の次だよ。本目的は別だ。
部屋が目前。
どうせ、すぐにわかると思い、俺は本目的を言わないでおくことに決めた。
「……いい部屋だね」
「だろう?」
立ち入ったと同時に花の香りが鼻腔をくすぐる。花たちがどう思っているのか俺はわからんが、きっとドルのことを歓迎しているんじゃないかと思うよ。
ドルはこの部屋の雰囲気をどう思っているだろうか。
少しでも気に入ってくれれば、本目的は別にあるとはいえ、嬉しくなるというものだ。
「……ほぉ」
感心してくれているようだ。表情でそれがわかった。
よかったよ。俺はホッと息を吐きながらそう思った。
設計したのは俺ではないし、造ることを提案したのも俺じゃないが、現在所有しているのは俺だからな。
少し、少しだけ、誇らしく感じないことも……ないこともない。
「……」
どう思っているのか少しでも知れたらと思って今度は正面からチラリと顔を見たが、やはり綺麗で引き込まれた。
その顔と花はあまりに相性がよく、彼女も花の一種かと見紛う……という表現は格好つけすぎか。
でも、違和感がないのは本当だ。ここまで花が似合う女性を俺は見たことないから、何度見てもいいと思うわ。
ちなみにあんまり見つめすぎると気持ち悪いから、花とかにも視線は適度に向けていたりする。しても、意味ないだろうが。
「それじゃ、これを受け取ってくれないか?」
俺は部屋の隅に行き、そこの机に置いてあったとある物を手に取ると、ドルに向かって差し出した。
「ほう……これは予想外だ」
「何かわかるか?」
「もちろん。花のブローチと香水だろう。中々贈り物としてはお洒落じゃないか。とても嬉しいよ」
それはよかった。
贈り物は、いつか恋人ができたらずっと渡そうと思っていたんだ。きちんとなくなってなくてよかった。
この家は一応、俺だけが出入りするわけではない。同居人が物を移動させることもあるのだ。
贈り物の場所は話してないから知らないだろうし、まあ要らぬ心配だったとは思うが。一応な。うん。
「感謝している」
「いや、俺こそ感謝しているよ。正直、喜んでくれるか不安でさ。キモがられてもおかしくないだろ?」
「他は知らないけど、私は嬉しかったよ」
そう言うと、笑顔を見せてきた。
人形の笑顔というのは貼りつけたような作り物感の強い笑顔が大半のように思うが……あ、もちろん俺の意見な。
だが、このドルは作り物感を全く感じない自然に出たような笑みを俺に見せてくれる。
実際に演技なんだったとしても、それには惹かれる。
「……ふっ」
もう、身分などどうでもいい。バレない限りはこの恋人関係を続けていこう。
ドルも馬鹿じゃないだろうし、何らかの考えはあるんじゃないかと思うよ。
数年……いや、数週間……ひょっとしたら数日の関係になるかもしれない。
でも、この関係は楽しみたい。
「どうした?」
「いや、なんでもない。それより、少し部屋を見て回るか?」
他に紹介したい部屋もある。取り敢えずはこの部屋を後回しにして、他の部屋に行くとするか。
ドルが他の部屋を回ることに対して納得した様子を見せてきたので、俺は取り敢えず贈り物を纏められるカバンを彼女に渡した。
これも贈り物のような物だ。
「ありがとう、本当に」
「……いや、別にいいさ。それより、行こう」
俺はそう言うと、調香室を彼女と共に退室した。
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