27話【ドルイディ視点】執事と恋人
「……ドルイディ様、ちゃんと聞いておりましたか?」
「ちゃんと聞いていたよ、ペルチェ」
私がファルの安否について尋ねたら、目の前の執事……ペルチェは「始末しておきました」と答えた。
普通に考えたら、私やリモデルを動揺させるための嘘だ。彼は傭兵時代に得た教訓なのか知らないが、目的のためならそういう手段を選ぶことも厭わないから。
リモデルに私がそう思ったことを耳元でボソボソと伝えると、彼も同様に嘘だと考えていたようだ。
同じ考えであったことに私は安堵する。
でも、やっぱり証拠がない以上は本当かもしれないという考えが少しだけ頭によぎってしまう。
本人が元気で生きてる姿をしっかりとこの目に焼き付けておかないと心配で仕方がない。
「……あいつ……いや、ファルのことを君が心の底から心配してくれているのはずっと同居してきた俺にとっては嬉しいんだ。本当にありがとう。ドルイディ」
私の表情から、ファルへの心配の気持ちが感じ取れたってところかな。
よく見ていてくれてありがとう。ペルチェを前にして、きちんと警戒心は抱きつつもこちらの表情や挙動にも目を向けてくれている。それが伝わったよ。
「……こちらこそ。でも、心配するのは当たり前だ。私は貴方だけでなく、彼のことも好きなのだから」
私は初対面ならともかく、今は彼に対して非常に好感を抱いている。心配することなぞ当たり前なんだ。
ペルチェに視線を向けると、こちらを見ながらじっと待ってくれていたことに気づいた。
攻撃するか距離を近づければよかったのに。そういうところが優しいとは思うよ。
まあ、どっちにしろリモデルが上級の闇魔法結界である『上闇結界』を張っているから迫って、不意打ちをしたとしてもそれが当たってしまうという確率は低いが。
「……終わりましたか?」
「ああ。終わったよ、ペルチェ」
「それで、しつこいようですが、本当にお聞かせいただけないのですか?」
「愚問だな。話すわけないだろう」
絶対に私たちが話さないことをわかっていながら、わざと言っているんだろう、ペルチェ。腹立たしい。
そんな愚問中の愚問を投げて、私たちを挑発するな。
貴方が何を言おうと、私は地下空間の情報を貴方に対して漏らすことはない。
いや、それ以外もだ。貴方に重要な情報を漏らすことはないよ、私は。何があってもね。
「……ふむ」
ペルチェはそんな私の意思がこもった目に笑みを見せると、『なら、仕方ない』とでも言いたげな視線を寄越し……地面から足を離し、私たちと距離を詰める。
「……っ」
遠慮が排除されたことが一発でわかる素早い足。それはもう何がなんでも私を捕まえる。リモデルのことなど気にせず……そう主張しているように感じられた。
一秒に数十歩分は進んでいる。廊下は広くないし、その場に留まっていたら捕まっていたと思うが……
「重くないかな、リモデル。ごめんね」
「いや、大丈夫さ」
リモデルが私のことを抱えて、廊下を後退してくれているのだ。ペルチェの一挙手一投足を見逃さないために、背中を後ろに向けながらのダッシュ。
後ろ歩きはよく聞くが、これは走りなので後ろ走りかな。危ないけれど、すごいね。
リモデルは背中に目などないので、このまま後ろ走りを続けていると、どこかにぶつかる可能性が高い。
そのため、私が後ろを見て彼のもう一つの目になろう。そう思って振り返った瞬間に……
「……!? 危な……っ?」
タイミングが悪く、壁があった。
もちろん、直前だったために止まれることなく、私たちは激突してしまった。
「ぐっ……」
結界を事前に張っていたため、傷は一つもなかったが、驚いて動きを止めてしまったため、ペルチェは目前。
「くっ……」と歯噛みしながら、走ろうとするが……眼前にナイフが投擲される。
ギラりと光る細くも長い刃……殺傷力の高いナイフだ。おもちゃなどでは決してない。
持っているとは思っていたが、今使うのか……
「危ないだろ!? ドルイディに当たっていたら、どうする!? わかっているのか!!」
リモデルは眼前の壁に突き刺さったナイフを目にして、額に青筋を浮かべながら、吼える。
だが、それにペルチェは顔を崩すことなく、冷静に……
「姫様には当てるつもりはありませんでしたよ。ちゃんと見ていましたか? 貴方の頭を狙ったんです」
そう言って見せた。まあ、彼なら私の頭に投げるようなことはしないだろうね。本当のことだろう。
リモデルもそれを頭ではわかっているだろう。わかっているけれど、怒りが収まらないという感じだな。
額の青筋も増えていっている。きっと、彼の中の怒りは先程までの数倍に膨れ上がっているだろうな。
ペルチェがリモデルを殺すつもりで挑んでいるのと同様、リモデルもペルチェを殺すことを躊躇わなくなる。
……そうなったら、嫌だな。
私はならないことを心の中で強く祈った。
*****
ペルチェは何も持たずにこちらに直進してきた。
彼もこちらが結界を張っていることは知っているはず。何をする気かと思いながら、離れようとすると……
「……なっ!?」
私に間違っても当たらないようにするためか、リモデルの下半身に向けて蹴りを入れてきた。
壁に思い切りぶつかってもヒビ一つなかった結界は、そのたった一度の蹴りにより、大きな亀裂ができる。
本気の蹴りだった。見ればわかる。こちらに対する配慮の気持ちが微塵も感じられなかった。
震える自分の体を抱こうとすると、その上からリモデルが優しく……けれども強く抱きしめてくれる。
「……」
ペルチェはそれを見て、面白くなさそうだという表情を浮かべながら、無言で再び蹴る。
亀裂はその蹴りによって結界全体に伝播し、リモデルと私が再構成するための魔力を練る間もなくバラバラな破片となり、空気中に雪のように消えていった。
雪と違って、魔力な上に闇属性の魔力だから白くないけどね。属性と同じ色、つまり紫色の雪だ。
リモデルは取り敢えず、私だけは絶対に助けるためか、地面に降ろすと逃げ場所を指示してくれた。
だが、何故か……私は逃げることができなかった。
「……っ……っでだよ」
リモデル、どうした? 何が起きたんだ? 今。
私の額に、何かが当たった。それはわかった。
……そして、次の瞬間に私の体が床に向かって倒れた。関節の自発的な駆動が不可能になっていたので、本当に何も出来なかった。まるで、普通の人形になったようだ。
人形店に陳列されている……ような……
「……一応言っておきます。それに殺傷性は皆無です。ご安心くださいな」
「……なに?」
「麻痺針です。人形となると、人間に使う物は通用しないので、特殊な物を使わせていただきました」
「は?」
そんな物がどこにって顔だね……
私もわからなかった。五秒前までは。
……でも、今……『麻痺針』と聞いて、朧気ではあるけれど、思い出すことができた。
彼が言うそれと……同じかはわからないが。
「ドルイディ様の製作者様より賜った殺傷性のない安全な麻痺針なので、彼女に生死に気を巡らすことはありません。今から死合うのですから、そちらに気を」
麻痺針とは言ってるけど、あれは人形の脳以外のパーツ全てを一時的に機能不全にする物のはずだ。
まあ、どちらでもいいけど。
それにしても、死合う……殺し合い……か。
リモデルもそのつもり……なのかな。
……嫌だな、好きな人が殺人者になるのは。機能停止していて動けないから、どうしようもないけど。
そんな私を助けてくれようとリモデルは屈もうとするのだが、残念なことに……ペルチェに先を越される。
「……っ。死合うんじゃないのか?」
「ここでは、狭すぎるでしょう? 少し移動しようかと」
ペルチェの腕に抱かれた私は一生懸命に思考を巡らせることに決めた。体はほとんど動かなくても脳だけはまだまだ回せるからね。問題はないんだよ。
ペルチェはリモデルとは少々違う持ち方だが、急いでいてもさすがは執事。こちらが不快に感じるような持ち方でも、痛みを感じるような持ち方でもない。
「……貴方はドルイディ様の……なんなのですか? ドルイディ様と何がしたいのですか?」
ある程度進んだあたりでペルチェが独り言のように小さい声で……リモデルに問いかけた。
首を動かせないからわからないが、リモデルも私と同じ頭上に疑問符を浮かべたんじゃないかな。
そんなことを……そんな悲しそうな言い方で問いかけてくるなんて、予想できるはずがない。
こんな状況だからというのもあるが、それ以上に彼はハキハキと喋るような人間だから、意外性が生まれる。
「……こんな状況で何を聞いてくるのかと思ったら……わかった。いいよ。答えることとする」
リモデルがニヒっと笑っているような気がする。あくまで気がするだけだ。
そして、「ドルも聞いておいてくれー」と一声かけてきた後……ウインクをしたような気がする。
話し始めると思ったので、集中する。
……手を動かすことができたなら耳に添えていたところだけど、動かせないからね。
実は耳に手を当てると聞こえやすくなるのは人間だけではないんだ。あまり知られていないっぽいが。
「……すぅー」
リモデルの息を吸う音と足音が聞こえる。前者は私に聞こえる大きさで言うため、後者は近くに寄ることで聞き取りやすくするため……であるといいなぁ。願望だ。
「……名前を言ってなかった気がするから、まず名乗らせてもらう。俺はリモデル。よろしく」
「……私にも名乗れと?」
ペルチェは不機嫌だ。もう二度と会わない相手に名乗るのもどうかと思っているのかもね……
と思ったら、「まあ、いいでしょう」と言った後にフッと笑いつつ、ハキハキとした声で名乗った。
「私はペルチェ・ダブル。ドルイディ様の執事です」
「……ありがとう。それじゃ、さっきの質問だったな。あれに答えるよ。俺はドルイディ・ペンデンス・オトノマースの恋人。やりたいことは愛を育むこと。以上」
なんだ、その回答は……
回答の仕方に最初は心の中で笑ったが、段々と「恋人だ」という台詞と「愛を育むこと」という台詞が恥ずかしく感じられるようになってきた。
体がこんな状態でなかったら、頬は紅潮していた。いや、今もしているのだろうか。
私は穴があったら入りたいという気持ちに苛まれながら、心の中でため息をつくのだった。
……リモデル、後でちょっと話しようね。
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