48話【ドルイディ視点】『ジャグリング』
色とりどりの明かりに照らされ、散歩する私とリモデル。
どこの建物も、祭だからということで飾りつけられているが、どれもお洒落でかっこいい。
昼間なら人が多すぎてそちらに目がいくから、こんなことはきっと思わなかっただろう。
夜中だからこその感慨。
……うん。素晴らしいと思うよ。
私とリモデルはその後も歩き続けて、再び噴水広場のところに戻ってきたんだけど……
そこにはまさかの人物……いや、人形がいた。置かれている椅子に座って何やら物思いにふけってる。
……多分、こちらには気づいてなさそう。
思考の邪魔をしてはいけないと思って、その場から迅速に立ち去ろうとした私たちだが……
タイミング悪く、彼に存在が見つかる。
その速度はリモデルほどでないにしろ、凄まじいもので、こちらに気づいてから三秒で……私たちの前まで一瞬で辿り着く。走りではなく早歩きで。
「……あ、あの、なんでこんなところに?」
「夜の街並みを二人で見たくて、ちょっと……ね」
「……そうなん、ですか」
「そうだよ。逆に聞くが、貴方はここで何を?」
私が尋ねると、ドッキーは一瞬迷いを表情に乗せるが……三秒もすれば私を見て話し始める。
「ここで休んでました。疲れが取れた後に宿屋を探そうかと。今から故郷に帰るのは難しいですし」
「まあ、深夜だからね。良かったら、私たちと一緒に来るかい? ずっとは泊めてあげられないが、一日二日なら泊めてあげられないこともないんだよ?」
「……そ、それはありがたいですが、やめておきます」
「そっか。理由は聞いても大丈夫なのかな?」
「……迷惑をかけてしまった方の家に泊めていただくのはちょっとなんか色々と気になってしまうというか」
そういうことか。
まあ、私が彼の立場でも同じ……かはわからないが、似たようなことは考えていただろうし。
無理に誘うのはやめた方が良さそう。
「じゃ、宿屋が見つかるまで私たちと街を回らないかい? さっき少しだけ営業している店を見かけたんだ。こんな深夜なのにね。凄いよね」
「へ、そうなんですか?」
「そうなの。で、どうする? 行くかい?」
「……そうですね。それは……ご一緒したいです」
良かった。これまで断られたらどうしようかと。
リモデルのことを見ると、ニコッと笑っていた。聞かずとも私はそれで彼が反対でないとわかる。
ドッキーはそれから、横にあった荷物を纏め始める。暗いせいで気づくのに遅れた。
「それは?」
「これは『ジャグリング』という芸の練習に使う棒です。さっきまで練習してたんですよ」
「へえ、練習か。いいじゃないか」
「はい。あ、街を回る前にワタシのジャグリング見ていただけませんか? 一人だと上達の実感が湧きませんし。出来れば、感想も頼みたいです……」
「……いいよ。リモデルもいいよね?」
「もちろんだ。むしろ、見せてほしいね」
ジャグリングか。棒に限らず、物を空中に投げて、取る芸……なのかな。そういう認識だ。
知っているだけで見たことは一回ぐらいしかない。よーく見て、覚えられるなら覚えてみよう。
こういう芸を一つくらい覚えておけば、後々友達が増えた時にも役立ちそうな気がするんだ。
ワクワクして待っていると、ドッキーは棒を二つとも空中に投げた。
そして、空中で回転させた後に掴む。
それを何度か続けて見せてくれたが、私たちを驚かせるためなのか……途中から高度が上がる。
三十秒ごとに上がっていき、三分後にはこの近くに一番高い建物の高度すら超えていたよ。
その後、何故か棒に魔力を注ぎ込む。
何をするのかと思って、困惑しつつじっと見ていると、風の魔力を纏ってクルクルと空中で棒が回り出したではないか。かなり……ビックリしたよ。
そのまま空中で棒を回転させた後、ドッキーは跳躍してその二つの棒を同時に掴んでみせる。
そして、こちらにお辞儀をして終了。
よく見て覚えようとしていた少し前の自分に『アホか』と声をかけたくなるぐらい、凄い。
こんなの……素人じゃ真似できない。
「……凄い……凄すぎるね」
「ああ、ここまで凄い芸を見せてもらえるとは俺もドルも思っていなかったよ。本当に」
「そ、それは照れますね……すみません。最後に調子乗って魔力で棒を飛ばす芸もやっちゃいました」
「え、いやいや、格好よかったし、謝ることはない。お金を払いたいぐらいには良かったと思う」
「さ、さすがにそこまででは……まだまだ、自分は未熟者ですよ。練習が必要なんです」
自信がなさすぎるな。あまりに。
あそこまで出来るのに、未熟者ってさ。ただ、自己評価が低いのか……それとも、彼よりも芸が上手くできる道化というのが道化界では普通なのか……
だとしたら、かなり凄いよ。
道化という職業の者に対する認識を大幅に改めなくちゃいけなくなってしまうと……そう思う。
……なんであれ、楽しませてくれたことには変わりないし、私はリモデルと共に拍手をして賞賛。
そして、「また見せてほしい」と強く言っておく。他にも褒めの言葉を色々と。
自信のない彼には必要なはずだ。
私たちの言葉で少しでも自信が生まれ、もっと技術が上達してくれることを祈っている。
ドッキーはジャグリングの棒を一瞬で体の中に仕舞うと、私たちと一緒に歩き出した。
……ふふ、棒を仕舞うのも……あまりに早くて何かの芸の一つみたいだったよ。本当に凄いな。
彼は凄い人形。そのことが身に染みてわかっただけに、先の一見で大勢から嫌われたのが悲しい。
「ドッキー……貴方のことをみんなが嫌おうと、私とリモデルは嫌わないし、また芸を見たいと思う。だから、余計なお世話かもしれないが、あまり悲しまないでほしい。自信だって持ってほしいと思う」
「……ど、どうしたんです? でも、ありがとうございます。そう言っていただけると嬉しいです」
照れる彼、その横顔を見てかわいいと思ったところで、私はモッチの店を見かけた。
どうやら、まだやっているようだ。
店主さんが立ってこちらを見ている。
「……食べていくかい? 少し残ってるんだよ。今日中に全部売っていきたくてね。どうかな?」
そう話しかけた店主の言葉に私たちは首肯で応じる。
もちろん、いる。モッチは本当に美味しいものだからね。
食べたい気分でもあったし、ちょうどいいよ。
「あ、ドッキーはモッチって嫌いじゃないかい? そもそも、モッチのことをご存知かな?」
「……知っています。美味しいですよね。好物です」
「それは良かった。では、店主さん。オススメのモッチを三人分くらい用意していただきたい」
「あいよ。三人分ね。待ってな」
「はい。じゃあ、お金はここに置いとくね」
店主さんがモッチを焼き始めたのと同時に私はリモデルが渡してくれたお金を横の机に置く。
書かれている料金を見たけど、かなり安価。
果たして、味はどうなのか。気になるね。
不味くないことを祈って待っていると、五分ほどでモッチは焼き上がり、私たちに手渡される。
熱を通さないとされる包み紙に包まれているものの、ほんのり温かみを手に伝えてくれる。
私はそのモッチを食べつつ、左隣で美味しそうにモッチを食べるドッキーを見て、にやける。
かわいい人形だ。
同じようにリモデルもにやけている。
あの店が……多分この街で唯一、この時間までやっていたようだね。明かりが……消えたよ。
私たちが去って少ししたらね。
振り向いた時にわかった。
それとも、私たちが空腹そうにしているのを遠くから見て、開けてくれたのかな。
なんだとしても、美味しい物が食べれた。
……こんな時間に、愛しい人とかわいらしい道化師の人形と一緒に。
それが嬉しいから、どっちでもいいかな。
……帰り道、冷え込んできたけれど……私たちの手にはいつまでも温もりが残り続けた。




