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20話【ドルイディ視点】リモデルVSペルチェ

 ペルチェと対峙しても、リモデルには余裕があった。


 疑問には思わないよ。私はね。リモデルはペルチェよりも足が速いと思っているから。


 ……余裕で攻撃を避けられるよ、彼ならきっと。


 力に関しても……とても強いけど、リモデルにはギリギリ敵わないんじゃないかと……考え……


 いや、ペルチェに関する過去の記憶を漁ってみたが、本気で戦っていたかわからないな。


 だから……まあ、後者の力量に関してはまだ断定できないが、少なくとも速さなら私は負けないと強く思うよ。



「……頑張れ、リモデル」



 隣のファルにすら聞こえないほどの小声で私はリモデルを応援し続ける。


 届かなくてもいいのさ。むしろ、届いてしまったら、彼の戦闘の邪魔になるかもしれない。


 だから、これでいい。


 リモデルはまず、ペルチェに向かって全力で駆ける。ただ、ただ……一直線に……!



「……っ」



 そのまま、足で顎を蹴りあげようと思ったのだろう。


 だが、それは直前でペルチェが躱したことによってからぶってしまう。


 もう本当に目前と呼べるほどに近くにいた。あそこで避けるとは本当にとんでもない。



「……っ、とんでもないな」



 リモデルが足を戻すのは速かった。それでも避ける前にギリギリペルチェの蹴りが届いてしまう。


 私が今まで見てきたペルチェは、本気の動作を見せてきたことがなかったということなのか。


 前に本気で走ると言って見せてもらったことがあるが、その時は絶対にこんなに速くなかった。


 これが数ヶ月前とか数年前とかなら、成長したでわかるんだが、見せてもらったのはわずか二週間前だ。二週間でここまで速さが上がることはないだろう。流石に。



「……」



 その後、ペルチェの蹴りをお腹に掠らせたリモデルは数歩後退してそのお腹をさする。


 あれは相当痛いだろうな。見ているこちらでもその蹴りの速さとリモデルの発汗量、あと表情でその痛さがこれでもかというほどに伝わってくるよ。


 だが、リモデルはそれで諦めたりしない。五秒ほどで余裕を取り戻すと……


 今度は外さないと口パクで表明した後、再び間合いに踏み込んで蹴りを見舞っていく。


 今度は当たるが、それでも腕で防いだおかげかペルチェは倒れなかった。数歩後退させられていたが。



「貴方も中々やりますね。少々侮っていたようです」



 ペルチェはそう言うと、自身の執事服のシワを伸ばす。


 余裕を表す動作。それは彼が意図的に行ったリモデルに対する挑発行動だろう……表情での推察だ。


 彼の鬼気迫る表情には絶対に危害が加えられることがないとわかっていても、冷や汗が額に滲む。


 私の冷や汗は体内から漏出した汗に似た冷水だがね。



「……!!」



 リモデルはそんな私に気づいたのかわからないが、手布を投げてきた。ポケットに入れていたのか。


 別にこれは貴方たちの汗とは違って、早く消えるものだから別に構わないのだがな。


 だが、遠慮なく使わせていただく。


 私は彼の背中にウインクを送った後に手布で汗を拭きながら、「頑張れー」と小声で言うのだった。



「……とっ」



 ペルチェは言葉には出さないが、少しだけ本気を見せてくることにしたようだ。


 先程よりも威圧感が増しているからね。


 最初に会った時のリモデルにも匹敵するほどの速さになったが、それでもリモデルの全力には及ばないらしい。


 彼は易々と避け、ペルチェの右脇腹に拳を叩き込む。



「……どうだ?」


「……やりますね。ただ……」


「ただ……?」



 リモデルは手を抑えながら、尋ねる。ペルチェの脇腹ってそんなに硬かったのか……痛そうだ。


 そんなリモデルに接近すると、ペルチェはなんと……左脇腹に裏拳をかましてきた。


 それなりに威力はあったようで今度は左脇腹を抑える。


 私が心配になって近づくと、彼は「心配いらない。危険だからそこにいろ」と掠れ声で言ってきた。


 ……でも、このままだと危険なんだが……



「先程のように攻撃するなら、蹴りのみにしてほしかったものです」


「……っ……何故?」


「貴方の殴りは蹴りと比べて下手ですし、それで貴方の手が使い物にならなくなってしまうというのも何となくですが、悲しいと思いましてね……」


「どういうことだよ……」



 私もリモデルと同様に困惑していると……


 唐突にペルチェの視線がリモデルから流れるようにして、私の方へと移る。


 突然移されたら照れてしまうじゃないか。



「ドルイディ様を攫ったあたり、貴方が最近この街にやってきたという人形師ですよね?」


「攫ってはいないが、人形師ではあるね」


「……だからですよ。人形師は手が命。その手が使い物にならなくなったら、一大事です」



 ペルチェの表情はどことなく悲しげ……私はそれが演技のようには感じなかった。


 本気で心配しているのかもしれないな。



「……なんで君が人形師を語ってんだよ」



 ……っと、今……リモデルが何か言ったが、聞き取れなかった。愚痴だろうか。



「疑問がたくさんあるな。何故に俺が人形師だとわかったのか? 殴る力の不足を見抜いたこともそうだ。そして、なんで俺のことを気遣うんだよ?」


「わかってはいませんでしたよ。ですが、拳闘士も人形師もどちらも何度も会って見ていまして。人形師だと思ったのは手のマメが人形師のモノのように感じたからです」



 そう言って、リモデルを真似したのかペルチェが私に向かってウインク。


 ……今のは『よく見てきた人形師というのは貴女ですよ』ということを表していたのか?



「パンチの技術力についてはさっきも言ったように拳闘士と会ったこともありまして、何度も攻撃を受けたことがあるから、ですよ。納得いただけたでしょうか?」



「それらは納得できたよ。最後は……?」


「貴方がドルイディ様のことを気遣える人間だからです」



 もしかして、さっきの手布を渡したことと私を気遣う言葉をかけたことでだろうか。


 あれをちゃんと見ていたんだな。確かにただの誘拐犯だったら、私のことを気遣う素振りをそんなふうに二度も見せたりしない。あんな戦闘の最中でね。



「……今なら、彼女の身柄を引き渡してくれれば、ここで大人しく見逃しますが、どうでしょうか?」


「冗談。ここで渡すわけないだろ。何のために全力で戦ってきたと思ってる」


「……ふむ」



 ペルチェは少し考えた素振りを見せた後……



「……それなら、()()()少しお話を聞かせていただけませんか? 疲れましたし、ゆっくりお話しましょう」


「どういうことか、よくわからないな」


「話すことで更に貴方のことを知りたいので。拳や蹴りで通じ合うのもいいですが、お互い疲れますし……貴方も私も戦闘は本業ではないでしょう……?」



 確かに戦闘は本業ではないし、ここでこれ以上戦い続けても、お互いが疲労と傷が増えるだけだが……


 それでも、私は反対だ。こんなところで話し合うということにはね。彼はどうするだろうか……



「……わかった。狙いはわからないが、応じる」


「誠に感謝いたします」


「ただし……城の中……それもドルイディの部屋の中だ。入れてくれないというのなら、俺はそれに応じない。無理やり入るよ。ちなみに話が始まったら、鍵は閉めてもらう。夜だからな。別におかしなことではないだろう?」



 ……さすが、リモデルだ。ペルチェの狙いを期待通り見破ってくれていた。


 ペルチェのことだから、時間稼ぎをしてその間にメイドや執事を呼んで確保させるつもりだったのだろう。


 だが、残念だね。その考えは阻止されたよ。



「……それは……はは。なるほど」


「……なんだ?」


「それなら、私は貴方を……」



 ペルチェは手を伸ばして刃物のような物を投擲したようだが、それは空を切っていった。


 何故なのかって? 簡単なことだ。


 リモデルが私のことを抱えて逃げていたからね。



「ファル! 君も遅れて来な!!」


「もちろん」



 ファルは快く答えると、ペルチェのことを拘束するためなのか蔦を生み出し、それをなんと射出させた。


 リモデルに抱えられている中、静かに振り返って見ていたのだが、あれは初めての試みだよね?


 大丈夫なのか……?



「おお……」



 そう思ったが、無事に届いたようである。


 安心したのも束の間……破られそうになったので、ファルは何重にも蔦を巻きつかせ、その上で壁に磔にする。


 さすがファルと思ったが、なんかえずいてるな。


 城の前にファルの吐○物が撒かれる様は見ていて気持ちがいいものではないので、少し目を逸らす。



「あれ、大丈夫だろうか……?」


「大丈夫だよ。ありゃ、少しばかり魔力を一度に使いすぎただけだよ」



 本当だろうか。


 ……いや、まあリモデルは私にそんな嘘はつかないと信じよう。


 城の門を通り、城内への侵入が済んだ頃にはもう当然ファルの姿は見えなかった。


 でも、心配しているが故に私は視線を動かさない。



「……ファル」

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