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39話【ドッキー視点】『怪刀・乱魔』《2》

 ……一振り……それだけでマオルヴルフの肉体は鮮血を刀に塗って、肉片を地面に撒き散らし絶命します。


 あの会場にいた方は皆さん、マオルヴルフの生命を奪うことはしていませんでしたが……


 この方は魔物の生命を奪うことに躊躇いがないのですね。


 ……まあ、良いとは思うのですが、なんの感情も見せず、淡々とマオルヴルフを斬っていくその姿には襲ってきたマオルヴルフ以上の怖さがありました。


 本人にその自覚があるかはわかりませんが。



「……見てくれているかな?」


「は、はい……」



 鮮やか……飛び散る血液と肉片……普通なら、人間亜人人形に限らずそれは気持ち悪いと感じるもの。


 しかし、その飛び散り方が……美しい。だから、多分……美しく感じるのだと思います。


 昨日の夜空に打ち上がった宙光……その中にもこのような鮮やかな赤いものがありましたね。


 複数色で構成された宙光に注目する人が多いんですよ。宙光って。


 かくいうワタシも道化師型自律人形として作られた際に自分の衣装を好きになれるよう、複数色に対して好感を抱くようには設定されています……


 ……が、単色にも美しさはあります。


 赤、青、緑、紫……様々な色の宙光。そのうちの赤い宙光はまさしく薔薇のようで。


 今のあの血のよう……でした。


 ……ははっ。正直、こんなこと考えるの良くないですよね。誰かに言ったらドン引きされる。


 そんなことですが、思ってしまったものは思ってしまった。もしかして、彼はワタシにこんな光景を見せるために、あのように踊るように斬って……



「……最後……です。どうです、ドッキー。私の舞う姿……その目に焼きつけていましたか?」



 舞う姿……と自分でも言っていますね。


 本人もやはり、意識的に舞いを想起させるような戦い方をしていたようですね。



「……目にも焼きつきましたし、記憶にも」


「それは良かった。あ、少しお待ちを。このまま死骸を放置して腐らせるのは可哀想なので……」


「えっ……?」



 マオルヴルフの死骸……それらを怪盗は何故か自分の糸を使って集めていました。


 一匹残らず、両手を使って。


 燃やしたり……でもするのでしょうか?



「燃やすとでも思ってる? 違うよ。後で埋めるのさ」


「埋める……?」


「そう。君が知ってるかはわからないが、地下には何故か聖域と化している空間がある。そこに埋めてあげようと思ってね。可哀想なことをしてしまったわけだし、来世は幸せに生きられるようにしてあげたい」


「なる、ほど……凄いですね……」


「……地下空間は調べ尽くしたからね。知ってて当然だよ。褒められるような凄いことじゃない」



 ……? 何か話が噛み合ってないような……


 もしかして、勘違いをしているのでしょうか。



「あ、えっと……凄いというのはそこではなく、殺したマオルヴルフのことを放置、もしくは跡形もなく消すのではなく、きちんと埋葬しようとするところ、ですね。普通の人なら、しない気が……するんです」


「そうかな……? ま、そうか……もね」



 怪盗はニッと笑うと、下がった。


 えっ、ああ……ワタシに戦えと……?


 ……そういえば、やってきていたはずの人形狩りの皆さんの姿が全く見えないのですが。


 どこだろうと思っていたら、糸が切れるような音が上から。


 どうやら、気づかないうちに糸で纏められて天井に貼り付けられていたみたいですね。


 斬られるマオルヴルフに気を取られていて、全く上の方は見れていませんでしたが……


 まさか、そんなことになっていたとは。


 ワタシは少し右手が震えつつも、それを左手で抑えると、人形狩りの皆さんのもとへ駆けます……


 ……が、そんな時に謎の音が聞こえます。


 ……えっと、これは……誰かが走ってくる音?



「はぁっ……はぁっ……アンタらこんなところにいたっすか! 見つけられて良かった! エフィジィさんが思い出してくれなきゃ、わからなかったっす」


「……もっと早く思い出すべきだった。ごめん」


「謝らなくていいっす。確かにこの状況、かなりヤバいっすけど、さっきほどじゃないっす!」



 あれは……会場にいた人たち……!?


 一人はわかりませんが、残り二人はわかります。王族のエフィジィ・ペンデンス・オトノマースさんと、レグフィ・ペンデンス・オトノマースさん。


 あの三人、きっとワタシの所業に怒って……



「はっ……」



 ……ワタシは……償わなきゃいけない。


 きっと、それが今なんですね。神様は……運命は、今……ワタシに壊されろ……と。


 そう言っているのでしょうね。


 ワタシは人形狩りたちに向けていた足をエフィジィさんたちに向けようとしたところ……


 その手を怪盗に……強く掴まれました。



「壊されに行くな。君はこんなところで壊されるべき人形じゃないんだ。わからないのか?」


「わかりません。今はどう見ても贖罪のタイミングでしょう。今なんです。運命がきっと、ワタシが殺されるべきは、償うべきは今だと言っているんです」


「……言ってないね。言ってるんだとしたら、そんな運命は私が変えるよ。変えてみせてやる」


「……よく、わかりませんよ」



 俯くと、そのワタシの顎を怪盗は掴んでこちらに向かせました。



「わかれよ、道化師。君は人を笑わせるための存在だろ? 君が壊れることで笑ってくれる者はいるか?」


「……」


「いると思うのか? 君がすべきはここで壊されることじゃなく、道化師らしく、泣かせた人数より遥かに多い人数を笑わせていくことなんじゃないか?」


「笑わせ……ていいものか」


「いいんだよ。何回も言わせないでくれたまえ」



 怪盗はそう言うと、ワタシの前に立って結界を張ってくれると、駆け出していきました。


 守ってくれようとしているのは怪盗……世間から糾弾されている悪の者。であるのにも関わらず、ワタシは……今、この人のことを凄く頼もしいと思っていて……


 頼ることに心地良さも感じています。


 ワタシは人を笑わせるための存在、か。そう……だとは確かに思うけど……いいのかな。


 芸の数々……それらを忘れたことはない。


 謝罪を済ませて……皆さんがまた、ワタシの芸を見たいと思ってくれるのなら、ワタシ自身としても……


 物凄く、披露したいと……そう思います。



「……っす。怪盗、アンタは何がしたい?」


「?」


「首を傾げてとぼけるのはやめるっす。何か、まだ企んでいるんすよね? 人形狩りや……そこの道化師人形を使って、暴れる計画でも立ててるんすか?」


「……計画はない。それより、戦るつもりならとっとと。迅速に終わらせてしまいましょう。ワタシも暇じゃないんでね。ダラダラとここにいたくない」


「はぁっ……ふざけんなっすよ。マッジで……っ……」



 多分、近くにエフィジィさんがいるから、物騒な言葉を持ち出すのは控えていたんでしょうね。


 でも、我慢できずに吐きそうになっている。


 ちなみに戦いには参戦しないと思われたレグフィさんが、怪盗の後ろに回り込んでいます。



「……!?」



 口パクで『ナイス』と言っていましたね。


 どうやら、レグフィさんの参戦はあの特徴的な喋り方の彼にとっては構わないようですね。


 ま、相手は凄い身体能力の持ち主ですから。


 一人だときっと敵わないからでしょうね。


 怪盗はそんな二人の猛攻を『糸刀』と『手刀』で捌いています。凄いですね。


 先程の……暴走したワタシも自分で言いますが、凄い身体能力を発揮していましたが……


 今の怪盗は多分、それ以上かと……


 怪盗が笑みを浮かべ、ただ攻撃を捌くだけでなく、自分からも攻撃しようとしたところで……


 更なるマオルヴルフと人形狩りの大群……そして、ドルイディさんと……糸使いの強い人。


 混戦状態とはこのこと……これを流石に同時に相手するのは彼でも無理なんじゃないですかね。


 そう思ったので、駆け出そうとしますが……


 怪盗はニヤリと笑い、『糸刀』を消すと、マントの中に手を突っ込んで……『小剣』……いや、あれも小さいけど『糸刀』と同じ形状なので、『小刀』というべきなんですかね。詳しくないのでわかりませんが。


 それを取り出すと、彼はその場の全員に言います。



「これは『怪刀・乱魔』。普段は使わないのですが、今日は特別ですよ……み、な、さ、ん」



 音がない。


 それだけ……速かったのでしょうね。


 その彼によるとてつもない速さの一振り……小刀だったはずなのに、振ったその瞬間に……


 ワタシの目には巨大な刀が映りました。


 ……でも、幻覚なのかもしれませんね。


 まばたきをしたら、元に戻っていたので。



「はぁー……」



 ちなみにそれによって斬られたその場の全ての者は……


 いや、ワタシは無事なのでそれ以外は……全員床に五体を投げ出してしまっているのでした。


 白目を剥いて、気絶した状態で。

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