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37話【ドルイディ視点】盗まれる火光石と杯形と人形狩り

「はいっ、ちゅーもーく!!」



 ……は?


 やっと、リモデルたちのもとへ行ける。


 そんな時に前方の机によじ登ったどこの馬の骨とも知らない貴族がそう言い放った。


 顔赤いけど……酔っ払っているのか?


 敵意を感じない。害はなさそうだし、ただ酔っ払っているだけなら、放っておいていいかもね。


 そう思って駆け出した私は……


 ……いつの間にか、壁に背中をつけていた。


 眼前には……酔っ払い貴族。


 そいつは突然に酔いが冷めたかと思うと、私のことを見て笑いながら、顔の皮を剥がし出す。


 なんて痛々しいことをするのかと思って、目を逸らそうとしたが、その前にその皮の下に潜んでいた別の顔を見たことにより、私の視線は戻る。



「怪盗……!? こんな状況で……?」



 いや、思い出してみたらそろそろ予告状に書いてある時間だったな。忘れていたよ。



「その通り。こんなことになっているのなら、もう少し早く来るべきでしたね。失敗しました」


「……? 何を言っている……?」



 こいつが……仕掛けた側と確信はしていない……が、一枚噛んでるとは思っていた。


 なんで、こんな状況を予想していなかった……とでも言うかのような口振りなんだろうか。


 ……とぼけているだけか?


 自分がこんなことをしたと思われると『怪盗』という『称号』に悪印象を持たれる。


 そんなのは嫌……とか?


 思っていそうだ。正解なんじゃない?


 もし、そうなら阿呆。


 私は苛立ちを表情に出しつつ、それ以外に物凄く気になっていたことについて尋ねた。



「それで、これはどういうことだ? なんで私を壁に追い詰めている? 口説くつもりか?」


「……そうですね。その通りです」



 その通りですって……貴方はここに盗みを働きに来たんじゃないのかな?


 やってきて、まず最初にやることが盗みじゃなくて、自律人形への口説きってどういうことなのか。



「ナンパ師にでもなりたいのかい? それなら、『怪盗』なんてカッコつけた称号取り消しなよ」


「……なりたくないですよ。すみません、ふざけすぎましたね。ナンパなど目的ではありません」



 怪盗は私を見ながらニヤニヤとしている。


 その間抜け面を歪ませるために、私は彼の後ろにいる人物に向かってウインクをした。


 口パクではない故、通常なら意図が伝わるはずなどないのだが……その相手はリモデル。


 読み取ってくれたのか、怪盗に向かって糸を射出。


 絡め取ると、上手く両手を使うことで壁に叩きつける。


 私は壁に叩きつけられた彼の顔の横に自身の手を置く。『カヴェ・ドーン』のつもりだ。


 勢いはあまりないが、これもそう呼べるはず。一応、『ドンッ』という音はしたしね。



「……ふ、ふふ。こんなことになるとは。本当に予想外。予想外のことばかりで開いた口が塞がらない」


「言葉の意味を貴方はわかっている?」


「間違ってました? 勉強します。それより、ドルイディさん……気づいていますか?」


「はぁ? 何に?」


「今、この会場にいる二百人の視線は今、貴女一人に注がれている。二百人から注目されるなんて貴女……人気者ですねぇ。輝いていますよ。羨ましい」



 すっかり、忘れていた。二百人もいること。


 普通にパーティが続行していたのなら、これほどの人数がいること……忘れることなどない。


 しかし、モグラや人形狩りのこと、リモデルのことや目の前にいる怪盗(こいつ)のことなどを考えているうちに……すっかり、忘れていたんだ。


 ……にしても、みんなが一身に私を見るってどういう……? 他にも見るものはあるだろう。


 リモデルやヒグリ、お兄様やお姉様もかっこよく、美しい。視線を浴びせてもいいはずだ。


 目立つというだけでそんな視線を浴びせないでくれよ。恥ずかしいったらありゃしない。


 顔を覆うために私が手を外すと、怪盗はその隙にスルリとそよ風のように私の横を通り抜ける。



「なっ……勝手に動くな」


「もうそろそろ、予告状の時間なのですよ」


「……っ」


「……皆さん、国王陛下の手前の机にある杯形と照明に使われている火光石……そして、人形狩り二人はこの怪盗ディープが今から盗みます。是非、阻止してみてください。もちろん、協力していただいて構いません」



 完全にこちらを舐めた態度……


 何度か動きを見て凄いのは知っているが、さすがに自分の力に自信がありすぎじゃないか?


 速さが尋常じゃないリモデルやヒグリもいて、それ以外にも先程から救助のために奔走している一部の貴族に速い者がいることもわかっている。


 私だってそこらの貴族よりは遅くはないし、黙って盗ませるつもりなど……毛頭ないよ。


 その調子に乗ったニヤケ面を崩し、拘束した上で気絶させる。


 パーティ終了後まで……いや、待っていると何かしでかすかもしれないから、拘束したらすぐに会場の外にいる衛兵にその身柄を引き渡すとしよう。


 もう、こんな恐怖の状況を作り上げられて、パーティなど続行したくないと思う者が大半だとは思うが、全員ではない……と根拠はないが、思う。


 会場に入る前から、このパーティを楽しみにしている貴族は多くいたとギュフィアお兄様やお父様から聞かされていたんだ。あの二人は嘘つかない。


 そんなパーティを楽しみたい方たちのためにも、不安を生む犯罪者の存在はあっちゃいけない。



「……っ! 危ないですよ?」


「危なくしているんだよ!」



 糸を放ったんだが、易々と避けられた。


 かなり、速く放ったんだがね。しかも、こちらを一切見ないで躱してくるとは……


 ……後ろに……目でも付いているのか?



「……っと」



 私の糸が避けられた直後にリモデルがすぐに糸を伸ばす。それは、網のようになっている。


 確実に捕えるためか、視認が通常の動体視力では追いつかないほど早く投擲されている。


 かなり大きい網だったが、怪盗を捕らえた瞬間に急速に縮小されていった。


 これはさすがに捕まえられた……


 ……と思ったけど、まだ甘かったらしい。



「え……?」



 網の中にいるのは謎の木の人形。


 怪盗は消えていた。


 二百人もいる上、会場が広いためにいちいち移動して捜すのは難しい。


 私は眼輪筋に力を込めて、視力を上げ……その状態で四方八方を観察するが、いない。


 もしかしてと思って上を見るが、いな……


 ……否。いる。マントの色が天井と同じ白になっていて、見えにくくなってたけど、いたよ。


 私がそのことを伝える前にリモデルは糸によって上昇していた。


 気づいてから一秒も経つ前に動き出していたリモデルだが、そのことも怪盗は読んでいたようだ。


 捕まえたと思った瞬間に消え……


 ……次の瞬間には、会場の天井……その中心に怪盗は移動していた。凄まじい速さだ。


 そこには、怪盗に盗まれることのないように、特殊な結界によって守られている火光石がある。


 火光石は簡単に手に入るものではないため、会場にあるのはあれだけ。


 盗むつもりだろうな。


 あの結界は硬いが、今までの奴の力を見ていれば……不可能ではないように思えてくる。


 リモデルだけには任せていられないと考え、私もヒグリら、その場にいる速い者たちを集めて、奴がいる場所に向かって全速力で向かっていくが……



「ふふっ、捕まりませんよ……」



 奴は目にも止まらぬ速さで結界を殴ると、壊れた結界の中にある火光石を取ると、懐に仕舞う。


 その直後にリモデルが飛ばした糸が懐に当たりそうになるが、怪盗はそれを直前で回避してきた。


 ……なんて反応速度だよ……!


 その後、怪盗はこちらを嘲笑うように笑うと、

リモデル以上に上手い糸捌きで会場を逃げ回る。


 天井に吊るす糸、そこを狙おうともすぐに別の部分に糸を貼り付け、躱していく。


 その様、まるで神業……


 どういうことをしたら、そんな動きができるのか。


 糸を自在に操る姿は蜘蛛のようでありながら、たまーに糸を離して舞う姿は蝶のようでも。


 相手が相手なら、見惚れていたよ。美しくはあるからね。


 例えば、リモデルなら。


 私はリモデルに耳打ちをして、左右からの挟撃を提案。


 彼が了承してすぐ、私は全速力で挟撃のために奴の後ろへと向かっていくのだが……



「残念……! でも、凄いですね……! 皆さま。思った以上だ。ここまでやるとは……」



 ……っ……! 避けられて……しまう……!


 ……っ……もう、何をすれば捕まえられるんだ。なんなんだ、今まで見た何より速い。



「そ、それは……私の……台詞……っ」


「……そろそろ、疲れてきたので、他の目的の物も盗ませていただきます。そう……国王陛下の手前の机に置かれている杯形と……人形狩りのお二人……ですね」



 次の瞬間、怪盗はお父様の前に立っていて……


 ……手前にある机、そこに置かれている杯形に手をつける。


 これも、一応……結界が張られていたのだが、奴の拳によって容易く破壊されると……


 奪取……されてしまった。


 力まで……強すぎるとか……もう化け物すぎる。


 あまりに優れている……だからなのか、強い恐怖を感じてしまい、背筋が震え上がってしまう。



「……っ」



 お父様は頑張って取り返そうとしたが、全て躱されてしまって、彼のマントにすら触れられない。


 怪盗のムカつくところは、躱す時に必死なお父様の表情を一切見ていないところだ。


 目を瞑りながら、躱している。ムカつく奴である。


 「ふふふ……」と笑いながら、奴は次に人形狩りの前に現れると、手刀にて気絶させ……


 二人のことを糸で簀巻きにすると、抱き上げる。


 抱き上げ終わると、満足そうな顔になり、満身創痍な私たちのことを見ながら言ってきた。



「……火光石と杯形、人形狩り二名……確かにいただきました。さらばです、この会場の皆さま。また、どこかで会える日を、私は心待ちにしております」



 こちらは……全く心待ちにしていないよ。


 私だけじゃない。


 きっと、この会場の全ての者が……怪盗、貴方との再会を心の底から拒否したいと考えてるよ。


 はぁ……ー……本当に……嫌いだ。


 逃がしてもいいわけがない、こんな奴。


 私はリモデルに抱えられながらも最後の力を振り絞ってリモデルを真似した糸の網を投げる。


 わかっていた。わかっていたが……


 虚しく躱され、逃走を許してしまった。


 私は私を抱えてくれるリモデルと一緒に……あまりの悔しさに唇を噛んでしまうのだった。

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