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38話【リモデル視点】リュゼルスの幻術

「……はっ!?」



 俺は突然に地面に生まれた大穴によって落下したかと思った。


 しかし、その三秒後には……何事もなかったように落ちる前の場所にいて、穴は消えていた。


 あまりにもおかしいことが起きている。


 穴はどうなって……いや、わかる。俺ならわかるだろ。穴なんて別に……創られていなかったんだ。


 あれは……幻覚だ。何度も食らってきた……


 リュゼルスハイム……あの女による幻術……!



「リ、リモデル……これは幻覚だね……」


「ああ、その通りだ。ドル」


「……リモデル、提案があるんだけど……いいかな」


「提案……?」


「ああ。彼女にまた幻術を使われてしまったら、非常に面倒だ。それ故にリモデルたちが上手く引きつけてる間に私は彼女の後ろに回り込み、彼女の五感を糸と闇の魔力で遮断していきたいが、構わないかな?」


「……悪いが、リュゼルスの気をそもそも引ける気がしないし、一瞬引けても、近づける気がしない」


「……」


「まあ、でも万が一近づけたとして、五感遮断が上手くいかない。奴は幻覚持ちだし、横には支援してくると思われるあの厄介な狸の存在があるからな」



 遮断した……そう思わせておいて、実はそれは幻覚。


 それによって、呆然としているドルイディに横の狸が攻撃してくる……そんな未来が見える。


 ……ドルには悪いが、それは諦めるべき。



「でも、誰かがあの女に幻術を使わせないようにしないと、こちらに勝ちはないと思うよ?」


「……それは……まあ、そうなんだが」


「なら、オレがやってやンよォ……」


「どっちを?」


「気を引く方をなァ!」


「だよね。そうだと思った」



 速いから近づける可能性は高い。


 しかし、五感を遮断する(すべ)をアサは持っていないからね。気を引く方しかできない。


 なら、ここは俺が五感遮断役を……やるべきか。



「ドル、俺がやるよ。君にはアサと一緒に気を引くのをやってもらいたい。お願いできるか?」


「……わかった。じゃあ……そうしようか」



 頷いてくれた……ドルに俺は感謝しなきゃな。


 本当は自分がやりたい……その気持ちを必死に押し殺して応じてくれたことが……表情で読めたから。


 俺は自身の速度を他者に捉えられぬほど上昇させるため、アサがつけていた速度上昇の腕輪を受け取り、それを装備することで速度を上げた。


 幻術は相手と目が合っていなくても、発動はできるっぽいが、相手の姿を視認している必要があると思う。超高速で動いていたら、視認などできないはず。


 これで……上手くいく可能性はゼロじゃなくなった。


 絶対に……成功させてみせるよ。


 俺はドルとアサにウインクをすると、走り出す。



「……」



 ドルとアサは俺が駆け出した一秒後に壁へと走る。


 壁の方には妖魔人形がいないから、そこから狸の方へと向かう算段なのだろう。いいね。


 重騎士風妖魔人形はドルたちの行動にかなり遅れて反応し、追いかけていくが……


 装備のせいで追いつけるはずもなく、ドルとアサの突破をいとも簡単に許してしまった。


 ここがもう少し狭いか……もう少し妖魔人形の数が多ければ、もしくは盾がもっと大きければ……ドルとアサは通れていなかったかもしれないね。


 良かったと思った瞬間にドルとアサが突然止まる。



「……ッ……マジかよ……」



 なんだ……? 俺には全く見えない。


 高速で動いているせいではない。これはきっと、二人の目の前に何らかの幻覚が現れているんだろう。


 あの様子だと、壁か……?


 幻覚である以上、ぶつからないのでは……? そう思ったのだが、アサが蹴りを何度も入れても、魔法を何度放っても貫通しないことから……


 リュゼルスが使っているのは実体のある幻覚なんだとわかった。とんでもないな。あの女。



「……私でもダメだ。アサ」


「……ッ……そォ!!!」



 悔しそうに地面を踏むアサのことを後ろからやってきた妖魔人形が捕らえていく。


 遅れてドルイディの体も……捕らえられてしまう。


 なるほど。これは……俺一人でやるしかないと……そういうことだな。わかったよ。わかった。


  俺は二人の観察をやめ、リュゼルスに近づく。


 早くやってしまいたいところだが、隙がない。襲ってくることを想定しているのか、頻りにこちらを見ている。凝視したらわかるが、結界も張ってるな。



「……そろそろ、でしょうか」


「……!?」



 俺はその言葉によって動きを止めそうになる。


 止まったら気づかれるかもしれないが、走るのはもう無理そうだ。隠れるしかないか……


 俺は糸を天井まで伸ばし、上昇する。


 上には妖魔人形が隠れられるほどの場所があるんだから、俺だって隠れられるはずだ。



「……」



 ……この女、マジで気づいているのだろうか……?


 いや、気配ぐらいこの女も辿れるだろうしな。俺は頑張って完全に気配を隠してるつもりでいたんだが、実は隠せていなかったのかもしれないな。


 自分が気配を隠せているのかどうかなど、自分一人では全く気づくことができないからな。



「……よし」



 俺は気配を悟られないように、ゆっくりと音を出さずに下へと降りると、糸を放っていく。


 しかし、その糸は何故かリュゼルスに接近したのと同時に爆散。


 糸くずと化した俺の糸はヒラヒラと舞い、リュゼルスの手へと落ちていった。


 それを見たリュゼルスは振り返る。


 俺はこの時も速度を緩めず、頑張って走っていたが、その動きは一瞬で距離を詰めたリュゼルスにより、即座に止められてしまい、俺は押し倒された。



「いやぁ……かわいいですわね。本当にあの時に宝箱を渡して良かったですわ。わたくし好みになった……」


「……っ……それはどうも。光栄だな」


「……ふふ。わたくしたちにバレないように必死に速く動く貴方はかわいくて、面白くて、最高でした」


「……オラもそう思うよ。間抜けだ」



 横にいた狸も俺のことに気づいていたようだ。


 まあ、引きつけ役だったドルやアサが捕まっている以上、俺がいないことはバレバレだっただろうし……冷静に考えればそりゃそうだ……って感じだな。


 はぁ……どうしたものかな。


 俺は静かに目を閉じて、どうしようか考える。



「……っ……何も……思いつかんな……」


「わたくし、実は気づいていなかったようですが、貴方にも幻覚を見せていましたのよ」


「はっ……!?」



 思わず、目を開けた次の瞬間……


 俺の体は壁に磔になっていた。横には気絶したドルイディとアサもいる。磔状態で、だがな。


 最悪な状態。為す術がない。


 ……それでも、大切な恋人や仲間が捕らえられている以上、助けないわけにはいかない。



「……はぁ。遅くなったが、そろそろ『カコイ神』を呼び出し、願いを叶えてもらいたいんだが」


「そうですね。では、いきましょうか」



 手にした心臓は四つ……一つはルドフィアさん、二つはフィアルドさん……だよな……?


 三つ目は……? アサの心臓か……?


 それなら、四つ目は……? 三つ目に似てい……



「……あっ」



 震えながら頑張って視線を横に向けると……そこにいたアサの胸部分にわかりにくいが、穴があるのがわかった。アイツらは……アサの心臓も盗ったんだ。


 ルドさんたちが作ったアサの物と同じ人工心臓……あれだけでは……足りなかったというのか?



「……」



 悔しすぎる。


 しかし、この拘束が解ける気は全くしない。出血と激痛……そんな望んでいないことのみ起きる。


 目にしたくはない……が、これは俺の不手際で起きたことでもある。せめて、目を開けていよう。


 そう思った時に……勢いよく扉が開かれる。


 俺は希望を抱きかけたが、それはすぐに絶望に変わる。



「……おい! オレのことを忘れているだろ!」



 やってきたのは……息を切らした様子でこちらにやってくるオブセポゼであった。


 どうやって抜け出したんだ……? そう思ったら奴の後ろに妖魔人形が三体もいた。


 奴らが解くための手伝いをしたのか……



「……オブセポゼか」


「そうだ。ラクーヌ。なんで勝手にオレ抜きで願いを叶えようとしてるんだよ。おかしいだろ」


「……そうか。そう思うのなら、こちらに来ればいい」


「……? 先に謝るのが先なんじゃないの? ねぇ?」



 オブセポゼは怒りに顔を歪め、額に青筋を浮かべながら……ズンズンと狸……いや、ラクーヌだったか。


 ……ラクーヌに近づいていった。


 殴るつもりがあったのは拳に力が入っていることから明白。


 だが、目前というところで殴られたのはオブセポゼ。


 オブセポゼは自分が殴られたことで驚くが、そこから声を発するまでの間に気絶させられてしまった。


 『ボグッ』などという鈍い音が聞こえるほどの強力な殴打を食らわされたことによってな。


 殺意を感じたが、まさかこのラクーヌという狸……オブセポゼを殺すつもりで殴ったのか……?



「……いいのですか?」


「コイツのことは前から気に入らなかった。それに、端からコイツの願いなんて叶えてやる気はなかったぞ? 『一度に大量の人間や人形を乗っ取れるようにする』だったよな? 確か、コイツの願い事は」


「はい、間違いありません」


「だよな。それで女やら権力者を乗っ取って幸せに暮らすつもりだったんだっけか。そんな下卑た願いを叶えさせてやるわけないだろ。オラの滅亡した国を救うという高尚な願いと比べたら、クソにも等しい」



 オブセポゼはラクーヌに向けて唾を吐き捨てた後、彼の体を妖魔人形によって運ばせていく。


 どこに連れていかれるのやら……



「さーて、無駄な時間を使ってしまったな」


「はい。それでは、お呼びしましょうか……」



 リュゼルスはそう言って心臓を部屋の真ん中に置くと、何やら理解不能の言語を話し出す。


 なるほど。あれで呼び出すと……?


 馬鹿げているが、デタラメに言っているようには不思議と感じられない。


 少し背筋がゾクッとするのを感じながらも、見つめていると……部屋の天井から神々しさの感じる何かが降りてくるのを……俺は磔状態のまま、目撃した。

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