12話【リモデル視点〜ファルナーメ視点】リモデルの怒り
「スースー」という寝息が耳に伝わってくる。心音も。
それは俺に抱きかかえられている一人の人形の少女のもの。儚くも凛々しく、憧れすら覚える格好のいい人形の少女……ドルイディのものである。
気が抜けきっていながらも、その眉からは力強さを感じる。寝ながら、警戒しているとか? さすがにないか。
さっきは実は眠っている振りをしているのかと思ってたんだけど、どうやら本気で眠ってしまったようだ。
「……本当にゆっくり眠れ。君が起きなくても済むように、ちゃんと守るから」
今後はああやって家の中で何かに襲われるなんてことがないようにするよ。
ドルが安心して俺の家を歩けなくなるなんて、そんなことがあってはいけないからな。
彼女は俺の恋人だ。恋人の家を歩く時にそんな気持ちにはなりたくないだろう。
まあ、もうすぐ目的地には着くんだけれどね。
金庫には既に行き終わった。切断したパーツなどはみんな放り込んでおいたさ。問題ない。
誰かに見られているという可能性も確認しておいたからないはずだ。結界だって張っておいたしな。簡易的だが。
「ファル、次は君のところだ」
彼女は彼の部屋にいれない。部屋の前で結界で囲んだ状態で座らせておく。
ファルがドルに欲情するかもしれない。何かするかもしれないと思ったら耐えられないんでね。
部屋への道は一度、書斎を通る必要がある。
そのため、わざわざ面倒くさい書斎の中を歩いて俺はファルの部屋を目指していった。
書斎までの道中で土塊人形が一体もいなかったことはよかったが、あいつのことだから部屋直前で何か仕掛けてくるかも。警戒は一切解除しない。
「……ふぅ」
書斎が近づけば近づくほどに異様な風が頬に当たる。それは明らかにあちら側が何か用意していることの証左だ。
……この近くには窓などなく、風が進むごとに増すなんてことは何か用意でもされていなければありえない。
その程度で俺の歩みが止まるとファルも思っていないだろうが、これによって苛立たせる意図はあるだろうな。
……あいつらしいよ。
握る拳に怒り……ただし、頭はすぐに回せるようにクリーンな状態に保っておいている。
足は何よりも速く走るつもりで、風を纏わせ……
……俺は、数歩先の扉を見据える。
「来たぞ、ファル。さぁ、話してもらうぞ」
******
……土塊人形からの報告が一向に来ない。
あれから、もう数十分が経過している。見つからなかったにしてもさすがに何か報告しにいかなければおかしい。
ほぼ確実に何かあったな。
ティーカップを持つ手に力が篭もる。割れない程度の力ではあるが、カタカタと小さな音を立てている。
蔦がこちらに明確な思念を飛ばせればいいんだけどな。彼らは僕が未熟なせいでそれができない。
彼らにはそれができるだけの能力、知能が備わっているからね。少し落ちこまされる。
「ねえ、何か言葉で教えてよー?」
ある程度、伝えたいことは何となくでわかるようになってきた。出会って数日とか数ヶ月とかじゃないからね。それなりに付き合っていればわかる。
だけど、喋るのは無理。何かしらの条件があるとかだったらいいけど、未熟なだけだから僕が彼らとの親和性を更に上げていくしかないんだよね。はぁ、キツい。
彼らの言葉を一度でいいから、聞いてみたいよ。
「……近いな」
土塊人形じゃないことはわかっている。これは人の気配だ。
あと、人形……だな。探さなくてもあちらから来てくれたってことか。嬉しいけど、うーん……
……先に土塊人形が帰ってきてほしかったという思いがあるな。
僕の来てほしくないという思いが伝わったのか、扉の隙間から蔦が風を送っている。そんなことしなくていいよ。
「……あ、うん。ありがとう」
気遣ってくれたのか、別の蔦が僕の頭を撫でてきた。
なんか、恥ずかしいな。
少し待っていると、部屋の扉がトントンとノックされたので、僕は「はい」と一言のみ返事をする。
ノックをするとは礼儀正しいじゃないか。
部屋の明かりを折角だから強めようと思い、蔦と一緒に立ち上がろうとした時のことだった。
……扉が勢いよく、壊されたのは。
開けられたんじゃなく、壊された。この予想外のことに……僕は思わずギョッと驚いてしまう。
「ノック時には礼儀正しいと思ったのに……一気に印象が変わってしまったよ」
しゃがんで落ちた扉に触れようとしたところ、僕の顎に男の右手が添えられる。
それは扉に向ける僕の頭を強制的に自身の方に向ける意図があったと思われる。
「……ふーん」
僕はそれに敢えて抗わなかった。
顎が彼によって上げられていく。扉に触れようと伸ばした手に関してはそのままに。
そこにいたのは相も変わらず整った顔の美青年。
……僕が気に入らない顔ではあるが、それでも美青年であることは認めるさ。事実だからね。
「抗わないんだな、ファル」
「なんか怒ってるみたいだし、少しでも気を晴らしてもらうために抗わないでいただけさ、リモデル」
「ふっ、わかってるじゃないか」
そう言うと、リモデルは顎を触っていた人差し指と中指を親指に近づけ、僕の顎を強めに掴む。
……これは顎が外れそうだな。
シャレにならない強さなので、やめてほしいと思いながらも、彼の次の言葉を待ってみる。
「話せ」
「……は?」
……何を? 話してほしいのはこちらなんだけど。扉を壊したこととかさ。
意味がわからず、小首を傾げる僕にリモデルは歯噛みしながら、詰め寄ってきた。
その形相はまるで親の仇を見るかのようで、あまりの意味のわからなさに僕はただ困惑するしかなかった。
「君だろ? あの土塊人形を俺たちんところにけしかけたのは。他にいねぇからな」
「うん、けしかけたって言われるとちょっと……まあ、でも、うん……そうだね。それで、どうしたの?」
「『……どうしたの?』だと?」
うん、本当に何があったんだ? この感じだと土塊人形と何かあったみたいだな。
ここまで怒るってことは土塊人形がもしかして暴走してこいつやドルイディに危害を……?
え、でも、ここを出る前はそんな異常な感じでは……むしろ、調子よさそうだったけど、あの土塊人形。
ちょっと本当に何なのかわからないけど、ここでそれを伝えてもとぼけてると思われるだけだよな。それで怒りを増長させたらどうなるかわからない。
「すまなかったね」
「ほう、じゃあなんで土塊人形はああなったのか説明してもらおうか。ファル」
あ、詰んだ。何故ああなったのかと言われても何のことかわからないんだって、僕は。
よくわからなくても取り敢えず謝るべきではなかったな。
リモデルは僕が冷や汗を出しながら一歩後退すると、それによって本当は何のことかわかっていないと察したらしい。ノシノシと更に早足で詰め寄ってくる。
「……」
「……っ」
ちょ……待ってほしいな。
……このままだと、壁にぶつかる。もう、その距離はわずか。人二人分の距離ぐらい。
僕が距離確認のため後ろを向いた瞬間、彼は思い切り速度を上げ、僕を一気に後退させる。
それによって、大きな音を立てつつ僕は部屋の壁に背中をぶつけてしまうのだった。
蔦が揺れて、その衝撃が伝わっている。なんてことをしてくれるんだ、可哀想じゃないか。
「あー、蔦に衝撃が伝わったか。それはすまないな」
「そう思うなら、なんでやるのさ」
「君への怒りが収まらないからに決まってるだろ、わかってないだろうから教えてやる。君の土塊人形が先程、俺とドルの前で暴走したんだよ。危険だった、非常に。家だって壊れるかもしれなかったんだからな?」
やはりか。なんでだったんだろう。
僕が意図的にそうさせたわけでないことはリモデルもわかったようだけど、それでも怒りはあるようだ。
だが、この様子だと近くにドルイディもいるんだろう。ちょっと謝る気はおきないな。
そっぽを向く僕に目の前のリモデルは怒りを強めたようで額に青筋を浮かべながら……
「……おい」
僕の首の真横に自身の右手を突く。
その様は並の人間ならビビって逃げ出すほどに衝撃も音も強いもの。それだけ怒っているということだね。
僕は仕方ないと思いながら、彼のことを見つめる。
そして……
「わかった。謝る。だけど、まずは座ろう。ずっと立っていても疲れるだろう。お前もドルイディも」
「それもそうだな、わかった。だが、ドルイディは君に近づけたくないから部屋の外で待機させる」
そうですか、はぁ……
もう一度、彼女の顔が見たかったが、仕方ない。彼はこの感じだとどうやっても会わせようとしないだろうからな。説得なんて無意味なことはすぐわかる。
ふぅ、僕もこいつのことは嫌っているけれど、こいつが僕を嫌っている度合いと比べれば、少し劣るかも……
ため息をつきながら、僕はリモデルが座るための椅子を机から引くのだった。
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