11話【ドルイディ視点】彼との共同作業
「土塊人形はどうする? 完全に壊した後、どこか空いている部屋にでもぶちこんでおくかい?」
「……そうだな、それが一番だろう……空いている部屋があればの話だがな」
「空いている部屋、ないのか……」
確かに今まで見てきた調香室や書斎はこいつを閉じこめるには不十分だし、その上折角作った物が壊されてしまうかもしれないから、入れるべきではないよね。
倉庫なんかがあると思ったが、この感じだとないんだな。
普通の家は倉庫なんてないのが普通だと私の城……じゃなくてこの国の王城のメイドから聞いたことがあるが、この家だともしかしたらと思って。
「いや、金庫なんかはあるんだ。だが、あそこは中々開けたくなくてな。色々と大切な物を入れているし」
「……? 出せばいいんじゃないのか?」
「色々入れてるって言っただろ。面倒くさいんだ。わざわざ出すのがな」
色々とは一体……? 金庫だし、金塊とか貴重な宝石や魔石などを入れているのだろうか。
少し見てみたいという気持ちが生まれたな。
彼がどんな物を隠しているのか、交際している身としては知りたいと思うのは不思議なことではないだろう?
……まあ、彼女だから、彼の許諾も得ずに勝手に開けたり、見たりはしないよ。行くこともない。
「……それでどこに行くんだい? 放置はできないだろう? あまりにも危ない」
「そうだな。あいつの部屋に戻っ……」
「……どうした?」
リモデルが唐突に固まって考え出したので、私は小首を傾げて尋ねた。
「……いや、いいことを思いついた。敢えて金庫に入れよう。脚と腕の部分だけな。そうすれば、危険性は低くなる上に金庫の物をわざわざ出す必要もない」
「なるほど。確かにね」
「そして、それ以外の部分はファルのもとに持っていく。いい考えだと思わないか? 後でパーツ不足がバレたらどこかに散らばってしまったととぼけるんだ」
「ああ、最高だ。それで行こう」
私が先に思いつきたかった思うほどの良い考えだ。賛成に決まっているよ。
私が首肯すると、彼は満足そうな顔で土塊人形の体をひょいと担ぎあげた。
本当に力が強いな。体格では圧倒的に土塊人形よりも小さいというのに、彼といると歴戦の戦士といるかのような安心感を覚えることができるよ。
もちろん、彼一人じゃ落ちたパーツまで持つことはできないと思い、私はそれらをかき集めている。
かき集め終わると、先程の部屋の中でたまたま見つけた風呂敷に包むと、背負った。
「……よいしょっと」
持てないほどではないんだが、思ったより重い……やはり、重量はそこらの岩の比ではないな。
それを持てるリモデルも凄いが、それに耐えていたこの床も凄いな。普通に抜けそうだが。
……見た目より、頑丈ってことなんだろうか?
「この床、硬いんだね」
「硬いけど、さっきみたいなヤバいジャンプされれば、さすがに耐えれん。穴あいてたろ? 天井」
あ、確かに。忘れてた。
「天井と床の強度はやはり同じなのかい?」
「当然」
なるほど。とんでもないな。こんな重い物が乗っていても抜けないほどの強度の床……それと同強度の天井にあんなにも簡単に穴をあけてしまう突進……
私なら耐えれん。いや、私以外も耐えれん。人形ならまだしも、人間なら即絶命では?
「……とんでもないんだな、あの土塊人形。意外と」
私はそう言いながら、背負う。
そして、リモデルの背中の土塊人形を確認してから歩こうとすると、彼がそれを止めて前に出てきた。
「俺が先に行くよ。前から別の土塊人形が出てくる可能性もあるだろ。それに、私が前にいたらファルが前からやってきた時に君の存在を隠すこともできる」
「そうだね」
「土塊人形を背負っているから、それが上手く遮蔽物として機能すると思うんだ。まあ、というわけだから、後ろでゆっくり歩いていてくれ」
「わかった。だが、たまには後ろを見てくれよ?」
寂しいという感情もあるが、それだけではない。心配だからだ、風呂敷の中のパーツが動き出して何かしないか。
もちろん、できる限り私一人で対処したいとは思うが、少しだけ怖いという気持ちがあってね。
風呂敷に手を当てながら、私は廊下を進んでいく。
「ちょっと待て。嫌な予感がする」
モゾモゾと風呂敷の中が動いた。これ、よくないのでは……?
パーツが再結集する予兆かもしれない。風呂敷で包んでいるとはいえ、危ないかも。
リモデルが警戒のため、土塊人形を一度確認しようとしたところだった。
彼が担いでいた土塊人形が突如『ギギギ』と異音を立てた後、暴れだしたのだ。
あまりに怪力だったのか、リモデルはそれを離してしまい、土塊人形は地面に落下。
「……っ!?」
大きな鉄球でも落としたかのように地面に大きな窪みができたのとほぼ同時に、私が持っていた風呂敷がどんどんと超能力でも使われたかの如く解ける。
その中身が土塊人形へと飛んでいくまで、秒だった。あまりに速すぎてこちらは何の対応もできない。
目にも止まらぬ速さ……その速さはそこらの土塊人形を遥かに凌駕するであろう。
……先程のあの風呂敷内でのパーツの動きはやはり、再結集の予兆だったというわけか。
「最悪だな……」
パーツが再結集してしまった土塊人形を見て、リモデルはそうこぼす。腕を強く握っているところを見るだに本当に悔しいと思っていることが伝わってくる。
私も悔しいよ。ちゃんと風呂敷を握っておけばよかった。力が少し緩んでいたんだ。
「……これは俺が悪いな」
リモデルは私に土塊人形の攻撃が当たらないよう、後退させながらそんなことを言った。
「そんなことは……」
「ドル、君は風呂敷のことを気にしているんだろうが、あの土塊人形ならきっと、きっとだが……自力で風呂敷を破れた。君がきちんと風呂敷を握っていたとしても、結局はこうなったと思う。それを見越して、俺が風呂敷を結界魔法で包めばよかった……反省すべきだな」
結界魔法ねぇ……まあ、確かに使っていたら、こんなことにはならなかったよ?
……だとしても、私は自分も反省すべきだと思ってるよ。やはり、気は緩めるべきではなかった。ここまで気を緩めていなければ、いずれ脱出するにしても別の部屋に移動することぐらいはできたはず。
ここは廊下だからな。他の部屋と比べて特段広い場所でもないから、土塊人形を倒すには不利すぎる……
「……君に攻撃は当てさせないから安心しろ」
リモデルは調子に乗っているようで口端を軽く吊り上げつつ、カッコつけの恒例ウインクをかます。
この状況ではいつも以上に格好よく見えてくるよ。
彼はその後、どうやっても当たらぬよう、私の眼前に結界魔法と土魔法の障壁を二枚設置した。
今回はきちんと本気で守ろうとしてくれている。魔法使いではなく人形師なのに、これだけ魔力を惜しみなく使っているのだから、さすがにわかるよ。
後悔の思いと助けたいという思いが強く伝わってきた。私も何かできないかな。ただ守られているだけじゃ、目の前の彼と釣り合う格好のいい女とは言えないさ。
「戦闘なんて特段好きじゃない。君にそんなところを見せつけたいとも思わない。とっととどうにかしてみせるから待っててくれ。二十秒以内に終わらせるよ」
「……リモデル」
「ん?」
「十秒でやろう。手伝う。守られてばかりの女ではいたくないんだ。たまにはやりたい」
「……ふふっ」
「共同作業というやつだ」
ウインク……だよ。
……慣れないから、両目とも瞑ってしまったけれど、彼の真似だ。彼がカッコつける時にそれをするのなら、今度から私も恋人の証としてカッコつける際に同じことをしてみたい。そう思ったんだよね。
それを見て苦笑する彼に私は笑いかけると……
「……行こう」
「……ああ」
廊下なので、飛ぶことはできない。
なので、飛んだりせずただ駆け抜ける。私は右、リモデルは左方向だ。
間合いに入るまでの間に風魔法により強制的に追い風を発生させ、速度を上昇させる。
「……うん」
彼と顔を見合わせた時に間合いに突入。
物理的な攻撃をやってもいいんだが、彼はもう土塊人形を持った時に疲れたからそれはやめたいらしい。
かといって、魔力はできるなら消費したくないし、使ったとしても勝てる可能性は百パーセントとは言い難い。
それ故に放つのは……人形製作において生まれた物を使った攻撃ということになる。
わざわざ間合いに踏み込むのは何故か? 確かにこれは間合いで投げる必要などないが、投擲が苦手な私がリモデルに近くで投げるように提案したのだ。
「喰らえ」
土塊人形の口内に円形の物体を放り込む。私とリモデルとで合計二個。どちらも無事に入ったようで安心だ。
すると、突然に土塊人形は呻き出す。
『ブオオォォォ!!』
それは力強さをとても感じた。とても壊れる直前の土塊人形のものとは思えない。ドラゴンなどを想起するよ。
……まあ、ドラゴンの死に際の呻き声はもう少し小さいんじゃないかと思うけれどね。
使った物は魔力増幅石と呼ばれる特殊な石。魔石の一種で、名前の通り魔力を増幅させるものだ。
ただ、別の石と同時に体内に組みこまねば、魔力が増幅しすぎて体が破裂する。
そのため、土塊人形は苦しんでいるのだ。過剰な魔力の増幅によってね。二つだから、とんでもない速度での過剰な魔力の増幅だよ。拷問と言っていいかな、これは。
……ちなみにここで九秒。十秒でちゃんと終わらせたかったから一応数えていたんだけれども、一秒だけ早く終わってしまったかな。
「ちょっと可哀想だがな……ドル、君は良かったのか? 土塊人形が好きなんだろ?」
「土塊人形は一度、バラバラになっても適切な処理をすれば、再復活は容易だからね。気にしない」
「……そうか」
リモデルはそう言うと、土塊人形の周りに結界を生み出す。家に影響が出ないようにするためのようだ。
その後、彼は何故か私を抱き寄せながら、今にも破裂しそうな土塊人形から距離を取る。
どうせ、結界があるから近くにいても問題ないのにな。何か、意図があるのか……?
「すまん、許可取らずにこんなこと……体が勝手に動いたって言っても言い訳になるよな……」
「……いや、いいよ。そういうことか」
抱き寄せられているが故に彼の心臓の鼓動が感じられる。心地よい音だ。
彼のように、私も人間だったらな……
自律人形の心臓は人工心臓で鼓動もこんな感じじゃないから。少なくとも、聞いてて心地良さを感じるものではない。
以前に、自分の心臓の鼓動を聞いてみたことがあるし。
……だから、とても良い。これはお世辞でもなんでもなく、お腹の底から出た本心の言葉だ。
私は自分から、彼のお腹に自身の顔を埋めて……
「……少し寝る」
そう言うと、心地の良い優しい心臓の鼓動を聞きながら、意図的に意識を手放していくのだった。
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