1話【ドルイディ視点】姫型自律人形ドルイディと……
『恋を知りたい。そして、実際にしてみたい。あわよくば、その恋をした相手と結婚までしてみたいな』
そんな願いを持っていたとある人間によって私は作られた。
その人物は心臓の病を抱えており、私を作った頃にはもう寿命もほんの僅かだった。
だから、私は彼女の代わりに絶対に恋愛と……結婚をしてみせると心の中で誓ったんだよ。
といっても、彼女の葬送や作っている途中だった人形を完成させていたのですぐにとは行かなかった。
行動を本格的に開始できるようになったのは一週間後だ。つまり、今日である。もう季節は秋だ。
それで……まず、何をするのかだが……
人形だけではなく、もう少し色々な人間と仲良くなってみたいと私は考えている。
いざと言う時に助けてもらいたいというのもあるが、一番は結婚をした時に祝ってもらいたいという思いがあるからだ。
そして、その二……これは恋を知ること。私は恋に関する情報があまりにも不足しているからである。
三は恋をする相手を見つけること。相手がいないと始まらないことぐらいさすがに私も知っている。
というわけで、仲良くなる相手も見つけられそうで恋をする相手も同時に見つけることができそうな城下町に私は一人でやってきたのだった。
私は一応この人形国の姫として作られたからね。そう易々と城から出ることはできなかった。
故に複製人形というそっくりな人形を事前に作り、それをきちんと自室に置いてきている。
この国はとても広いからね。故に私がまだまだ行ったことがない場所はたくさんあるよ。
今日は知らない場所をいくつか巡る予定なのだ。
姫であることがバレないように顔を覆い隠せるフード付きの外套を羽織ったら、準備万端。
「……さて、やってきた」
さっきから駆けてくる人々が皆、今日は有名な人形師がやってきていると言っていた。
気になるから、そこに最初に行ってみようと思う。話をよく聞いてみたら、何人か「男らしいぞ」と言っていたしね。
一人が言っているのならともかく、複数人がそう言っているのだから信憑性は非常に高いだろう。
同じようなことを言いながら、駆けている女二人をまた見かけたので、私は同じほどの駆け足でそれを追う。
「えっと、この先の広場であってたっけ?」
「いや、教会の方って言ってなかった?」
「そうだっけ?」
場所に関しては割と皆、把握していないようだ。先程から何人かの話にそれとなく耳を立てているのだが、どの人間も亜人も人形すらも別々の場所の名前を出していたから。
人間と亜人はともかく、人形すらも曖昧な情報しか得られていないのは中々に衝撃的だった。
もう少し情報を事前に収集しておくべきではないのか?
まあ、それが強く言えるほど私は毎回事前に情報を収集してはいないけれどもね。
「すれ違った三十人の内、二十二人が広場、五人が教会、三人が洋菓子店、一人が酒場と言っていた。まあ、多分広場だろうね」
広場というのはこの街では一つしかない。ペロッティヌ広場という何かの催しなどで多く用いられる所である。
あそこは広場と称するだけあって、百人ぐらいは入れそうなほどの広さのある場所だ。噴水などといった物はないが、花や銅像が飾られているおかげで退屈はしない。
まあ、多分そう思っているのは私だけでここに来るほとんどの物はそれらを見ていても退屈しかしないだろうけどね。
私も人形とはいえ、女性として作られた。かわいいものがあるともっと楽しめると思うが……まあ、今回はそこにやってくるという人形師が目的だからどうでもいいかな。
「……そろそろか」
広場にやってきたのだが、民衆がザワついている。
予想外に民衆が多い。私が見かけたのは三十人だったのだが、これは八十人ぐらいはいる。
少し視認が難しいのだ。彼らの視線の先にいるということは容易にわかるのだが。
民衆が増えてしまう前にかきわけてその人物がいる方向へ近づいていくとしようか。
集まってるのは八十人ほどと言ったが、五割は人形。
……それも屈強なので、かよわい私のような人形は少し通り抜けるのに時間を要してしまうよ。
結局、かかった時間は三分……
そこまでかけたのにも関わらず、そこにいたのはただ顔がいいだけの軽薄そうな男だった。
「これのために……皆、集まっていたのか」
顔がいいのは認めよう。普通に美男子と言われても納得ができるほどに整った顔を持っている。服もそれなりに高い物を選んでいるようだし、勇者や騎士と言われても意外性はない。
しかし、これのためにここまでの人間が集まっているのは不可解だ。顔がいいだけでこんなに人が集まるだろうか。もっと顔が良い者はこの国にたくさんいるように思う。王族にも貴族にも人形にも平民にも。
「……危険だな。離れよう」
何らかの力を持っていて、それによって惹き付けているのだろう。
人間や亜人はともかく、人形はおかしい。人形というのは大抵がそういった人間の持つ能力が効かないように作られている。過去に大量の人形が操られる事件があってね。
確実に手練れだ。男女問わずでもあるしね。
わざわざ面倒くさい人混みをかきわけてきたというのに、私はそこを再び戻っていった。
何人か舌打ちを浴びせてきたが、私はそれを無視しながら進む。いちいち反応するほど馬鹿ではない。
やはり、かよわい私には少しキツく、出る頃には気分が悪くなっていた。私は限りなく、人間に近い構造をしているからこういうこともあるのだよ。不便だが、まあ変えようとは思わない。
「……私に目をつけたか」
さっきの男の視線が私に向いた。人混みのせいで本人を視認できないが、視線に敏感な私はそれに気づくことができた。
この人混みで私の居場所に気づくとは。目も良いようだ。
何とか先程は影響を受けずに済んだが、本気を出したようで精神にも肉体にもエラーが発生している。
エラーが発生した時には私が付けている首飾りに『ERROR』の文字が浮かび上がるからね。すぐわかる。
まだ耐えられぬほどではないが、このまま三分ほど見つめられていたら私もそこらの人形や人間同様魅了されてしまうだろう。
困るな。私はあのような人間と恋はしたくない。
すぐにその場から離れようと試みるが、人混みの中から出てきた外套を被った人物により、拘束された。
魅了ができなかった人間がいた時のために用意しておいた者だろう。中々に卑怯な者のようだ。
私が睨みつけると、そいつは更に力を強めた。怒っているようだ。この程度で怒ってくるということは人形というより人間の可能性は高い。
まだ断定はできないのだが。
私みたいに人間に近い人形もいるだろうし。
「……」
逃れようとしても、力量不足によって逃れられないことはわかっている。
私が大人しくしていると、ニヤリと笑った人間が登場。人形師を名乗っているあの軽薄な男だ。その笑みも軽薄さを張りつけたようで醜悪。
睨みつけたりはしない。というか、何もしない。こういう人間はそういうことをすると、すぐに調子に乗ってしまうからね。
「……悲しいじゃないか。なんで逃げるのかな?」
話しかけてきた。声音でわかる。私を自分のモノにしようという薄汚い魂胆が。
その声音は、そこらの人間や人形にとっては非常に心地よいものなのだろう。耳を立てている者が数人いるのでね。
「……」
「対話拒否か。悲しいね」
男は「仕方ない」と言った後に何故か指を鳴らした。
何をするつもりだろうか。まだまだ誰か待機させていたというのか?
指を鳴らす音は一度ではない。二、三、四、五……
その音の数と同数の何かが人混みから蝙蝠のような黒い外套を羽織りつつ、蝙蝠が獲物を狙う時のように鮮やかに踊り出る。
私は明らかにその獲物であった。
惑いながら辺りを見渡す姿は彼らからすれば、滑稽だったのだろう。外套の隙間から覗く顔は笑っていた。
……しかし、その表情はすぐに一変することとなる。
彼らとの距離は普通の人形一体分ほど……つまり、目前。
絶望的な状況で彼らの横を人間の男性が駆け抜けていくのがわかった。それを目視で捉えることができたのはきっと私だけ。
彼らの反応から察するに。それだけ速かった。
それは私のことを抱えると……
「大丈夫だったか?」
と言いながら、何か玉のような物を投げた。『閃光玉』かと思われる。投げた瞬間に光を発し、一瞬で辺りを光で覆った。
実は私は迎撃するための機能なども多く備えているのだが、そのほとんどはなるべくなら使いたくはないのだ。
かわいくないから。
私は本当にかわいくない迎撃手段は使いたくなくてね。非常に助かったよ。
「……あの、ありがとうございます」
「いや、これぐらいなら大して疲労することはない。あまり気にしないでいい」
男性は蝙蝠風外套を羽織った男の一人の猛攻を避けながら、私と会話する。
こちらを見ているのに、こうして余裕で私と会話できる。凄すぎるね。
そんな芸当が一般人にできるわけなどない。こんな人間もこの街にいたとは。
いや、旅人だろうか……?
「本当にありがとうございました。何かお礼をさせてください。できることはします」
「お礼はいいよ。本当に」
「……そうですか」
しつこい。
私のことを助けてくれた紳士的な男性のことではないよ。蝙蝠風の外套を被ったこの野蛮な男たちへの感想だ。
そいつらの接近を見て、私は内心でため息をつく。
上手くそいつらの手を振り払って人混みの中を跳躍する男性の横顔を見ながら、私はフードを外す。
そして、ゆっくりと伝わるように言った。
「……決めた。私と付き合っていただきたい」
付き合おうと思った理由はきちんとある。もちろん、顔じゃない。顔というだけなら、さっきの男でも中々によかったしな。
私はそんなことで付き合うことを決めない。
この男と付き合いたいと思ったのは、初対面の女性を何の迷いもなく助けられる点が良いと思ったからだ。
「……は? え、唐突……」
「付き合うのは……嫌でしょうか?」
さすがに唐突すぎたようだ。困惑しているのが表情と顔に浮かび出てきた汗により容易にわかる。
まあ、問題ない。最初はこんなものだろう。
『恋心』だったか。私が作られたばかりの頃に教えてもらった言葉の一つなんだよね。
彼はまだ私に対してそれは抱いていないんじゃないかな……と思ってる。
私もだよ。私も多分、抱けていないかな。言葉の意味の理解が間違っていないのであれば。
私が貴方に『恋心』を抱けた時には……貴方も私に対して『恋心』を抱いているといいな。
……彼の小脇に抱えられながらそう思った。
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『婚約指輪が消失した理由』という作品も投稿しています。そちらも読んでいただけると嬉しいです。