聖女なんていうブラックな役目から逃げよう。
ユーレンシア、ソフィー、シーリ・ヌグーイ外交官に話がある、と呼び出してもらい、私は東雲さんを連れてこの城から逃げる、皇侯貴族の思惑には乗らない、乗せられない、助ける義理もない。国民総突撃を行ってからモノを言え、と伝えた。
三人は狼狽えていたけれど、人間話し合いに何も持たず、話し合いに挑む訳ないのだ。
最終的に三人は折れた。
この国を知るソフィーを連れて行くことが条件となってしまったけれど、此方も譲歩しなければならない。
要するに下っ端のソフィーが居なくなったところで誰も気にしない、ということだ。
私はとある事を聞いた。
すると、ある、との答え。
イオナに用意して貰った下っ端メイドの服を深雪ちゃんと着て、塵捨て場にある回収者用の扉から出た。
どうやって出たか?
夜中に塵を回収に来た人が開けた扉から出た。
当然、扉を監視する内側の兵士と塵回収者たちは、すわ、何者っ!? と驚いた訳だけど、私たちの姿がメイドだと判るとホッとしたようで、一瞬気が緩んだ。その隙を突いて無力化した。外の兵士二人も無力化した。
そんな私に深雪ちゃんとイオナは驚いていたけれど、人差し指を口元に持っていき、秘密とニッコリ微笑むと何度も頷く。
塵回収者が使う道を通って城から離れる。林を抜けた先に馬車が停まっていて、ソフィーが待っていた。
「お、お待ちしておりました。どうぞお乗り下さい」
私たちは無言で頷くと馬車に乗り込んだ。
「こ、これから冒険者の集う町“ラグランジェ”へ向かいます。ラグランジェには多くの種族が集まっておりますし、聖女様のような肌の色の人も遠い海の向こうからも冒険と強者を求め訪れるのです。だから紛れるには良いかと」
「それは安易な考えね。そんな人種の坩堝なら、そこに紛れ込む、なんてことは誰でも真っ先に思い付くはず。それを敢えて向かう理由は?」
「はい。ソージュ様の仰られた事は間違いありません。ですが、冒険者はいつ何処で死んでもおかしくありません。幸いとは言ってはなんですが、ソージュ様のお名前は誰も知らないのです」
「でも、深雪ちゃんは知られているわよね」
「あ、私、シンシュエ・トーウンって答えました。なんだか、その、胡散臭いし、気持ち悪かったので本当の名前は言わない方が安全かなって」
頭が良い判断だ。
私はヌグーイ外交官とユーレンシア、イオナと目の前のソフィーには、名乗っても良いと判断して、名乗った。
何を根拠に判断したかといえば、ヌグーイ外交官もユーレンシアも聖女召喚をまったく知らなかったからだ。
「あの……ポテンシアの光板は知らべられなかったのですか?」
「えっと……王配も皇太子も側近も、大召喚師もその他の偉い人も、私を聖女だって決め付けていたし、口頭で申告したら納得されて……」
「あんな状況下で冷静だったわね」
「あ~、私、チートもイケメンにも興味無くて、過剰な承認欲求も無いんで持て囃されてもウザいだけで、醒めちゃいます。パニックも一周する内に冷静になってきますよ。それよりも皇太子たちが気持ち悪くて仕方が無かったんです」
自分が微笑んで触れれば歓ぶとか、惚れるとか自惚れてるんだろうなぁ。
「それに皆、私の事を聖女、聖女って。だから本当の名前を教える意味も無いなって思ったんです」
「あの方たち、下の者を同じ人間だと思っていませんから。路傍の石、草、花の名前や形なんて覚え無いですから。此方に着替えて下さい。駆け出しの冒険者の装備一式です。それでメイド服や僅かな持ち物は引き裂いて、小物は露天商や闇市に流します」
召喚時に流れで私を無視しようとした人の言葉は説得力がある。まぁ、言わないけど。彼女も命を失っても構わないと召集された一人だ。疲労困憊で判断力の低下した彼女を脅したことで溜飲溜飲を下げた。
「逃げた先で魔物に殺されて、もしくは盗賊に捕まった、人買いに売られた、事にするってことね」
「はい。それにラグランジェに皇族も仕える者も行きませんから」
「冒険者の法や暮らし、礼節とは相容れないんです。そもそも皇族をまつろわぬ者たちなんです」
ソフィーの逃亡策に私が答え、ソフィーとイオナがその理由を語る。
「理由は統治する者たちを尊ぶことが出来ない、支持できない、という理由ですね」
狭い馬車の中、身を縮めて着替える。
イオナはリュックと筆記用具。サポーターや記録、マッピング担当。
深雪ちゃんはキャメル色のフード付きローブ、木枝を整えただけのタクトとスライムでも解る魔導書で駆け出し魔導士。
私はヒーラーというかエンチャンター(バッファー)の初期装備という白いワンピースにフードケープに木製のロングロッド。
「バランス悪くない?」
「良いんですよ。私の召喚獣で暫くは雑魚狩りで皆さんの経験値を上げです」
――最初は様子見かな。塵回収者と兵士3人は速攻の不意討ちだったから、強さなんて判らなかったし。
私自身も錆びついた戦闘感というものを磨き直さないとならない。