「逃げよう」と「頭の痛くなる話」
「東雲さん。よく聞いて」
私は彼女の背中を擦り、落ち着かせながら言葉を紡ぐ。
「このままだと東雲さんはこの世界の為に命を賭けて、瘴気とかその元凶を退治させられるわ。国民の税金で衣食住を保障しているのだからと、それが義務だと。戦場の最前線に送られるわ。それが一つの道。王子と結婚させられて、この国の児となった貴女の子供が、聖女の力を宿していたら、その児が勇者、もしくは聖女となって戦う運命を背負わされる」
「そ、そんなどっちも嫌です」
「そうね。それが正しい。私は聖女じゃないと判断されたからか、保護はしてもらえない。早晩、殺されるか、生還する者はいないとされる森とかに放逐されるか……。どちらにしろ碌な事にはならないでしょうね。だから、その前に城から逃げようかと思うのだけれど、東雲さんはどうする。逃げても生活の保障はないわ」
希望を無くした弱々しい表情で私を見る東雲さん。
中学3年なら親の手伝いがバイト代わりの小遣い稼ぎの手段だ。
この世界の基準なら働いていてもおかしくは無い。
その価値観を基準に、東雲さんに当てはめて、何かしらを強いるだろう。
「千羽さん……私、まだ中学生で、バイトもしたことありません……けど、家族を殺した人たちの為に使われたくありません!! だから、私も連れて行って下さい!!」
「あとで後悔して泣き言や恨まないでね。日本での生活基準は満たせないわ。食事もお風呂も寝具も家も」
「……涙しちゃうかも知れません。でも意地でも生にしがみつきます。死にたくないので」
「じゃあ、決まりね」
そうと決まれば早速あの外交官と召喚師、その妹とお・は・な・し♪しないと、ね。
■
「クロヴィス……やってくれましたね。アヴェン、オルドー、キンブリー彼らも皇太子の接近だからと最近は図に乗りすぎだ。目に余る。で? 異世界の女性と少女は生まれた世界、国に還せと? 当然ではあるな。異世界の民を犠牲に自分たちを喚んだのだから、この国の民を贄に還せ、と……これも至極当然ではあるな」
皇配と皇太子と成ったばかりの夫と息子に国を任せ、外交官とともにフルール中立地に在るフルール国際会議場での会議に出席する為だ。
会議が終わり、貴賓室で感情を鎮め、意見を整理している時だった。
王太子が王配を唆して、聖女召喚の儀を執り行ったという知らせが入ったのは。
そして今、国への帰路についている。
「で、あるが、人としてのその感情は理解出来る。だが、一国を治める女皇としては到底是と言うわけにはいかぬ。で、彼女らは城に逗まっておるか?」
「聖女様のお一人に付けた私の弟子の報告では、城の下働きに扮して城を出た、と。聖女様が『私の顔をまともに見なかった連中が私を覚えているはずかない』と」
「では、もう一人の少女は残ったのか?」
「いえ。それが、聖女様はシリーヌ外交官と召喚師ユーレンシアを脅――脅は――説き伏せて協力させ夜陰に乗じて城から逃げた、と」
頭が痛くなった。召喚して無視をした挙げ句、顔を覚えていなかったとは失礼にも程がある。
「しかし、シリーヌ外交官と召喚師ユーレンシアの二人が何もせず、引き止められず、城から逃す手助けをしたとは考えられぬ」
「聖女様のお言葉ですが、『異世界から召喚された者――余所者が救国の乙女であっては、女王陛下、この国の権威失墜してしまう。それなら、聖女――東雲さんに王太子と結婚、または王太子の愛妾として子を産ませ、その子を勇者なり聖女にすれば、“この国の”という体裁は守れる。あー……私? 私には適当に伯爵位の見目麗しい男子を充てがってれば文句言われないだろ、とか、ね。王太子を充てがうのも、見目麗しい男子を与えて郷心がつかない様にしようって魂胆ね』、だそうです」
あぁ……聖女は良く解っている。我ら皇侯貴族たちの考えを。
聖女の言う通りだ。女など見目麗しい男と贅沢をさせていれば歓ぶと、考えている皇配や自身が整った容姿だと
自覚している王太子や、それを理解している王配派貴族の考えそうな事よ。
そうした考えは相手を下に見ている証拠である。
「まさに聖女様の仰られた様な内容の秘密会議が皇配殿下、女神シルナリフィ教の司祭、モリー侯爵、ピージオン伯爵、ショアディパー財務大臣で行われておりました」
見事に夫の心の友という奴らばかりで草も生えぬわ。
「それで? テイア、お前の弟子とシリーヌ、ユーレンシアの家族の身の安全の確保は出来ておるか?」
「はい。イオナから報告があり、直ぐに。聖女様方の逃亡はアルマ家が援護致しました。ついでにクロヴィス殿下がお気に召した聖女様に付けられたメイドたちの家も」
「で、あるか。それならば良い。テイア。お前から見て聖女たちの人柄はどうか?」
「礼節には礼節を、無礼には最大の嫌悪と侮蔑をもって応じる方々と見受けられます。彼女たちの文化、歴史、礼節を理解し、敬い、守るならば、彼女たちは受け入れてくれるでしょう。しかし、それらを軽く扱い蔑ろにし、改変してやったもの、それが正しいと宣えば、彼女たちは差別では無く激しい拒絶、嫌悪を抱きます」
「我が夫はこんなにも莫迦だったか? 息子は礼儀知らずであったか? まったく……何をやっているか……。第二皇子も皇女も居る。クロヴィスを皇太子から外す。奴には武具を持たせ、側近どもと旅立たせろ。自らの行いは自ら拭えとな。旅の資金は一人300エレアも有れば十分だろう。あとは魔物を狩って素材を売るなり、加工して武具なり作れば良い。まぁ、要するに流刑よ。夫は貴賓を丁寧に饗す為の豪華な部屋にでも招いてやれ、良い女が待っているとな」
良い女。鉄の乙女の抱擁か、それとも夫が掘られて女にされるか……それは部屋の主の趣味によるな。さて、当番はどちらだったか。
「畏まりました」
一羽の鳥が飛んでいくのを見送る。