06:騎士見習い
✳ベルトラン視点に戻ります
メリザンシヤに言われた通り、少しの間だけ城門の前で待っていると、王城の方からこちらに呼び掛ける慌しい声が聞こえてきた。
「すみません!! お待たせしました!!」
視線を向けると、そこには――軽鎧を身に着けて弓を背負う少女らしき姿があった。
可愛らしい顔立ちと、陽に照らされて燦然と輝く亜麻色の髪が最初に目に付く、元気一杯といった様子の少女だ。
その軽妙な足取りや小柄な体躯も相まって、どこか小動物を思わせるような、純真さに満ち溢れている印象が強い。
「…………はは」
オレは思わず、乾いた笑いを吐いてしまった。
監視と言うからどんな奴を寄越すのかと思えば、その人物は……あまりに若い。オレの隣にいる少年より少し上で、謁見の間で会った第二王女と同い年程度だろうか。
小規模の魔獣討伐とはいえ、“新人”の教育実習にそんな現場を選び、あまつさえオレに役目を押し付けるとは、あの女の神経は一体どうなっているのかと首を傾げそうになる。
とりあえず、目の前の少女に確認しておくことにした。
「お前がメリザンシヤの言っていた監視役か?」
「はい、“銀閃射手隊”に所属するフェリシティ・マナドゥといいます。フェリスと呼んでください、よろしくお願いします!」
「……銀閃射手隊? ……ああ、例のやつか」
メリザンシヤが実験的に発足した、弓兵のみで構成された少数精鋭の部隊――だっただろうか。噂ではまだ数が揃っておらず、最初の一人は成人にも達していない騎士見習いの一人だと、賭博場で酔った兵士から聞いた覚えがあったが……
(まあ、何でもいいか)
姉弟子がどういった趣味でそんなものを作ろうとしているのかはまったく興味がないので、俺は深く考えないことにした。
「あの、これから魔獣討伐に向かうんですよね。他の方々は……」
少女、フェリスがきょろきょろと周囲を確かめる。後ろに括られた亜麻色の髪を尻尾のように揺らしながら、自分たち以外の人影を探しているようだ。
どうやらメリザンシヤは監視に対しても詳細を省いたらしい。
「残念ながら、パーティは最低最悪の魔術師一名と、その従者である案内役の少年だけだ。今日はよろしくな、フェリシティ・マナドゥ」
「えっ、僕は従者じゃ……」
少年の抗議の声を無視して、オレは懐から結晶体を取り出す。
「センピオール蒼林までは“これ”で移動する。メリザンシヤが寄越した魔封具だ。魔封具は知ってるな?」
「あっ、はい! メリザンシヤ様から教わりました。魔術を封じて、誰でも使えるように設計された道具、ですよね」
「そうだ、大体合ってる。見た目より話の解る奴だな」
「?」
オレの嫌味が通じていないのか、フェリスはきょとんと首を傾げる。
正確には、魔術師が自分のもっとも得意とする熟練の魔術を圧縮し、結晶化したものだ。
相当の魔術の熟練度と圧縮技術に対する高い理解を持たなければ実現せず、これを作れるものは一流の魔術師である証拠とされている。
メリザンシヤは空間魔術を得意とするために、この魔封具はそのまま空間移動の魔術として使用者を問わずに扱うことができる。
「魔術を……封じる?」
隣で聞いていた少年も同様に首を傾げる。フェリスと違い、こちらは魔術に対する理解がないことから来る疑問だろう。
それを見たフェリスが、なぜか身動きを交えて説明する。
「うーんとね、こう、魔術をぎゅううぅってすると……この結晶みたいな形になるらしいよ」
「なるほど……?」
少年はまだ完全には把握できていない顔だが、とりあえず頷いている様子だった。
子供二人のやり取りは無視して、オレはさっそく結晶体を空間に固定する。
「あの女――メリザンシヤが大陸に設置した転移地点は大体覚えてるが、少年から聞いた村の位置だと少しだけ歩く必要がある。そこまで徒歩で移動して、村に到着したら周辺に魔獣を見つけ次第、さっさと倒して安全を確保する。何か異論はあるか?」
大雑把なオレの作戦説明に対して、しかし、フェリスは気にしていないのか、握り締めた両手を胸の前に持ち上げて意気込んで見せた。
「はい、大丈夫です! 魔獣相手なら何度か実戦を経験しているので!」
「そうか。オレも、そう言って死んでいった奴の無様な姿を何度か見たことがある、が……ん?」
ふと、フェリスの片手に視線が移った。
矢を番える時の籠手代わりなのか、その手には黒の手袋が装着されていた。一瞬だけ見えた手の甲の中央には、おそらく――魔封具の結晶体が飾られているという、中々お目に掛かれない代物だ。
(これもメリザンシヤの魔封具か? 用途については大体の察しは付くが)
再度、フェリスの軽装に視線を移す。
弓兵らしい身軽な装備、やや使い込まれた形跡のある銀をあしらった弓、そして……それだけ。少女の装備には足りないものが一つあった。矢だ。
弓兵が弓だけを持って肝心の矢を忘れるなんて度が過ぎる間違いを天然で犯していない限りは、おそらく、少女の身に着けているそれが――矢筒の代わりになるのだろう。
もしも本当に少女が矢筒を忘れているだけなら、それはそれで指差して大笑いできるからお得だ。
「あの、どうかしましたか?」
オレの視線に気付いたフェリスが、大きな青い瞳でこちらを覗く。
「いや、何でもない。それじゃ、そろそろ向かうとするか」
宙に固定していた魔封具に意識を向ける。
魔封具の使用には魔力も、長ったらしい詠唱も必要ない。基本的には魔術の名称と短縮された命令句さえ口にすれば、誰でも使用することができる。
あえてややこしく設計する魔術師もいるが、大体はそこに拘らず、魔術の精度に注力する者が多いだろう。
オレはメリザンシヤが設置した転移地点を想起し、その情報とともに魔封具に命令を発する。
「空間魔術――〈飛躍〉、起動」
その命令を口にした瞬間――宙に浮く魔封具を中心にゆらゆらと空間が歪み始めて、次には――真っ黒な虚空の渦が急速に空間を広がった。
岩場に空いた洞穴のような、人一人分を優に飲み込めるほどの大きさに広がった虚空を前にして、二人が驚きの声を上げる。
「あ、あの、これ、大丈夫なんでしょうか」
「安心しろ。この歪みを通り抜ける前に魔封具が壊れるなんて不慮の事故が起きない限りは、五体満足で向こうに着ける」
「ふ、不慮の事故……」
それを聞いた少年の顔が次第に青褪めていく。想像している光景は、おそらくオレの予想と同じものだろう。
しかし、こればかりは冗談ではないので訂正するつもりはない。現地点と向こう側を繋いでいる魔封具に不具合が生じた場合、行き来する人間の通過状況によっては、身体の半分をあちらとこちらで分割する――なんてことも、十分にあり得る。まあ、そんなことは滅多に起きないはずだが。
「オレが先に通り抜ける。合図が聞こえたら、お前たちもついてこい。気を楽にして渡った方が案外、安全かもしれないぞ?」
オレは振り返らずに、二人に手を振りながら――さっさと虚空に足を踏み入れることにした。
驚愕する少年と少女の声を背後に置き去りにして、オレは視界いっぱいに迫る深淵の中を潜った。




