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遅延特化の陰険魔術師(ベルトラン)  作者: 伊佐木ソラ
第四章 錬金術の国

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16:エピローグ 1/3


「…………」


 静まり返った執務室の中で、書棚に囲まれた来客用の椅子に腰を下ろす。


 冒険者組合が管理する建物――寄合所(ギルドハウス)。外の喧騒と隔離されたこの場所で、オレは部屋の主を待っていた。


 ――あれから、目覚めたシルヴィを王城まで送り届けた後、オレはどこへも寄ることなく、まっすぐここまでやってきた。


 報告したい相手と一向に連絡が付かず、代わりとして、ある人物に言伝(ことづて)を頼もうと思ったからだ。


 しばらく待ち続けていると、部屋の入り口から物音がして、すぐに扉が開かれた。


「げっ、ベルトラン……あなた、戻ってきたんですか」

「……よう」


 オレの顔を見るなり、心底嫌そうな表情で入ってきたのは、冒険者組合の職員であるアシュドだ。

 男は倦怠感を(にじ)ませた歩き方で、のっそりと自分の席に着く。


「勝手に入るなとはもう言いません、何度も言うのは疲れましたし……で、今度はどんな厄介事ですか」

「いや、伝言を頼みたいだけだ」

「……伝言?」


 返ってきた言葉に、くたびれた様子で座っていたアシュドが眉を寄せる。

 そして、オレをひとしきり見つめながら口を開く。


「こんなことを私が言うのもなんですが……何かあったんですか? ベルトラン、あなた死にそうな顔してますよ」


 その問いに一瞬、姉弟子の最期が脳裏(のうり)を過ぎったが、オレはそれを答える気にはなれなかった。


「……リディヴィーヌへの伝言を預かってくれ。重要なことはシルヴェストル王に(しら)せてあるからそこを経由して知るとは思うんだが……なぜか連絡が取れなくてな」

「はあ、私を介する必要があるのか(はなは)だ疑問ですが、良いでしょう。どんな内容ですか?」


 納得していない表情で、渋々と頷くアシュド。


「オレは〈神聖なる霊森(れいしん)〉に用事ができた、しばらく顔を見せられないかも知れない。そう伝えてくれ」


 用件を済ませたので、オレは立ち上がって入り口に(きびす)を返す。


 それから、ため息が聞こえる背後に向けて、もう一つの用件を伝えておく。


「それと以前、魔獣の襲撃があったセンピオール蒼林(そうりん)の村に人を向かわせてくれ。信奉者の証言によれば……行方不明になっている住人が大勢いるはずだ」

「……? センピオール蒼林の村、ですか?」


 オレの語調から冗談の類ではないと察した様子のアシュドが聞き返す。

 入り口を向いたまま頷き、そして、オレはこじんまりとした執務室を抜け出した。




 寄合所(ギルドハウス)から城下町までの道を抜けて、路地裏を通る最中――


「……こそこそと後を付いて来るな、ネズミを飼った覚えはないぞ」


 背後に感じた複数の気配に声を投げ掛けて、オレは足を止めた。


 昼下がりの陽光を(さえぎ)る、隣接した建物の群れが織りなす影に身を置きながら、背後を振り返る。

 すると、


「――こそこそというつもりはない。ただ、あなたがこちらの意図を()んで人の往来を避けてくれると信じていただけですよ」


 無感情な声音とともに、物陰から金髪の青年が姿を現した。


 たしか、シュブリエ・グランポルカ――〈制裁(せいさい)の術師団〉に所属する、審問魔術師だっただろうか。


 続けて、一人、二人、四人……と、どこに身を潜めていたのか、青年の後ろからぞろぞろと出てきた、魔術師らしき影の集まり。


 パッと見で十人ほどはいるそいつらを眺めながら、オレは肩をすくめる。


「メリザンシヤの件か、耳聡(みみざと)い連中だ。だが悪いな、今回ばかりはハッキリとオレの仕業じゃないと伝える。無論、今までの事件もオレは犯人じゃないがな……そして、この言葉が理解できないようであれば、少しばかり強引に伝える必要もあると……そう考えてもいる」


 路地裏の暗がりで判然としない相貌(そうぼう)を見回しながら告げて、最後に、中央に立つ青年を見据(みす)える。


 オレと目が合ったシュブリエは、しかし、一切の感情が(うかが)えぬ顔で口を開く。


「これで四件目。あなたが偶然と言い逃れするのも、標的にされていると主張するのも勝手ですが……どちらにせよ、審問所まで我々と同行した方が身のためだ」

「断ると言ったら」


 皮肉でも何でもなく、ただ億劫(おっくう)な気分を引きずるようにしてそう問うと――シュブリエの目がスッと細められた。


 踏み出す一歩が、地を伸びる影をジリッとにじり潰した。

 そして、静かな声が路地裏に響く。


「……我々は聖女ルグリオがもたらした“天啓(てんけい)”によって生を謳歌できているといっても過言ではない。

 一度目の失敗は、そんな偉大な人を暗愚(あんぐ)どもの手に掛けさせてしまったこと。そして二度目の失敗は……今日。ルグリオの娘であるメリザンシヤさえも、看取(みと)ることすらかなわず失ってしまったこと」

「…………」

「同じ弟子であろうと、情の一つも持たないあなたには理解できないでしょうが……我々は、彼女が殺された現状に激しく(いきどお)っている」


 段々と鋭さを増していく言葉と気配、そして……詠唱の予備動作である青白い光が、魔術師たちから次々と漏れ出ていた。


 シュブリエに至っては、指先から水を(したた)らせている。何らかの攻撃手段であることは容易に察せられた。


 そうして身構える連中を見据えながら、オレはやるせなく首を振る。


「……言ったよな。さっきの言葉が理解できないなら、強引に伝えると」


 片手を前方に持ち上げつつ、オレも仕方なく、身構えることにした。


「そちらが魔術を唱えれば、〈禁忌と制裁〉の規律に従い、あなたをここで制裁します」

「人混みを避けたとはいえ、周囲は民家だ。規律を最重視するお前らがそれを破るつもりか?」


 人気の少ない路地裏を選んだものの、少し離れた場所からは子供たちの(たわむ)れる声が聞こえていた。


 当然、家屋の中には住人もいるだろう。そんな場所で、こいつらが戦闘を行うとは到底思えない――そう予測していたのだが、


「〈殻に留まらず(フォーラス)()空に放た(アペリーレ)れよ〉」


 青年の背後に立つ魔術師が速やかに詠唱を終えて、地面に手のひらを置いた。


 途端(とたん)、その魔術師の足元から――防御結界の青く薄い皮膜が伸び始める。


 瞬時に地面と周囲の建物をぐるりと(おお)っていく、半透明の防護膜。見たことのない防御結界の応用に、オレはしばし様子を窺った。


 シュブリエが隣の魔術師に目配せして、次にこちらを振り向く。


「知っていますか、防御結界を外側に展開すると、己を内側に囲う結界よりも範囲と強度が増幅することを。

 ……魔術の理念に従えば、思考や感覚の働きを他者へと向ける効果はより魔術――言葉の本質に近いからだと推測されています」

「ご高説どうも。だけど安心しろ、オレはただ遅延魔術を唱えるだけだ――」


 そう言い終えて、次の瞬間――お互いの口元が詠唱の始めをそらんじる。


 魔力の流れが入り乱れる路地裏に、一際素早い魔術が光の文字群を浮かばせて――しかし、


 イキキィィィーー!!!


「……っ!?」


 突然、頭上から聞こえた動物らしき甲高い叫び声に、向かい合うオレと魔術師たちが同時に動きを止めた。


 放棄された詠唱が宙で青白い光を分散させて、路地裏を伸び広がる。


「…………」


 数秒、お互いの視線が拮抗(きっこう)するも……先んじて顔を上向けたのはシュブリエだった。

 そして、その表情が驚愕に凍り付いた。


「――っ、魔獣!?」

「なっ」


 オレもまた顔を上げる。


 路地裏の上方――建物と建物の隙間に、子猿のような姿の生き物がたしかに張り付いているのが見えた。


 即座に魔獣だと分かったのは、子猿らしきそれの腹部が、異様なほどに赤く膨れ上がっていたからだ。


「なぜ、魔獣が侵入し――」


 魔術師たちから狼狽(ろうばい)する声が上がるのもつかの間、子猿の魔獣が、建物の隙間から真下へ落下してくる。


 そいつはオレとシュブリエの中間に着地して……くるりと、オレの方を振り向いた。


(……っ、なんだこいつ)


 間近に見えた子猿の顔は、まるで気の触れた人間のように原型を保てておらず、両目が左右別々に(せわ)しなく動き続けていた。


「イキキッ♪」

「――!?」


 次には、信じられないことに馴れ馴れしい動きでオレに近付いてくる魔獣。


 その動きもまた、あたかもオレの飼育動物であるかのような仕草をしており、おぞましさから魔術を唱えそうになって、


(……待て、こいつの狙いはなんだ)


 足元ににじり寄ってくる子猿の魔獣を見下ろしながらも、違和感を覚えて攻撃を中断する。


 振る舞いがあまりに露骨すぎた――まるで、この場で今すぐにでも殺して欲しそうな、そんな誘導が感じられたのだ。


「……ベルトラン、まさかあなたの仕業か」


 案の定、シュブリエの鋭い視線がオレを()め付ける。周囲の反応も……これを仕向けたやつの狙いだろうか。


 子猿の魔獣が首を(かし)げながら、どでかい腹をガシガシと掻く。

 再度、魔獣の気味の悪い姿が視界に入り、オレは思わずシュブリエに反論してしまう。


「冗談も大概(たいがい)にしろ、大金を積まれたってこんな化け物――、っ!?」


 ――パァン!!


 ……オレが反論を終えるよりも先に、突然、子猿が内側から破裂した。


 腹部に溜めていたであろう大量の血液が路地裏を飛び散って、防御結界の上を満遍(まんべん)なく赤に染め上げた。


「チッ……何ですか、これは」


 両腕で顔を(かば)ったシュブリエが、苛立たしげに口を開く。


 さっきの瞬間を振り返っても、外から攻撃された様子はなかった。見たままの通り、子猿の魔獣がいきなり自爆したのだ。


 オレと相対していた魔術師たちも困惑から構えを解いており、状況を把握しようとする声がちらほらと聞こえるほどだ。


 そんな、混沌とした路地裏を――更なる混沌が動き始める。


「おい見ろ、血が――」


 ふと、地面や建物に飛び散っていた大量の血液が、ずるり、と剥がれるようにして一箇所に移動し始めた。


 奇妙な動きを(ともな)い、血液が地面の一箇所に寄り集まって、水溜(みずたま)りが半球状に、半球状が――浮かび上がって完全な赤い球状へと変化した。


「なんだ、これ」


 ぷるぷると揺れていたそれが、次第に凝固していき、次の瞬間には――内側から発された光とともに、何かの映像が投影される。


「……?」


 映像には人間が二人、確認できた。


 小さなどよめきの中、しばらくすると、映像が少しずつ正確になっていく。

 そして――


「――――な」


 赤い水球にハッキリと映し出された光景に、この場の全員が言葉を失った。


 映像には……地面に倒れ伏すリディヴィーヌと、死者の群れの中で悠々と座するフォルトゥナの姿があった。


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