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遅延特化の陰険魔術師(ベルトラン)  作者: 伊佐木ソラ
第一章 鋼花の国

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6/65

05:間章

✳視点変更します


 ――――草木が生い茂る森の中に、地面を(えぐ)る大きな穴がぽっかりと空いていた。


 奇妙なその穴は驚くべきことに広場ほどの大きさだったが、しかし、何者かが掘ったというわけでもなく、空から落下してきた何かが衝突して作られた穴というわけでもない。


 どういった過程でこんな穴ができたのか、詳しくは知らないが――その中央に(しつら)えられた“魔術装置”が諸々の原因だということくらいは、貴族から頭が悪いと散々にコケにされてきた自分でも理解できた。

 名を、〈真理の器(ヴェリテス・ノルム)〉と言うそうだ。


「…………」


 円状に穿(うが)たれた穴の中心に沈むように設置された、その魔術装置に視線を向ける。


 〈真理の器(ヴェリテス・ノルム)〉について噂に聞いていたものは、どれも『地獄に繋がった門』だとか、『怪物を生み出す怪物の口』だとか――そんな抽象(ちゅうしょう)的で陳腐(ちんぷ)な表現に完結したものばかりだった。


 なにせ、地上を蹂躙(じゅうりん)し……都市や国一つを滅ぼした魔獣そのものを生み出す装置だ、おぞましいというだけの認識が共通するのは致し方ないだろう。

 自分もまた、実物を見るまでは、そんなものなのだろうと納得していた。


「…………ハハハッ」


 ――――結果として、その認識は間違いではなかった。ただ一つだけ、付け加えるならば……想像の十倍はおぞましいものだった。

 冒涜(ぼうとく)とは何なのかと問われれば、迷わずそれだと指差せるほどに、眼前にある装置は異様だった。


(こんな、とんでもない代物を大陸中に拡散させたのか……魔女アリギエイヌスは)


 それは一見して、巨大な花のようにも見える形状をしていた。

 内側を囲んで(うごめ)く六つの錆色(さびいろ)のそれを花弁と呼び、(あや)しい半透明の粘液に満ちた中心部分の(くぼ)みを芯と例えていいならば、花だ。


 植物を()したつもりの、気味の悪い芸術の一作品――装置の外観だけを注視していれば、そう強引に納得できただろう。

 ふと、足元を見る。


「…………」


 ――――肉。泥に(まみ)れた肉が、穴の中の至るところに吐き捨てられていた。

 それは形を作ろうとして、失敗したまま、〈真理の器(ヴェリテス・ノルム)〉の窪みから()い出てきた――獣の成り損ないであった。


 過去に獣の血と肉片が散乱している光景は屠畜(とさつ)小屋などで見たことはあるが、しかし、その逆の――殺すのではなく“生み出す”という形で、骨を覗かせた肉片が辺り一帯を埋め尽くす異常な光景は、生まれてこの方、一度だって目にしたことはない。


 馬、熊、狼……それらは見覚えのある種類の断片であったり、(わに)の成り損ないのような口や、巨大な猛禽(もうきん)の翼の失敗作だったりと、いっそ豊富なまでの命の群れが際限なく捨てられていた。

 まるで、とある形を作ろうと試行錯誤(さくご)しているかのように、ひたすらに。


「…………」


 ここにある、この魔術装置だけが特別なのか、それとも、大陸中に散りばめられた装置もまた同じような様相を(てい)しているのか。

 とにもかくにも、生み落とされて未だ――獣としての役目を果たさんと蠕動(せんどう)する肉の集まりに視線を向け続けるのは、精神的に良くない。


 正常な理性を持つ人間ならば、こんな異常が(せき)を切って溢れ出たような場所には、いるべきではないだろう。

 そう、正常な理性……を持つ人間、ならば。

 …………


(…………、…………なんで俺は、こんな場所で…………こんなことをやる必要があるんだったか)


 不意に、思考が行き先を見失いそうになり、慌てて首を振る。


「……そうだ」


 自分の為すべき目的を思い出して、懐から“ある物”を取り出した。

 ぼんやりと霞が掛かってきた頭の中で、なぜか、その目的だけは、鮮明に思い出すことができた。


(そうだ、そう……俺は、報復しなければならない)


 強く、それを意識する。

 例えば、俺を殴ってきたあの男に。

 例えば、俺に屈辱を味わわせてきた貴族たちに。

 例えば、俺の大道芸の相棒だった愛犬を蹴り殺した冒険者の連中に。

 例えば、あの女に、例えば、あの老人に、例えば、あの酒場の店主に。

 例えば、例えば、例えば――――


 例えば、こんな救われない世界を良しとした、あの――――リディヴィーヌとかいう魔術師に。

 俺は報復しなければならなかった。


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