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遅延特化の陰険魔術師(ベルトラン)  作者: 伊佐木ソラ
第四章 錬金術の国

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11:メリザンシヤの過去


 後悔だった。

 それは、泣かなかったという後悔。


 誰に禁止されていたわけでもない。悲しいのに、仏頂面(ぶっちょうづら)のまま泣かずに強がる私を抱き締めて、たった一度、“涙を流してもいいのだよ”と教えてくれた母の温もりを余すことなく受けながら、なお泣くことができなかった。


 そんな自分の、下手糞な生き方に対する――途方(とほう)もない後悔が、今も、私という全身にこびり付いていた。

 



「おや、メリィ、来ていたのかい。もう夕食は食べたかな?」

「…………」


 祭壇の前で、振り返った母が優しく尋ねる。

 父アダムの訃報(ふほう)から数日後、聖堂は相変わらず――いや、以前よりも多くの信者が救いを求めにやってきていた。


 母――ルグリオの“神託(しんたく)”を聞くために毎日のごとく、足を運んで来ているらしい。


 魔女とその信奉者(しんぽうしゃ)たちがもたらした戦渦(せんか)によって混迷する世界情勢に……行き場のない不安を覚えた人々が、こうして日夜を問わず、母に〈言葉の女神〉マナヴェリアの声をせがんでいるのだ。


「メリィ?」

「…………」


 私は母の言葉に答えずに、じっとその顔を見つめ続けていた。


 痩せこけた頬と、目の下に沈む濃い影。鮮やかだったその紅い髪は()く暇もないのか、乱れた毛束が色褪(いろあ)せながら首筋に垂れていた。


 預言の儀式は体力の消耗が激しいと、側近の者が言っていたのを思い出す。


 しかもそれは正確に聞こえるものではなく、集中して、意識を()()ましてやっと、一つの問いの答えが聞こえてくる程度のものだと、過去に母が冗談交じりに教えてくれた。


「…………」


 見れば、母の体力が限界に近いのは明らかだった。あと一日も続けようものならば、過労で倒れてしまってもおかしくはない。


 にも関わらず、信者たちは列を成して聖堂に押し掛けていた。己の不安を(まぎ)らわせるために、母の憔悴(しょうすい)した姿など一瞥(いちべつ)もくれずに。


「…………どうして」

「? メリィ?」

「……どうして、お母様は頑張るの」


 首を(かし)げる母に、私はそんな取りとめのない疑問をぶつける。


 ――最愛の人を失ったばかりなのに。友人にも裏切られて、護るべき居場所はもうどこにもないのに。


 預言の儀式だけじゃない、魔女の討伐(とうばつ)作戦にも母は協力しているという。聖女を支持する魔術師たちが一方的に担ぎ上げて、母の能力で全てを解決させようとしているらしい。


 私には分からなかった。なぜ、そんな無関係な人たちのために、命を削ってまで頑張ろうとするのか。


 母の想いが分からない。そんな疑問を正直にぶつけると、


「――誰かを助けられる力があって、それを使わないのは意地悪だろう?」


 そう言ってやはり、母は優しい眼差(まなざ)しを向けて、私の頭を撫でた。


「アダム――お父さんも、たくさんの人を護るために戦っていたよ」

「…………違う」

「え?」

「……お父様は、お母様のことを護るべきだった。他の人なんて知らない…………お母様だけを、護るべきだった」

「…………」


 (うつむ)く私に、母が(かが)んで目線の高さを合わせる。

 そして、ふわりと――温もりが私を包み込んだ。


「……感情の表出が下手なのは私譲りだね、メリィ。……――辛かったら泣きなさい、うんと泣くんだ」

「…………」

「泣くことは弱さじゃない。自分のために泣くことも、誰かのために泣くことも……それは苦しさを乗り越えるために必要なことだよ」


 真剣な声音でそう(さと)す母。私を抱き締める両腕は、子供の自分でも驚くほどか細かった。


 それでも、言葉から、温もりから伝わってくる母の魂は――どんな鋼よりも固く、何ものも(おか)しがたい純真さに溢れていた。


 しばらくして、母が私から腕を離すと、その首に吊り下げていた飾りから一本の鍵を取り外す。


「……どうして頑張るのか、だったね。そうだねえ……私が魔術師だから? あとは――」


 ふと、私の俯く顔をゆっくりと持ち上げる手。

 上向く視線が(とら)えたのは、幼いながらに一度も見たことはなかった――母ルグリオの美しい笑顔だった。


「メリザンシヤ、あなたを護るために。あなたのいる未来が、あなたの住まう世界が――優しい居場所であり続けるために」


 そう言って、ゆっくりと、手の内に握っていた鍵を私に差し出す。


「本当に護りたいものを見つけたときは、〈神聖なる霊森〉という場所へ向かいなさい」

「……?」

「今はまだ、難しい話かもしれないね。だから、あなたが大きくなった時にもう一度、思い出してほしい」

 

「メリィなら、誰かを護る騎士のような――立派な魔術師になれるさ」


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