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遅延特化の陰険魔術師(ベルトラン)  作者: 伊佐木ソラ
第四章 錬金術の国

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10:休息


「シルヴィ様、この辺りで休憩しましょう」

「……ええ、ありがとう、メリザンシヤ」


 弱々しい声で(こた)えたシルヴィが、メリザンシヤの介抱を受けながら地面に腰を下ろす。


 額に汗を(にじ)ませて、浅い呼吸を忙しなく繰り返す王女の様子はとても歩行を続けられるようには見えない。メリザンシヤの判断は正解だろう。


 通路を抜けた先の開けた区画で、念入りに周囲を警戒するメリザンシヤの提案によって、オレたちは石造りの床の上で各々休憩することとなった。


「とりあえず、周辺に魔獣はいないみたいだな」

「…………」


 二人と離れた場所で腰を下ろすオレの(つぶや)きに、メリザンシヤは無言。


 元より口数の少ない姉弟子だが……さっきの失態(とメリザンシヤが思っていそうな事故)をまだ(かえり)みているのか、普段の圧のある態度は鳴りを(ひそ)めていた。


 そのメリザンシヤは、シルヴィの隣で正座をすると、


「どうぞ横になってください、シルヴィ様」

「…………うん」


 慣れた手付きで王女の肩を引き寄せて、次には自分の膝――正確には太ももの上にその頭を寝かし付けた。


 王女に余力のあった数時間前ならば顔を真っ赤に抵抗しそうな体勢も、今は落ちかけの(まぶた)を持ち上げるので精一杯らしく、すんなりと膝枕を受け入れていた。


 いつもそうしているのか、髪を()くようにして王女の頭を撫でるメリザンシヤ。


 そうして穏やかな沈黙が続き、やがて……空間にシルヴィの寝息が聞こえ始める。


「…………」


 シルヴィが眠りに()いたのを確認すると、メリザンシヤが小さな声で空間魔術を唱えた。


 背後に展開する小型の虚空の渦に腕を入れて、その中から取り出したのは、この場にはあまり似つかわしくない、伸縮性に優れてそうな寝具――ふわふわの枕だった。


「……まるで母親だな」


 自分の膝と入れ替わりに枕を()き、そこに王女の頭を預けると、最後に自分の外套(がいとう)を羽織らせて、メリザンシヤがすくりと立ち上がる。


 オレの茶化(ちゃか)すような言葉に、メリザンシヤの視線がこちらを向く。


「――シルヴィ様は八歳の頃、王妃様と姉のシルヴェーヌ様を目の前で亡くされた。“母親”は、今の彼女に最も必要な存在だ」

「……そうか」


 毅然(きぜん)と告げるメリザンシヤに、オレはただ頷くだけの返答をして、再び王女の寝顔を見つめた。


 鋼花(こうか)の国の第二王女――そんな恵まれた出自とは反対に、母と姉を失い、回復不能の病魔に(おか)されながらなお生きる少女。


 小さな肩をふるりと揺らして、無意識に引っ張った外套の中で(ちぢ)こまる姿は、やはり、ただの十六そこらの娘にしか見えない。ただの娘が、こんな過酷な状況に耐えられるわけがない。


「腕の傷は平気か」


 黒の外套を脱ぎ、内側に着ている質素な白の装束(しょうぞく)を整えながらメリザンシヤが問う。


「まあな。お前が他人を心配するなんて珍しいな」

「…………」


 ちらりとオレを見て、メリザンシヤが静かに首を振る。


「……お前が動かなければ、シルヴィ様は死んでいた。己の魔術に(おご)っていた私の失態だ――シルヴィ様を(かば)ってくれたこと、()()()()()()

「…………――」


 姉弟子の口からそれを聞いて、オレは驚きに二の句を()げられず、まじまじとメリザンシヤを見た。


 呆気に取られるオレを通り過ぎて、メリザンシヤが奥に繋がる通路へと歩いていく。

 そのまま振り返らずに、


「この先の状況を確認してくる。瘴気(しょうき)のせいで空間魔術による透視(とうし)が通じないようだからな」


 と、それだけを言い残して、開けた空間を後にした。


 遠ざかっていくメリザンシヤの背中を見送った後、オレはしばらく地面に視線を向けながら、過去の記憶を辿る。


 そして、今の今まで――姉弟子に感謝された思い出がなかったことにさらに驚きながら……オレは苦笑して、シルヴィの近くに腰を下ろすのだった。


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