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遅延特化の陰険魔術師(ベルトラン)  作者: 伊佐木ソラ
第四章 錬金術の国

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09:罠


 巨大な石造りの入り口を(くぐ)った瞬間――肌に触れる空気が急激に変化した。


 ひんやりとした冷気と、遺跡特有の堆積(たいせき)する古き時の匂い、そして、瘴気(しょうき)とは違う空間に満ちた変質する“魔力の残滓(ざんし)”のような何かが、肌を刺すように感じられた。


 魔術実験の失敗による大規模爆発、その中心地点というからには一番に崩落を(まぬが)れないと思っていたが……


「こりゃスゴイ……思った以上に、原形を保ってるんだな」


 灯火(とうか)に照らされた広大な空間に足を踏み入れて、その状態の良さに、思わず感嘆(かんたん)の声を()らしてしまう。

 調査隊が先行していたおかげで内部は闇に包まれることなく、灯火の魔術によって遺跡の奥まで見渡せるようになっていた。


「……お身体の具合は如何(いかが)ですか、シルヴィ様」

「ええ……メリィが運んでくれたおかげで少し楽になったわ。ありがとう」


 隣では、メリザンシヤとその腕に抱えられた王女が、目の前の貴重な文化遺産を無視して仲睦(なかむつ)まじく会話をしていた。

 オレは視線を正面に戻して、入り口から奥へ続く通路を見据(みす)える。


 高い天井と、遠くまで続く広い通路は(なか)ばで十字路のように分岐しており、その交差する中央には魔獣の姿がいくつも見られた。


 多種多様な魔獣が、まるで巡回するような動きでうろうろと遺跡を歩いている様子に、改めてメリザンシヤを振り返る。


「よくこんな場所で調査ができるもんだな、あいつら」


 遺跡の内部で稼動(かどう)する〈真理の器(ヴェリテス・ノルム)〉が、終わりのない使命を果たすべく現在も魔獣を吐き出し続けているのだろう。

 オレはダヴィッドから貰い受けた地図を片手に広げて、柱の陰に身を伏せながらそれを確認する。

 すると、


「目的の装置がある方向を教えろ、ベルトラン」


 ようやくシルヴィを地面に降ろしたメリザンシヤが、()まし顔でそう言った。

 オレは顔をしかめて姉弟子を見る。


「お前のやりそうなことは分かってるぞ。どうせ壁をぶっ壊して目的地まで直行しようって話だろ。オレとこの王女サマが瓦礫(がれき)の下敷きになっても良いってことなら教えるが」

「………………聞いただけだ」


 わずかな沈黙を挟んで出た言葉はぎこちなく、メリザンシヤはそっぽを向くように通路の奥を(にら)んだ。


「最短の順路はダヴィッドとかいう男がくれた地図に描かれてる。しかし、この遺跡――元はここの魔術師が物質操作で造り上げた巨大な城だったみたいだな」


 ふと、ここに来るまでの道中で見た遺跡の外観を思い出す。


 外から見上げた遺跡の雰囲気は、瘴気による結晶化や単純な劣化と崩落によって原型を失っており、ただ巨大な建造物という位にしか感じなかったが、こうして内部に足を踏み入れると……降り積もった時間の重みに圧倒されてしまう。


 魔術による特殊な加工が(ほどこ)されているのか、かつての状態のまま、崩れずにある壁や天井には紋章の描かれた垂れ幕がいくつも残されていて、訪れる者に当時の錬金術の国の栄華(えいが)を物語っていた。


 オレがそうした痕跡を観察していると――


「ベルトラン様、あまりメリィを(いじ)めないでくださいませ」


 その声に視線を下ろせば、むっとした表情でシルヴィがこちらを見上げていた。


(オレがメリザンシヤを苛めている……? おいおい、逆だろ……?)


 小さく整った美貌(びぼう)が膨れっ面のままぐいとオレに近付いてきて、思わず身を引く。


 王女サマに楯突(たてつ)くつもりはないが、世間知らずもここまでくると感心してしまう。どう贔屓目(ひいきめ)に見れば、この女が苛められているように映るのか。

 病人とは思えぬシルヴィの抗議に肩をすくめつつ、オレは再び地図に視線を戻そうとして――すぐさま横を振り向く。


 いつの間にそこにいたのか、狼の魔獣が向こう側にある柱の陰から飛び出してきて、オレたちに向かって猛然と急接近していた。


「〈遅延(レンテ)〉――」

「〈転送(ミッテレ)〉」


 咄嗟(とっさ)に魔術を唱えるオレよりも先に、振り向きもせずに手を払うメリザンシヤの魔術によって――狼の魔獣は即座に存在を()き消された。

 ……、……


「…………ほれ」

「ああ」


 オレは無言のままこちらを見るメリザンシヤに地図を投げて渡し、代わりとして、通路の奥を睨むことにした。


「……比較的に魔獣の出現が少ない順路があるらしい、そっちを進むとするか」


 先ほどまで読み解いていた地図を頭に浮かべながら、オレはそんな提案をメリザンシヤにするのだった。




 途中、何度か魔獣との戦闘――と呼べるかどうかの遭遇(そうぐう)()て、オレたちは地下へ続く階段を見つけた。

 渡された地図の通りならば、ここを下りていくのが最短の順路だったはずだ。


「私に捕まってください、シルヴィ様」


 腕を差し出すメリザンシヤに、力なく王女が寄り添い、二人はゆっくりと階段を下りていく。


「…………」

「どうした、ベルトラン」


 階段の前で、ふと、違和感のようなものを感じて立ち止まる。


「いや……何でもない」


 周囲を振り向き、そして階段を見下ろす。

 上手く言語化はできないが、この階段に空間的な違和感を覚えたのだ。

 調査隊の地図によれば、正しくこの通りだったが……


杞憂(きゆう)か?)


 オレは軽く頭を振って、メリザンシヤの後ろに続きながら石段を下りていった。

 そうして、やや狭い階段通路を抜けると、地下にしては広く開放的な空間に到着する。


 上層と同じく、この場所もまた魔術による松明(たいまつ)の明かりによって隅々(すみずみ)まで照らされているようだった。


「これ……何の言葉でしょう」


 メリザンシヤに捕まりながら先に下りていたシルヴィが、壁の一箇所を見つめながらぽつりと(つぶや)く。

 釣られて、オレもその壁を見やる。


「エンピレオ語だろうが、元からあった文字じゃないな……どういう意味だ?」


 真っ赤な文字が、まるで書き殴られたようにして入り口近くの壁面を(おお)っていた。

 見覚えのある字体に、錬金術の国の言語というところまでは推測できたが……


(アリギエイヌスが生きていた時代、信奉者(しんぽうしゃ)たちはこの場所で魔術遺産を研究していたと聞く。この文字はその時のものか?)


 壁に近付き、文字に手を置く。すると、背後からメリザンシヤの呆然と呟く声がした。


「――……“命はいつか朽ち果てるが、言葉は永遠である”」

「……? 読めるのか」

「昔、母が私に読ませてくれた。これはマナ教の教説の一つだ」


 一瞬、懐かしむような眼差(まなざ)しを向けて、すぐにメリザンシヤは順路の先を向き直った。


「どうして、マナ教の一文がこんなところにあるのでしょう」

「分かりません」


 それ以上、追及することも無いと判断したのか、メリザンシヤは再び、シルヴィと腕を組んで広間の向こうに進んでいった。


「…………」


 オレも少しの間だけ壁の文字を見つめて、同じく、広間の向こうへ足を進ませた。




 地下を潜ってから数分後、どれだけの空間が続いているのか――分かれ道の続く通路を抜けた先で、細長い十字路のような空間に出る。


 通りの向こうを確認しようと一歩を踏み出したところで、オレはすぐに足を止めた。

 そして、周囲を探るように耳を澄ませる。


「…………」


 ここに至るまで、時間が凍りついたような静寂(せいじゃく)に包まれていた地下。しかし、この空間に足を踏み入れた瞬間――自分たち以外の何かの気配をたしかに感じ取ったのだ。


 メリザンシヤも同じく察したらしく、無言のまま、オレの隣に並んで前方を見据えている。


「ど、どうしたのですか」


 シルヴィが背後から弱々しい声で尋ねる。その声には疲労の色が濃く(にじ)んでいた。


 小柄な上に持病持ちの少女が歩いてくるにはあまりに過酷な距離だが、それでも、シルヴィは弱音一つ吐かずに気力だけでここまで付いて来ていた。素直に賞賛するべき覚悟だろう。

 とはいえ……


「王女サマ、今から出てくる魔獣を目の前にしても、どうか気絶しないでくれよ」

「……え?」


 石壁に囲まれた細長い空間を、シルヴィの呆けた声が響く。


 それを合図にしたかのように、前方に続く左右の分かれ道から――何かの()いずる音が聞こえてきた。


 音は次第に大きくなっていき、こちらに近付いてくるにつれて振動さえ(ともな)い――ついには、その一部が前方に姿を覗かせた。


「!! ひっ……!」


 喉から(ほとばし)りそうな悲鳴を、すんでのところで抑えるシルヴィ。

 だが、前方に出現した一部……巨大な爬虫類(はちゅうるい)の眼球は、それを見逃すことはなかった。


 ずるり、と進行方向をオレたちに変えて、細長い十字路を占めるほどの巨大な蛇の魔獣が、行き先を塞ぐようにしてこちらを向いた。

 その大きさは、頭一つだけでオレたちの背丈を越えるほどだった。


「シルヴィ様、後ろに下がって顔を伏せていてください」


 獲物を見定める大蛇の視線から(かば)うように、メリザンシヤが片手を伸ばして王女を下がらせる。


 そして、もう一方の腕を大蛇に向けて伸ばすと、刹那(せつな)、青白い光が通路を(ひらめ)いた。と同時に、こちらを(うかが)っていた大蛇も首を後ろに()らして予備動作を始める。


 次の瞬間、空気を震わせながら顎を開いた大蛇が、雪崩(なだ)れのごとき勢いをもって――オレたちの前に押し寄せる。


「メリィ!!」


 死を覚悟する光景に、王女が叫んだ。

 そんな、普通の人間であれば(すく)み上がって目を(つむ)りそうな状況でも……ただ一人、紅髪の魔術師の女だけは何事もないような顔をして、詠唱を(つむ)いだ。


「〈縮壊(コンテレア)〉」


 幾度も石壁を(はじ)きながら、加速する大蛇の口がオレたちを飲み込まんとする寸前――空間が真っ赤に染まる。


「――……はは」


 眼前で起きている状況に、オレはただ乾いた笑いしか(こぼ)せなかった。


 猛烈な勢いで突進してきた、大蛇の頭から尻尾までが――まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()かのように、一息で肉も骨も区別が付かぬほどの細切れとなり砕け散ったのだ。


 空間魔術に(はば)まれて断裂(だんれつ)する魔獣の肉片が辺り一面を覆いつくし、壁も地面も全てが血の色に染め上がる。メリザンシヤと、その背後にいるオレたち二人の立つ場所だけを器用に避けながら。


「…………」


 唐突に訪れた静寂に、唖然(あぜん)とした表情で固まる王女。今回で二度目の反応だ。


「足元を汚してしまい、申し訳ございません。良ければ、もう一度抱えて先を進みますが」


 メリザンシヤが粛々(しゅくしゅく)とそう言って、シルヴィに手を差し伸べる。


「だ、大丈夫……ありがとう、メリィ」


 今度は腕に掴まらず、シルヴィはよろよろとした足運びで前に進んだ。

 メリザンシヤはそのまま静かに腕を戻して、確かめるように手のひらを開閉させる。


「……この遺跡内は魔力の吸収効率が極端に悪化するらしい。魔術の無駄撃ちは控えておけ、ベルトラン」

「お前のおかげで、その心配も無さそうだがな…………ん?」


 ふと、先を進む王女の足元を見て、オレはまたしても違和感を覚える。


 シルヴィの歩く地面の先、さっきの戦闘によって真っ赤に染まる石畳(いしだたみ)の一部が、わずかに血の水流を作っていた。


 地面が等しく平らではないことは承知しているが、それにしても不自然――そう思って、オレは咄嗟に王女に声を掛ける。


「おい、その先の地面は()けろ――」

「え?」


 声を掛けたと同時、カチッ、という異音が王女の足元から響く。

 それが何を意味するのか――考えるよりも先に、オレはすぐさま押し退()ける形で王女に飛び付いた。


「きゃ……!」

「チッ!」


 直後、隣の石壁から鋭い何かが飛来して、オレの肩を(かす)めていく。

 続けて、キィン! という金属と壁の打ち合う音が通路に鳴り渡った。


「ッ――シルヴィ様!」


 先ほどまでの冷静な態度から一変して、緊張感のある声が背後から響く。

 メリザンシヤが迅速(じんそく)な動きで王女に近付き、その場で怪我を負っていないかを一心に調べ始める。


 珍しいものが聞けたな――と内心で笑いつつ、オレも周囲に他の罠がないかを視線で探った。


「どうやら、この遺跡にオレたち以外の先客がいるらしいな」


 掠めた箇所を押さえつつ、石壁から飛んできた“それ”を拾って確かめる。

 短剣のような形をした、分厚い刃物だ。それが横の壁から飛び出してきたらしい。


 足場の一部を踏むことによって、軌道上にいる対象を確実に刺し貫く仕掛け……つまりは罠なわけだが、なぜそれがここに?


「わ、私のせいで、ベルトラン様が」


 そんな声に振り向くと、シルヴィが青褪(あおざ)めた顔でオレの肩を見つめていた。


 片手で押さえてはいるものの、見れば、出血によって服には赤い染みが広がっていた。とはいえ、今(たたず)んでいるこの場所自体が魔獣の血で真っ赤に染まっているので、今さら刺激的に感じることはない。


 それでも、シルヴィは自分のせいでそうなったことに恐怖しているのか、やや過呼吸気味になって自分の胸を押さえていた。


「落ち着いてください、シルヴィ様。あの男は無事です」

「……ん? 無事……か? まあ、肩を掠めただけだから命に別状はない、安心しろ」


 オレの一言で、不安そうにこちらを見ていた王女の目に、少しだけ落ち着きの色が戻る。


 それを見届けると、メリザンシヤはすくりと立ち上がって、自身の装束(しょうぞく)(はし)を破ってオレに投げた。これで止血しろ、ということだろうか。


 素直に受け取って、布の切れ端を肩に巻き付けつつ、オレは罠が設置されていた壁を注視(ちゅうし)する。


「調査隊の報告に罠の存在はなかった。偶然、ハズレを引いたわけじゃなければ、誰かがオレたちの進路に手の込んだ“悪戯(いたずら)”を用意してくれたみたいだな」


 飛んできた刃物は鋭く、()びも汚れもなかった。もしも長い間放置されていたなら、罠自体もこれほど迅速に反応しないだろう。

 いや、それとも……この空間そのものが……


「……すまない、私の不注意だ」

「………………ん? 今、謝ったのか?」

「…………」


 メリザンシヤの口から予想外の言葉を聞き取って、オレは思わず姉弟子を振り返る。

 しかし、言葉とは裏腹に、メリザンシヤの態度に謙虚(けんきょ)さは微塵(みじん)も見当たらず、いつも通りの冷徹な表情(かお)がそこに立っていた。


「まあいいか、それよりどうする。もし信奉者が先回りしてるならオレ達はかなり不利だぞ」

「どちらにせよ、この任務は成し()げなければならない」


 そう言って、憔悴(しょうすい)した様子のフェリスを抱き抱えるメリザンシヤ。どうやらオレと同じく、撤退は視野に入れていないようだ。


「魔獣も信奉者も同じだ。道を阻むものはただ除けるだけ」


 淡々(たんたん)と告げる瞳には、透き通る湖水(こすい)のような青とともに――従者の務めだけでは説明のできない、強靭(きょうじん)な意志がゆらりと燃えていた。



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