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遅延特化の陰険魔術師(ベルトラン)  作者: 伊佐木ソラ
第四章 錬金術の国

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08:錬金術の国


 ――虚空(こくう)(うず)を抜けると、足先からジャリっとした音が鳴った。


 オレの足が踏みしめたのは、草木の枯れ果てた、一帯が砂礫(されき)だらけの荒廃した大地。

 錬金術の国の首都、その近郊(きんこう)だった。


「シルヴィ様、この先の地面は小石などが落ちていますので足元にご注意を」

「え、ええ……ありがとう、メリザンシヤ」


 オレの背後を、遅れてメリザンシヤとシルヴィが続き、王女とその手を取る従者の仕草で二人もまた荒野に到着する。


 時刻は朝方。シルヴィ王女の体調について話し合った結果、朝に作戦を決行するのが最善だという結論に至ったのだ。


 ()が昇り始めて間もない時間帯の、薄ぼんやりと明るい城外の景色が珍しいのか、王女が小さく感嘆(かんたん)の息を吐いた。……もっとも、見える景色はどこも荒れ果てており、遠くには崩壊した都市の惨状しか目に映らないわけだが。


「さて、どうしたものか」


 オレたちのいるこの地点ではまだ、“瘴気(しょうき)”の影響はほぼない。ここから中心地点である首都に近付けば近付くほど、瘴気の濃度は増していく。


「…………」


 手のひらに握る、錬金術の国の遺物――〈破邪(はじゃ)の護符〉の感触を確かめながら、昨夜のやり取りを思い返す。


『〈霊杯(エリクシール)〉がある場所は、えーと、ここ!』

『適当だな、おい……この地図で本当に合ってるのか?』

『シャルロッテ君、そこは魔獣の推定的発生地点だ。君は本当に調査隊の一員か?』

『あ、じゃあ、こっちだよ』

『……もっと他に内部に詳しい適切な隊員はいなかったのか』

『これは我々だけが知る極めて機密性の高い作戦だ。そして、〈霊杯(エリクシール)〉の存在を認知している隊員は私とシャルロッテ君のみなのだよ』


 昨夜に手渡された手書き地図を取り出して、前方に待ち受ける遺跡を見据(みす)えた。


「はあ、瘴気の範囲外から向かうのも面倒なもんだな」


 都市の内部にて一際目立つ建造物――かつて、錬金術の国の王城だったとされる遺跡の入り口と、出発点からの距離を目測し、オレは溜息をこぼす。


 隣では、メリザンシヤがシルヴィに〈破邪の護符〉の装着を手伝っていた。


「この指輪を()めたら、発動の合図となる文言(もんごん)を唱えてください」

「ど、どちらに嵌めれば……」

「お好きな指で構いません」


 手取り足取りとはこのことか、と二人の会話を聞きながら思った。


 (……オレも〈破邪の護符〉を付けないとな)


 手のひらに乗せた、小さな指輪状の物体をまじまじと観察する。

 装着者にあらゆる魔術を受け付けない能力を付与するこの遺物があれば、“魔術に類するもの”である瘴気もまた、無効化できるらしい。


 魔術実験の失敗による大規模爆発によって生み出された毒性の空気――その原因が魔術であれば、〈破邪の護符〉が通用するということだろうか。


 あらゆる魔術を受け付けない……それはつまり、オレの“制約(せいやく)”も同時に無効化するということだった。


「…………」


 しばらく〈破邪の護符〉を見つめていると、隣ですでに装着を終えたシルヴィが発動を開始していた。


「――『魔を退けるものよ(ルクスディヴィナ)()闇を破りて祓(ノクスディスパティオ)いたまえ』」


 (つたな)いながらに、力強く唱えれられた文言。

 すると、シルヴィの身体が青白い光を帯び始める。発動が成功した証だろうか。


「……何をしている、早くしろ、ベルトラン」


 そんなシルヴィの隣から、冬の湖面(こめん)のような冷たい眼差(まなざ)しがオレを射抜(いぬ)く。

 紅髪(あかがみ)の魔術師に急かされて、仕方なく、オレもシルヴィに続いて〈破邪の護符〉を発動した。

 その瞬間――


「……ッ、ごっ……ぐぅ」


 身体の内側で強制的に縛られていた痛みが、全ての(かせ)を解いたことで、猛烈な勢いをもって暴れ出す。


 口からは悲鳴以外のものが吐き出されそうになり、それを力ずくで(おさ)える。わなわなと震える手で顔面を握り締めて、ほんの一瞬でも姉弟子に悟られまいと、襲い来る痛覚を全力でやり過ごす。


「――――」


 背を向けつつ、視線だけで近くに立つメリザンシヤを確認する。


「これ、引っかかったりしないかしら……」

「安心してください。(すそ)が邪魔なようでしたら、私が切ります」


 ……どうやら、シルヴィの探索用の軽装について話し合っている様子だった。軽装といっても王族、探索には不必要な、華美(かび)な装飾のあしらわれた豪華な衣装だった。


 次第に収まっていく苦痛と、入れ替わりで増していく倦怠感(けんたいかん)を何とか身体に慣らそうと深呼吸し、二人を振り返る。


「……それじゃ、遅延(ちえん)魔術を唱えるぞ」


 そう言って、シルヴィに〈破邪の護符〉を嵌めた指を出すように伝える。


 父親譲りの(きら)びやかな紫眼(しがん)がわずかに揺れて、おそるおそるといった動きでオレの前に右手を差し出すシルヴィ。


「失敗しても恨まないでくれ」

「え、失敗……?」


 ずずっ、と右手が引っ込みそうになり、そんな不安の表れに気付いたシルヴィが、すぐにまた右手を差し出した。


「安心してください、シルヴィ様。この男は他者の不安を(あお)るだけが生き甲斐(がい)(あわ)れな存在です。私がいる以上、失敗は絶対にさせません」

「こんな性格の悪い女をよく従者に選んだな――〈遅延(レンテ)〉」


 オレは肩を(すく)めて、さっさと〈破邪の護符〉に遅延魔術を発動する。すると、


「ありがとうございます、ベルトラン様。……あと、メリザンシヤは性格の悪い女などではありません」


 やや怯え気味だった王女の瞳が、その時だけはしっかりとオレを見据えて訂正を加えた。

 そして、横から差し伸べられたメリザンシヤの腕にゆらりと捕まると、目的地である遺跡に向かってゆっくりと歩き出す。


 ……王女の歩行速度に合わせて、付き人であるメリザンシヤも同様にゆっくりと進む様子に、オレは(なか)ば呆れながら(たず)ねる。


「もしかして、歩けないのか?」

「……! い、いえ、歩けます」


 オレの指摘に、ハッとした顔でメリザンシヤの腕から離れるシルヴィ。


 あまりにも自然に介助(かいじょ)の腕を受け入れていた様子から察するに、普段はそうやって城内を移動しているのだろうか。

 もし本当に歩行が難しい状態だった場合、この作戦の成功率は極めて低くなるが――


「ご無理をなさらないでください」

「ありがとう、でも大丈夫」


 そう言って、荒廃した大地を歩き出す王女。かなり運動不足気味の動きだが――それでも、しっかりと地に足が付いている様子に、オレは内心で少しだけ安堵(あんど)した。


 こんなことを本人の前で言えば、メリザンシヤに殺されかねないから言わないが……荷物は少ないに越したことはない。


「お前は空間魔術で瘴気の影響を受けないんだな?」

「ああ」


 王女の後ろを淡々(たんたん)と進みながら、メリザンシヤが頷く。


 ――常に自身の周囲に、魔術によって作られた空間的広がりを展開することができるという恐るべき能力こそが、この女――メリザンシヤの最大の武器だ。


 どんな攻撃も、あらゆる魔術も、この女に届く前に自然消滅を避けられぬ――無敵といって差し(つか)えない、類稀(たぐいまれ)なる空間魔術の巧者(こうしゃ)


 そのでたらめな能力は、空気である瘴気でさえ例外ではないようだ。


 以前、エドメが“庭園”にてメリザンシヤと争った時の状況を思い出す。あの時も、エドメの蹴りは届くべき範囲にいるはずのメリザンシヤをすり抜けて、周囲の空間だけが風圧に()ぎ払われていた。


「…………」


 敵に回せば厄介を通り越して災厄(さいやく)級の魔術師だが、今は同じ任務を遂行(すいこう)する味方……のはずだ。今日だけはリディヴィーヌの弟子になって良かったと心の底から思える。

 オレも二人を追うようにして、さっそく歩き出すことにした。


「ダヴィッドとかいう男の話によれば、錬金術の国の首都内部は魔獣の巣窟(そうくつ)らしいな。というわけで、魔獣の掃除は任せた」


 ごつごつとした地面の感触にやや難儀(なんぎ)しつつ、前方のメリザンシヤに話しかける。


 いつでもシルヴィの補助に回れる距離を保ちながら、静かな歩みのまま、メリザンシヤがオレの話に(こた)える。


「……貴様の魔術に頼るという選択肢は(はな)から存在しない。何を目的に付いてくるのかは知らないが、シルヴィ様の身に危険を(およ)ぼすような真似だけはするな」

「安心しろ、オレは『するな』という命令にだけは誠実なんだ」


 ふざけた調子でそう返すも、メリザンシヤは一瞥(いちべつ)もくれずに前を進むのみだった。




 それから歩き続けて、だいたい一時間ほどが経っただろうか。

 背後を振り返ると、少し離れた位置でシルヴィがメリザンシヤに捕まりながらも懸命(けんめい)に歩いていた。


 結局、そうなるのか……と呆れつつ、オレは二人が追い付いてくるまで、岩の上で周囲を見回すことにした。


(……瘴気が濃くなってるな。ということは、もうすぐ都市の内部に到達する頃か)


 瘴気は透明ゆえに視覚的な変化はなかったが、それに(さら)され続ける周辺の環境には大きな異変が起きていた。


 遺跡がある中心地点に向かうにつれて、荒廃した大地の上が硬質化――というより、結晶化に近い質感に変化していたのだ。


 この地点ではまだ足を強く踏み込めばガリッと砕ける程度に(もろ)いが、さらに奥へ進めば、おそらく土壌は全て鉱床(こうしょう)のように硬くなっていることだろう。

 瘴気がどういった性質をもって大地をそう変化させているかは全く分からないが、少なくとも、生き物が住める場所ではないことは目に見えて明らかだった。


「……ふむ」


 前方にそびえ立つ遺跡までの道のりを見据えると、少し先の地点に建物の残骸らしき瓦礫(がれき)が飛散しているのが目に付く。

 さらに奥では、都市の建造物らしき廃墟が形を残しており……その影に、魔獣の姿も確認できた。


「ここからどんどん足場が不安定になるぞ、どうする」


 後ろのほうで息を切らしながら向かってくるシルヴィを見て、その(かたわ)らのメリザンシヤに問う。


「…………シルヴィ様、お手を」

「はぁ……はぁ、え?」


 隣で一緒に歩いていたメリザンシヤが、ふと、シルヴィの手を取り、その腕を自分の肩に回し始める。

 そして、両手をシルヴィの腰と膝に()えると、一気に――抱き抱える要領でシルヴィを持ち上げた。


「へ……えっ!?」


 すでに疲れている様子のシルヴィは抵抗することができない様子で、されるがまま……俗に言う“お姫様抱っこ”の体勢で固まっていた。


 次には、顔面を真っ赤にさせて、


「メ、メリザンシヤ、離して、自分で歩けるからぁ!」


 そんな王女らしからぬ、歳相応の調子で抗議を始めた。


「今のままではシルヴィ様の負担が大きいかと。遺跡の入り口までは私が抱えて歩きましょう。……そも、普段からこうしているではありませんか」

「と、殿方の前では止めて……メリィ」


 顔を両手で(おお)い隠し、羞恥(しゅうち)に身をよじるシルヴィ。

 そんな二人の呆れたやり取りを尻目に――オレは視界の端で動いた一つの影を追うようにして、上空を見上げた。


「おい、おふざけしてる場合じゃないぞ。魔獣がこっちに向かってくる」


 視線の先で、柱の陰から猛然と空へ飛び上がる一体の魔獣を(とら)えた。


 大きな翼を羽ばたかせて、オレたちの(はる)か頭上をぐるりと滑空する鳥――大鳥(おおとり)の魔獣だ。


 オレたち三人を軽く踏み潰せるほどの長大な体躯(たいく)が、剣のように鋭い鍵爪を光らせながら、地表の獲物を狙って旋回(せんかい)する。


「メリザンシヤ、やれるか」

「無論だ」


 短くそう答える紅髪の魔術師。

 それと同時、大鳥の魔獣が回る空中からぐっと上昇し――次の瞬間、驚くべき速度でオレたちの頭上へと落下してきた。


 逃げる暇さえ与えない速さで、大鳥の魔獣がまるで巨大な槍のごとく猛接近する。


「ひっ!」


 空を(あお)ぐシルヴィが悲鳴を上げた。

 しかし、


「――〈天換(ミュターレ)〉」


 その短句が(つむ)がれた一瞬で、状況に変化が起きた。


 衝突まであとわずかの距離に落下していたはずの魔獣が――いつの間にか、大量の土砂となって地面に降り注いだのだ。


 背丈を越えて埋もれそうになるほどの量が、しかし、メリザンシヤの魔術による干渉か――ちょうどオレたちの頭上を()けるようにして周囲にバラけていった。


「…………」

「お怪我はございませんか、シルヴィ様」


 メリザンシヤの腕に抱えられたまま、シルヴィが目を白黒させながら辺りをキョロキョロと見渡す。


 オレもまた、理解するのに数秒を(よう)して……ふと、魔術が発動する瞬間に見た魔獣の姿を思い出す。

 大鳥の魔獣、その輪郭(りんかく)は変わらずに中身だけがすげ替えられたようにして、土塊(つちくれ)に変化していたのだ。


「あ、あの、先ほどの魔獣はどこへ……?」


 シルヴィがおずおずと尋ねた。


「下です」


 無表情のまま、オレたちの立つ地面を指差すメリザンシヤ。


「し、下?」


 そう返されても、なお釈然(しゃくぜん)としない様子で王女は首を(かし)げた。


 ……おそらく、空間魔術によって魔獣を地中に転送したことで、その空間を埋めていた土が入れ替わりで地上へと現れたのだろう。


 即行で敵を無力化、もとい撃墜(げきつい)してみせた当人はそれを誇るでもなく、静かに首を振る。


「今のシルヴィ様は〈破邪の護符〉の影響で私の魔術を受けません。ですので……戦闘に突入した際に、少しばかり強引な方法を取る場合がございます。お許しを」

「……え、ええ……分かったわ、メリィ」


 従者の思わぬ強さを前にして、未だ(ほう)けた状態で頷いてみせる王女。


(今日だけは、魔獣に遭遇(そうぐう)しても遅延魔術の出番は無さそうだな)


 当の姉弟子からは役立たずと見下されそうだが、オレとしては苦もなく任務を遂行できるので非常に助かる。


 その後、オレたちは歩みを再開して――目的の遺跡入り口まで進み続けた。



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