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遅延特化の陰険魔術師(ベルトラン)  作者: 伊佐木ソラ
第四章 錬金術の国

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07:秘匿会議


 メリザンシヤに連れられて、鋼花(こうか)の国の王城――その謁見(えっけん)の間の門前へ転移する。


 赤竜(せきりゅう)の一件からそれほど日にちも経っていないはずだが、妙に久しぶりの来訪に感じられた。


「……ん?」


 謁見の間に続く扉の前、そこに以前いた見張りの兵士の姿はなく、周辺もまた不自然な静寂(せいじゃく)に包まれていた。


 夜と()えど、王のいる場所に警備の者を立たせないのは無用心を通り過ぎて、違和感しかない。

 オレが目線でメリザンシヤに問うと、


「付いて来い」


 ただそれだけを言って、紅髪(あかがみ)の女は振り返りもせずに扉を押し開いて進んだ。

 



 扉の先に足を踏み入れると、左右に柱の立ち並ぶ(おごそ)かな広間がオレたちを出迎えた。

 整然と()かれたその通路の向こう――壇上(だんじょう)の玉座に、深く腰を()える国王の姿があった。


 思い悩む顔のシルヴェストル王と、広間の横合いを見慣れた数名が控えているだけのひどく物寂しい空間だ。以前に見た十数人ほどの臣下たちはどこにもいない。


 オレがそのことについて問おうと前に出ると――


「ベルトラン~~!」

「っと」


 突然、横から勢いよく飛び込んできた小さな人影を(すん)でのところでかわす。


 その人影は――陶器のような真っ白な肌に、黄金色(こがねいろ)の髪を輝かせる少女、シャルロッテ・ダルモンだった。


 リディヴィーヌの六番弟子である少女は飛び込みに失敗すると、頬を膨らませながらこちらをジト目で睨んできた。


 しかし、恨めしそうな視線もつかの間、少女はすぐにメリザンシヤへと標的を変えて……その胸への突進を成功させる。


「メリザンシヤ~~」

「…………」


 まるで子猫のじゃれ付きを意に介さないような、どこか親しみのある無反応を()って少女を受け入れるメリザンシヤ。


 オレは溜息を吐いて、集められたその面子(めんつ)を一通り見渡しながら王に尋ねた。


「今日は随分と静かだな。家臣どもは全員、休暇で出払ってるのか?」

「信頼の置ける者だけを残した。娘の命に関わる任務だ――最大限の警戒と秘匿(ひとく)を要すると判断したのだ」


 謁見の間には、シルヴェストル王とシルヴィ第二王女、シャルロッテ、セヴランにトリスタン、そして知らない男が一人。


 男は軽装に大きな背嚢(はいのう)を背負った探索者の風体(ふうてい)で、何を言わずとも調査隊の一員であることが一目で分かる。


 神経質そうに片眼鏡を押し上げて、男はよく通る声で感謝を告げた。


「私にも信頼を置いて頂けるとは身に余る光栄に存じます、王よ」

「私たちはただの説明要員じゃないの? ダヴィッドさん」


 メリザンシヤにしがみ付きながらボソッと(つぶや)くシャルロッテの一言に、男――ダヴィッドが(かん)(さわ)ったような顔で背後を睨み付けた。


「無駄話は止せ、陛下の御前だぞ」


 ふと、王女の(そば)に控えていた中老の騎士――セヴラン・レヴィナスが、腰に提げた剣に手を掛けながら忌々(いまいま)しげに唱える。その近くには、セヴランの息子であるトリスタン・レヴィナスの姿もあった。


 中老の騎士の一声で再び静寂に包まれた空間を、(さび)のある重たい声が響く。


「ご苦労だった、メリザンシヤ」


 シルヴェストル王が、オレの隣に立つ紅髪の女に向けて言った。


 その(ねぎら)いの言葉に低頭(ていとう)で応えて、メリザンシヤはゆっくりとシルヴィの隣へと戻っていく。


「――で、オレはどういう用件で連れて来られたんだ? お前ら、オレのことを便利屋か何かと勘違いしてるだろ」


 国王を正面に見上げながら、億劫(おっくう)な心持ちを隠さずにそれを問う。


 数秒の間を挟んで、国王は意を決したように息を吐き、壇上からオレに視線を向けた。


「……娘の持病についてはもうすでに聞き及んでいることだろう」

「持病? ……ああ、この前のアレか。症状を緩和する“ミラの花”は、リディヴィーヌが取ってきたはずだろう?」


 オレはそう言って、玉座の隣に座るシルヴィ王女を見やる。

 物静かに両目を(つむ)り、王族たる居住(いず)まいでそこに座する少女の様子を観察すると、王は緩やかに首を振った。


「たしかに“ミラの花”は病の進行を抑えることができた。だが……娘の一生を考えれば、それは些細(ささい)な時間稼ぎに過ぎぬ効果だった」

「だろうな」


 どこに咲くとも知らない稀少(きしょう)な薬草といえど、その薬効は結局のところ生薬(しょうやく)の域を出ない。彼女に必要なものは、おそらくもっと高度な治療手段……だろう。


 そして、それはオレが求めるものと同じ。


「…………」


 眠るようにして瞑目(めいもく)し、豪奢(ごうしゃ)な椅子に座る王女を見つめていると、不意に、王が玉座から腰を上げた。


 (けわ)しい表情はそのままに、威厳ある声でシルヴェストル王が宣告する。


(ゆえ)に――貴殿には今回、シルヴィの病を治すための作戦に協力してもらいたい」

「――()()()()……まさか」


 オレは無意識にシャルロッテの方を振り向く。

 視線に気付いた少女は、申し訳なさそうに目を伏せて謝罪を口にした。


「ごめんね、ベルトラン。真っ先に教えようと思ったんだけど、ダヴィッドさんがダメだってすごく怒るから」

「無論だ。あらゆる病を治療する、現代の治療魔術を凌駕(りょうが)した魔術装置――そんな大それた存在を盟主(めいしゅ)以外に明かすなど愚の付く行為だ」


 男の言葉を聞いて、オレはしばらく呆然としたまま、反応することができなかった。


 ――生きるという目的を持って今日まで、ありとあらゆる手段を用いて、オレは生き延びてきた。


 足掻(あが)くに足掻き、その行き着いた結論は……現代の魔術では治療は不可能という袋小路(ふくろこうじ)の答え。そして必然、この命運は――かつて魔術によって栄え、魔術によって大陸を(せい)した――錬金術の国の未知なる遺産へと託されることとなった。


 残り(わず)かな寿命を持って、シャルロッテが属する調査隊の報告を待つというあまりに惨めな余生こそが、オレの現状だったわけだが。


「……見つけたのか」


 自分の口から出たとは思えないほど、か細い呟きが広間を落ちる。


 そんなオレの様子に異変を感じたのか、メリザンシヤが冷ややかに両目を細めた。


「名を〈霊杯(エリクシール)〉と言うらしい。錬金術の国を探索する調査隊が資料とともに遺跡の内部で発見した」


 ダヴィッドに何かを目配せしながら、国王は話を続ける。


「当初、これを外部に持ち出す案があったのだが……資料によれば、〈霊杯(エリクシール)〉の外装には魔力の感知装置が(しつら)えられているようなのだ。メリザンシヤの魔術をもってこれを持ち出す作戦は、感知装置と連動した自壊機能を作動させる可能性から破棄となった。他にも多くの策を考えたが……」


 一瞬、思い悩んだ表情を浮かべるシルヴェストル王。だが、すぐに顔を上げて、厳かにそれを言った。


「最終的に、シルヴィを〈霊杯(エリクシール)〉のある場所へ連れて行くことが最善という話に決着した」

「待て、オレの知る限り、錬金術の国――その首都は普通の人間なら生きていられない“瘴気(しょうき)”に満ちているはずだ。誰がどうやって、この王女サマを連れて行くんだ?」


 魔術実験の失敗による大規模爆発によって滅びた、錬金術の国エンピレオ。その一帯は生物が近づくことのできない“瘴気”に満ちていて、辺り一面は砂礫(されき)だらけの荒野と成り果てているはずだった。


 当然、瘴気を無効化する特殊な体質を持った者を(のぞ)けば、そんな場所に足を踏み入れることはできない。


 王女は無論のこと、護衛に付き()う人間も同様だ。そんな当たり前の疑問をぶつけると――


「エンピレオ人は瘴気の影響を受けないがゆえ、我々が()け負う……と言いたいところだがね」


 ダヴィッドと呼ばれた男がそう言って、背負っていた背嚢を地面に降ろす。

 そして、しばらく背嚢の中を手探っていると、目当ての物を見つけたのか、ゆっくりと何かの包みを取り出した。


 広間の中央に立つオレに見せるようにして、男がその包みを広げる。


「……?」


 内側にあったのは、小さな二つの指輪だった。


「これは〈破邪(はじゃ)護符(ごふ)〉という魔術遺産だ。〈魔術逸らし(デヴィタトール)〉より強力に、魔術を無効化する力が備わっている――が、その効果には制限がある」


 見覚えも聞き覚えもない遺物だった。所有者が秘匿していたのか、あるいは、最近になって発見されたものなのか。


 どちらにせよ、〈魔術逸らし(デヴィタトール)〉でさえその製造方法は異質かつ困難なもので――それを上回る効果の遺物となれば、稀少性については多分に察することができた。


「制限か。オレの魔術が必要な制限……ね」


 話の流れにある程度の予想が付いてきたオレに、メリザンシヤが横合いから口を挟む。


「……〈破邪の護符〉は、装着者にあらゆる魔術を受け付けない能力を付与するが、その効果は一時間と持たない。そこで、お前の遅延魔術を使う」

「ははっ、そんなことだろうと思ったよ」


 オレは肩をすくめて笑い、周囲を見回しながら……思案する。


(…………〈霊杯(エリクシール)〉、か)


 オレの捜し求めていたものが、ついに見つかった。


 肉体の限界はすぐそこまで来ている。“制約(せいやく)”を(ほどこ)した状態でもなお、筋骨の(きし)む異音が、臓器の暴れる感触が内側を満たしつつあった。


 魔術によって強引に()じ曲げてきた時間の摂理(せつり)、その代償を支払う前に――オレは何としても生き延びなければならない。


 この機会を逃してはならない。


「……ところで、その〈破邪の護符〉は魔術を無効化する力があるんだよな? なら、オレの遅延魔術も無効化されるんじゃないのか?」


 即座に思考を切り替えて、オレはさっきの会話で抱いた疑問点を指摘する。

 すると、今度はダヴィッドがそれに答えた。


「効果は装着者に限定して付与されるものだ。この魔術遺産自体にその効果は及ばないのだよ」

「なるほどな、話は理解した。その護符とやらに遅延魔術を使って、王女サマを遺跡まで連れて行く、と」

「王女殿下の命に関わることだ。貴様に拒否権はないぞ、若造」


 いつの間にか接近していたセヴランが、オレの斜め後ろで鋭い気配を(にじ)ませていた。


 白髪(しらが)交じりの頭に深い皺を刻んだ(おもて)、その歳にして老いを(うかが)わせない戦士の瞳孔(どうこう)がこちらを睨み据える。一つ答えを間違えれば、即座に(さや)から剣を振り抜かんとする構えに、しかし、オレも(おく)してやる余裕はなかった。


「そうだな、条件が――」


 続きの言葉を言い終えるよりも先に、案の定、オレの首には刃の腹が当てられていた。

 遅れて、ヒュン、と空を切る音が広間に響く。


「私の言葉を理解できなかったのか」

「父上!」


 セヴランの息子――トリスタンが驚きに声を上げる。シャルロッテの小さな悲鳴も聞こえてきたが、セヴランの手に剣を退()ける気配はない。


「アンタ、やたらと突っ掛かってくると思えば……もしかして、オレが元“信奉者”だって知っててそんな態度なのか?」

「…………」


 オレの挑発に近い問い掛けに、答えはなかった。


 無言のまま構えを解かないセヴランに、シルヴェストル王がやや強い口調で制する。


「そこまでだ、セヴラン。お前の殺気立った空気は、娘の体調に良くない」

「…………申し訳ございません」


 主の言葉を聞いて、ようやく剣を収めるセヴラン。前回よりは少しばかり聞き分けの良い総帥(そうすい)の男に向かって、オレは片手を上げる。


「話は最後まで聞け、断るなんて一言も言ってないぞ。条件があると伝えたかったんだ」

褒賞(ほうしょう)ならば前回よりも多く授けよう」


 すぐさま答える王に、オレは首を振って見せた。


「いいや、オレが出す条件は――その任務の同行だ」

「なに?」


 シルヴェストル王が、落ち(くぼ)んだ両目を驚きに見開く。

 セヴランも同様に予期せぬ答えだったのか、さっきよりも険しい目付きでオレを凝視(ぎょうし)する。


 ――と、話の続きをする前に、王の隣に座る少女の方を向く。


「さっきから黙ったままだが、王女殿下の意見はどうなんだ?」


 そう(たず)ねると、王女の代わりに、傍に控えるメリザンシヤが口を開いた。


「……シルヴィ様は、空間魔術で持病による負荷を最低限にした状態のまま眠っておられる」

「へえ、そうなのか」


 先ほどから身動き一つしない王女の様子を不思議に思ったが、メリザンシヤの説明で納得がいった。まあ、本人がこの作戦について知っているか否かの返答にはなっていないが……


 そんな会話をしていると、せブランが鬼気(きき)迫る表情で王の前に一歩、進み出る。


「この魔術師を連れて行くなど私は反対です、陛下。この者は元信奉者――」

「同行を許可しよう。セヴラン、お前は城に残るのだ」

「……ッ!!」


 王の言葉に愕然(がくぜん)と立ち尽くすセヴラン。


「陛下、しかし! この男は怠惰(たいだ)に溺れた最低最悪の、」

「――父上、ベルトラン殿は前回、西のセンピオール蒼林(そうりん)に現れた赤竜を討伐(とうばつ)した功労者です。そんな彼を悪し様に評するのはよくないかと」

「――……」


 進言に身を乗り出した中老の騎士が、ふと己を取り巻く視線に気付き、口を閉ざす。


 先ほどの王の言葉、そしてセヴランのひどく狼狽(ろうばい)した姿から察するに、王女サマの護衛は本来、この中老の騎士が務める仕事だったのだろう。


 息子であるトリスタンにまで制されたことを恥辱(ちじょく)に感じたのか、それきりせブランは顔を上げず、王に一礼した後に謁見の間を出て行った。

 …………


「数日前、ここ王都に信奉者の襲撃があったんです。他国でも同様の襲撃が起きたらしく、みな信奉者を警戒していて……父の言動が気に障られたのなら謝ります」


 去り行く父の背中を眺めて、トリスタンがオレに謝罪する。

 小杖を突きながら低頭する青年に、構わない、と手だけで伝えて、オレは改めて王に向き直った。

 

 再び玉座に腰を下ろした王が、緩やかにかぶりを振る。


「……以前ならばともかく、こんな状況下だ。娘の持病を治すために兵を動かすことも難しい。故に――」

「オレたちを使うってことか。……それで、どうせお前がこの王女サマを連れて行くんだろ? メリザンシヤ」

「無論だ」


 メリザンシヤは(まぶた)を閉ざしたまま、当然のことのようにそう答えた。


 ――現魔術師界において最強と(うた)われる空間魔術の使い手、メリザンシヤ。たしかに、この女を差し置いて他から護衛を選ぶ理由は全く以ってない。


 とはいえ、誰が向かうにしろ、オレがやらなければならないことは一つだけだ。


 壇上のシルヴェストル王を見上げて、オレは片手のひらを広げながら言った。


「前回はオレから提案したが――今回は違う、“黒百合の徒(リディヴィーヌの弟子)”を顎で使うんだ。オレが出した条件の他に、それ相応の対価を支払ってもらうぞ?」


 そんな強欲な言葉にも、王はただ静かに頷き――しばらくして、作戦は決行された。


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