06:間章
少女にとって、教会は祈りを捧げるための場所ではなく――己の内に湧く苦痛を耐え忍ぶための休息所でしかなかった。
整然と並ぶ長椅子の一つに身を沈めて、祭壇を見上げるでもなく、ただ俯いて膝を抱え込むだけ。
そこに信仰も安穏も存在しなかった。
「…………っ」
かすかな震えとともに、喉から漏れ出た苦鳴が教会内を反響する。燭台の仄かな明かりが照らす先にいたのは――外套を羽織る一人の少女だ。
はらりと肩から落ちる鳶色の髪。その動きに合わせたように、大粒の涙が少女の頬を零れ落ちた。
差し迫る“終わりの時間”を、少女はただひたすらに耐え忍ぶことしかできなかった。
「……大丈夫カ、ゼナイド」
ふと、低くたどたどしい声が、教会の奥から響く。
祭壇の向こうから姿を現したのは、傷だらけの肌を晒す巨漢だった。
片言の公用語を口にしながら、心配そうな表情で少女の隣に腰を下ろす。
分厚いその手が、少女の背中をゆっくりとさすった。
「……うん、ありがと、シュテラーツォさん」
少女――ゼナイドは弱々しく感謝の言葉を返して、涙を拭いながら顔を上げた。
黒い瞳が巨漢の身体を見つめると、今度は、その表情が心配そうに曇る。
「シュテラーツォさんこそ、大丈夫? “魔人化”の適合実験……すごく辛いって聞いたよ」
そう言って、優しく伸ばされる少女の手。
華奢な指が触れた巨漢の身体は……至る所が複雑な手術の跡によって歪に盛り上がっていた。
「俺ハ大丈夫……“トー”を心配させたくナいから」
大きく恐ろしい人相の巨漢――シュテラーツォが、ぎこちなくも笑みを作る。
その外見からは想像も付かないほどの穏やかな心情に、少女もまた目を細めて、静かに微笑んだ。
「二人とも、仲がいいよね。羨ましい」
「トーは俺ヲ助けてくれタ恩人。だから、トーのために頑張ル」
力強いその言葉を聞いて、少女も決心したように頷く。
「永遠の国……実現させなきゃね。――弱き者が虐げられない、幸福の国」
止むことのない苦痛に耐えながら、少女が祭壇を見上げる。
そして、ようやく祈りを捧げるために両手を合わせた。願いを込める先は、ガラス窓に煌めく極彩色の女神ではなく――
「……私たちを導いてくれているフォルトゥナさんのためにも」
自分たちの主導者である、真っ白な魔術師の男へと――捧げられた。




